ねむりひめインジャパン

 はい、またまた今年もやってきました『眠り姫インジャパン』!!
 今年で第38回を迎えるわけですが、今年はメダリストの山田やK-1でハイキック帝王と呼ばれた男・吉田もいます。若手代表ともいえる現役高校生の斉藤、この春に定年退職した鈴木はなんと第1回に出場した過去を持っている。実に精鋭ぞろいといえます。いやあ今年も目が離せません!!
 えー。選手達はそれぞれウォーミングアップを始めた模様です。
 ではこの間に『眠り姫インジャパン』の歴史を説明いたしましょう。

 そもそもの始まりは60年前に発掘された遺跡にあります。遺跡の調査を進めたところ、巨大な墓所であることが判明いたしました。同時に発掘された石版には象形文字が彫られており、どうやら墓所の主は王妃、眠りの呪いをかけられているため勇者を待つことにしたとあったんですね。童話のような話が実在したことがまず驚きです。
 しかし、しかしですよ。さらに驚くことに! なんとなんと本当に生きた人間がいることが現代科学の調査で判明したのです!! はるか何千年にさかのぼるであろう人類の過去、象形文字が石版に彫られる時代に、このような超高度かつ驚異的な科学が存在していたとは!! さらにさらに、最先端の科学技術調査によりますと、眠る王妃は齢20歳、女性としても実に美しい時期です。石版は紀元前3000年ほど前ですから、どれだけ長い時を美しい王妃は眠っているのでしょうか。
 現在、その眠り姫の姿は年齢以外に解明されておりません。それはなぜか?!
 そおおおです、視聴者の皆様もおわかりの通り、この墓所が問題なんですね。
 地中に埋められた逆ピラミッド型と言われているこの墓所には、映画に出てくる遺跡のごとく、誰も予想できない数の罠がしかけられているのです。過去にはカワクチ探検隊や埋蔵金探索チームも挑戦しましたが、現在ではありえないトラップが次々と襲いかかり、隊員のひとりは左足切断する怪我を負ったことはまだ皆さんの記憶に新しいでしょう。
 そして今も。最先端の科学力を持った私たち現代人をあざ笑うかのように……墓所は……今も静かに……地中の、奥深くで、王妃の眠りを……守っております……。

 さあ! いよいよ第一走者がスタート地点に立ちました!
 ここで挑戦者の装備をざっと説明いたします。
 まず超軽量硬化ヘルメット。これは挑戦者の頭部を守るだけでなく、ライトと小型暗視カメラが埋め込まれており、こちらに走者と同じ視点が逐一送られてくる仕組みです。ちなみに通路には地下55キロまでカメラが設置されています。これは去年の最深到達部。まさしく『眠り姫インジャパン』の歴史ともいえます。そこまでは選手の姿をとらえることが可能です。ただし、毎年トラップが微妙に変化しており、カメラが追いつかないことも多々あります。その時のためにも、このヘルメットの暗視カメラが必要になるんですね。いやあよくできてます。
 次に左耳のピアス。こちらにはチップが埋め込まれておりまして、挑戦者の体調をチェックするだけでなく、常に超音波を発する仕組みになっております。これで通路の状態を把握できるという、あのコウモリと同じ原理といえばわかるでしょう。これは遺跡研究チームへ、遺跡のデータを送る重要なシステムであり、未踏の地を行く、挑戦者のもうひとつの指命であります。ちなみにそのデータは、潜っていく挑戦者にはわかりません。防弾チョッキ、軍手、腰には携帯用の水です。彼らはこの最低限の装備で、命をかけて、王妃の元へ行くのです!!
 さあ。今年の第一走者は……期待の若手の星! 明けの明星とも言いましょうか! 斉っ藤っですっ!! 彼は今右手を大きく上げて声援に応えています! あれはクラスの友達でしょうか、応援団と共に校歌を歌っての応援です!! 斉藤のこの大腿部、どうですか。17歳とは思えない、ふとくたくましい大腿部です。バスケで鍛えた一瞬の判断力と跳躍力を活かして、遺跡の罠をかいくぐっていくのでしょう!! 斉藤、がんばれ!!

