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大人になれば 31『恋について・砂漠・赤い石』

三月です。
三十回です。
にゃんと。

三月の一回目は毎年恒例の「恋」がテーマです。去年は何を書いてたかしらと読み返したら「恋について」だったので。
一年たった自分の文章を読むというのもなかなか得難い経験ですね。ふむふむと新鮮な気持ちで読めました。
それでは、二〇十五年の「恋について」。

砂漠を歩いている。
空が澄んでいる。
きれいだ。
遠くでは雲が生まれたばかり。
何かが足りないわけでないし、何かを失ったわけではない。
ただ砂漠を歩いている。

かえる あいた。
ぼく  ん?(足元を見る)
かえる もうー。いたいなあ。
ぼく  あれ。かえるくん。何でこんな所にいるの。冬眠は?
かえる だから冬眠してたんじゃないか。いたいなあ。
ぼく  え。だってここ砂漠だよ。
かえる 砂漠で寝て何がわるい。
ぼく  いや。いいけど。砂漠だったら冬眠しなくていいんじゃないかなー。
かえる 規則正しい生活は何よりも貴いのだよ。
ぼく  おお。かっこいい。
かえる やれやれ。そちらの雪はだいぶ溶けたかい?
ぼく  うん。だいぶね。田圃はまだ雪で埋もれてるけど。
かえる ふーん。じゃあ、もうちょっと寝てよう。
ぼく  うん。もうちょっとしたら雪解け水が流れてくるよ。
かえる あ、そうだ。これ、しってる?
ぼく  あ、どうしたの。それ。
かえる ころがってきた。
ぼく  へー。同じようなの持ってたことがあるよ。小さくて、赤くて。透き通っているのにちょっと暗くて。
かえる ちょっと宝石みたいだろう。美しいよな。
ぼく  うん。きれいだ。かえるくんによく似合うよ。
かえる そう? ありがとう。
ぼく  うん。大切にするといいよ。
かえる そうだね。
ぼく  元気そうでよかった。また夏のはじまりに。
かえる うん。また。
ぼく  おやすみ。
かえる おやすみ。

粒子の細かい砂がサクリと音を立てる。
水のように流れて、踏み出す足をやわらかく覆う。
官能的だ。
足の裏から砂の熱を感じる。
何かが足りないわけでないし、何かを失ったわけではない。
ただ砂漠を歩いている。

ぼく  あ!
ねこ  にゃんだ。
ぼく  なんでこんな所にいるの。
ねこ  ここは天然のこたつだぞ。
ぼく  えー。
ねこ  こたつのあるところどこまでも。
ぼく  うちに来ればいいじゃん。
ねこ  おまえの家はもう仕舞っただろうが。薄情者が。
ぼく  そっか。
ねこ  なにやってるんだ。こんなところで。
ぼく  ん? ただ歩いてる。
ねこ  そうか。
ぼく  さっき、かえるくんと会ったよ。赤い石を見せてもらった。
ねこ  ああ。あれな。
ぼく  小さくて赤くてさ。きれいだったよ。ねこ先生も自分の石、持っていたの?
ねこ  そうだなー。いくつか持ってたなあ。どれもきれいだったぞ。全部なくしたけども。
ぼく  そっか。なくした石はどこにいくんだろうね。
ねこ  ふん。
ぼく  でも、なんでさ、同じような石なのに、自分の石とはちがうってわかるんだろう?
ねこ  さあな。
ぼく  ねこ先生、ぜんぜん考えてないでしょう。
ねこ  うるさい。(ひかげにもぐる)

たぶん、それは世界とつながるからだ。
ぼくが、あなたが、共に世界とつながれる石。
ぼくたちは砂漠を歩いている。
何かが足りないわけでないし、何かを失ったわけではない。
それでも、ぼくたちは時おり思い出すのだ。赤い石のことを。


執筆:2015年3月17日


『大人になれば』について
このコラムは長野市ライブハウス『ネオンホール』のWebサイトで連載された『大人になれば』を再掲載しています。


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