触れてもらった話

きちんと自分の立場を弁えねば。

そう思う。私はファンという天の川のうちのほんの1つの今にも消えそうな微かな星だ。
「みて、天の川だ。綺麗だね。」
人がそういう時、指しているのは天の川という集合体であって、あの左端から5番目の今にも消えそうな青い星が綺麗だね、とは思っていない。そんなもんだ。

細々と応援してきた。
私がいくら推しを見つめても推しが「私」を見ることはない。悲しくなったこともある。甘かったのだ。ほとんどお金も積んでいない、現場にも行っていないのに一個人として認識されるはずがないのではと今では思う。

バスツアーの日、初めて私の声で、目を合わせて、「好きです」と言った。
緊張して声が強張って、まるで愛の告白みたいだなと言ってから思った。幻想を抱いていた。
こうして顔を合わせて、お互いの目を見ながらなら、その間だけでも「私」が推しと逢えたならどんなに幸せか。

私はほんの微かな今にも消えそうな、零れ落ちそうな星。ぎりぎり見えるか見えないか

その日私はのりのきいたシーツのベッドで泣きながら夜を明かした。
本当に都合の良い夢を見ていた子供だった。一瞬だけでもと欲が出た。自分が何者なのか、わからなくて泣いた。この好きは届いているのか、不安でたまらなかった。怖かった。寒くもないのに身体が震えた。朝日を見て恐ろしくなった、ツーショットなんてもう撮っても虚しいだけだと思った。誰にも、誰にも言えなくて苦しんで苦しみ続けながら笑って、「今日の推しも最高にかっこいいですよね♡」なんて周りの人とおしゃべりした。
思い出すと今でも心臓がうるさい


5月3日、ラクーアでリリイベ。
握手も接触イベも、あの時以来だった。
大人になれよと自分に言い聞かせた。

昨日の夜は悪夢を見た。
握手の番が近づいて、緊張していると、いつの間にか推しがいなくなっている。私はそこで息が出来なくなって冷たいコンクリートの地面に倒れこむ。
目が醒めると、目尻が濡れていた。

行きたくなかった。会いたくなかった。
だって怖かったから。

去年のあの日、泣きじゃくった子供の私の影がお気に入りのスカートの裾を引っ張った。綺麗に空が晴れていたから新しい靴を下ろしてなんとか家を出た。

iPodで推しの声を聞きながら、心を落ち着けた。イヤホン越しに聞く調整のかかった声は、近くて遠くて安心する。
笑顔で、楽しく。あの日の自分はもういない。

ひとこと、本当に楽しかった!
屋外のライブは最高。キャーとかヒューとかたくさん声を出して応援できた。最後まで幸せで温かい気分のまま、これからも応援し続けたいという気持ちでいっぱいで。

心を落ち着けて、それから握手会へ。
列に並んで、思わず「帰りたい」と言ってしまった。
そんなのここにいる全員に失礼だ。あの日の自分も泣きそうだった。可哀想になった。

1週目。お願いを聞いてもらった。
手は握り返せなかった。前に差し出していただけ。後から気付いたからきっと無意識にそうしていたんだと思う。
久しぶりに至近距離で見て、見惚れていた。剥がしのお姉さんに肩をたたかれ、我に返って怖くなって手を引いた。

2週目。考えていたことと別の言葉が口から飛び出した。
失敗した。あんな小さい声で、聞こえたかもわからない。また握り返せなかった手が、震え始めた。
一言もらって、剥がしのお姉さんにまた促されて、手を離そうとした。近くでお顔を見られただけで幸せで、幸せで。他に何もいらなかった。


目を見てもうひとこと、声を掛けてくれた。
握手の手には今まででいちばんの力が込められていた。びっくりして何も出来なくて。
「はい」
と、なんとか返事を絞り出した。
最後まで力強く、優しく、手を離さないでいてくれた。


初めて触れられた気がした。
自惚れてもいいですか、今日だけ、今だけ。嘘でも勘違いでも何でもいい、きっとこれだってお仕事だから、私に言ったんじゃない。そんなのわかってる。でも、「私」にかけられた言葉だと、思ってみてもいいですか。
この世界に神様がいるのなら、どうぞ、どうかこれだけは、ゆるしてくれないでしょうか。

崎山さんの目をイメージして、中村リーダーが作詞作曲した『螺旋』
ラブソングかと思ってたけど、もう一度聞いて、あれ?と思った。
いくつか歌詞を引用してみる

「ずっと見つめられて 不意に恋に落ちて 今何してる? なんて聞けないで 気持ちから回って 言葉にもできず 渦を巻くように落ちていった」

ああ。


「そっと目を閉じて映そう 君が君であるために」

「咲き誇れ景色を染めるほど咲け 澄み渡る空に光さして 嘆き悲しんだあの夜を 永遠に続く明日で染め上げていけ」


今日のこの日のようだと、



今夜はきっと、いつもの枕で、涙を流さず眠れるだろう。万年冷え性の手はまだ、あたたかい。

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