――スタートオオオ!!

 斉藤走る、走る、走る、おおーっといきなり槍が地面から突き出した!! 斉藤かわす!! 第一トラップクリアー!!
 おっと今度はなんだ、矢です!! 石壁の隙間から、なんと矢が! 矢が斉藤にふりかかります! まさしく矢継ぎ早に、矢が放たれます!! 危ない!! 斉藤いけるか!! 斉藤、斉藤、斉藤が今、俊足で矢の通路を駈けぬけ……たーっ! すばらしい、すばらしいですっ!! さすが斉藤、17歳は伊達じゃない!! 斉藤ガッツポーズ!! 次はなにが待ち受けるのか。斉藤、汗をぬぐって一歩踏み出し――斉藤お!?

 斉藤、姿が消えました!?
 通路前面を映すカメラの前から、斉藤が姿を消しました!! なにが起こったのか、暗視カメラごしで見る限りわかりません!! 斉藤、どうした!! 大丈夫なのか、斉藤!?
 あ、見えました!! 斉藤、落ちてます!! 落とし穴にずっぽり落ちております!! 古典的な罠、しかし確実に敵の足元をすくう脅威、落とし穴。斉藤、落とし穴にはまって、失格となりましたーー。
 今、救援隊が向かっていきます。斉藤、無事か!? あ、手です、手を振ってます!! 斉藤、生きてます!! 今会場から拍手が沸き上がりました。斉藤、よくぞここまで行けたものです。このトラップも、モノによって毒が塗ってあったりしますからね。若い力でよくここまで行ってくれたと思います。

 はい、スタート地点では第二走者が、今か今かとその時を待っております。第二走者は斉藤と打ってかわって、今年60を迎えたお父さん、鈴木です。長年、一家の大黒柱として身を粉にしてきた父、その背中を見つめて育った子供たちは結婚し、去年には孫が生まれたそうです! 長年連れ添った妻には、一通の手紙を託し、今ここに立っていると聞きました。
 この典型的な日本のお父さんも、38年前は22歳でした! 第一回眠り姫インジャパンの第七十三走者として走り、怪我を負い毒にあてられ蛇と戦いながらも、当時の最深部まで行った経緯があります。
 鈴木は今、どのような気持ちでスタート地点に立っているのでしょうか。

 あ、今斉藤が戻ってきました!! 皆さん拍手でお迎えください!! 斉藤よくやった! 斉藤がんばった! 斉藤、斉藤、斉藤!! 今、ヘルメットが斉藤の手から鈴木へ託されます!! ふたり、肩をたたきあい、なにか喋っております!! 鈴木、大きく頷きました!! まるで息子から父へ渡される希望の輪です!!
 斉藤、退場していきます。斉藤のまたの挑戦を、眠り姫インジャパンは待っているぞー!!

 時を遡ること紀元前3000年ほど前、なに者かによって眠りの呪いをかけられた美しい姫。
 彼女をはじめて腕に抱く男はここにいるのか!? それは誰か?!
 テレビの前の皆さん、決定的瞬間を見逃す手はありません!!
 第38回『眠り姫インジャパン』、ここでコマーシャルに入ります。



   【第三十八回 任意参加者による遺跡捜索の調査結果報告】


    実施日 日元歴2004年4月24日(土)

    参加者 439名(男性のみ)

    脱落者 439名(死亡者0名 行方不明3名 重傷者58名 軽傷者多数)

    最深到達地点 地下56,6キロ地点

    今回発見された罠

      ・落とし穴
        地下10キロ地点 2m×2m×10m(底に毒のない蛇多量)

      ・矢
        地下22キロ地点(猛毒の類は検出されず)

      ・動く石像
        地下56,5キロ地点  全長8m(予想)

    備考
      最深地点到達者は動く石像と対峙し、遺跡内で行方不明となる。
      現在、遺跡調査と同時に今までの行方不明3名も含めて捜索中。


 (2004年4月24日up/2020年5月10日改稿)