透明なホログラム


その突然の知らせに、誰もがざわめいた。

あの日の私はきゅっと心臓を掴まれたみたいになって、冷静に、落ち着いて、絶対にCDを予約するって、そう決めた。


遠くに見えるだけで幸せだと思ってた、大好きな推しさんの晴れ舞台
お写真のお渡し会まであるなんて…!


あつかしロスも沸き起こる前の、バタバタな一週間を終えて前日の夜。
毎日がバイト三昧で、推しに想いを馳せる時間すらほとんどなくて、折れかかっていた心もこの日ばかりは浮ついて

そうしてお風呂に入って温かいシャワーを浴びて、自分の手元を見つめてふと思い出す

あっ、私まだネイル塗ってない!!

お渡しだもの、手先まで綺麗にしておかなきゃ。メイクは崩れてもネイルなら…!
推しさんのために抽選もチケ代のためのバイトも、おしゃれも頑張ったのよって、楽しみにしてたのよって、伝わるはずだ!!

選んだのは推しさんの好きな青
とうらぶコフレくじで引いていた三日月様の青

私がこうして推しさんを見つけられたのは、刀剣乱舞があったから。そんなご縁もあって、この色がぴったりだって思った

ラピスラズリみたいな深い青。
ちょっとカッコよくなりすぎ?って思ってキラキラの多色ホロを上から重ねる。

どきどきして眠れないかと思った
先に体力の限界が来てぐっすり眠った


これこそ夏!
みたいな照りつける日差しと雲がほとんどない空。晴れ男、頑張りすぎでしょ

雨女のわたしが推しに勝った(?)の今まで一度しかないなと思いつつ電車に飛び乗る
忘れないよ、あの日

今日の出来事、何度も刻んで、いつか忘れてしまわぬよう
そうつぶやいたあの時はもう雨が上がり始めてた


フェスの恥はかきすて
太くなる一方の両脚は今日は見ないことにして今年初めて履いたショートパンツ
来年はダイエット成功してもきっと着ないんだろう、きっとね。そういうもんだこれって

私はずっと、よおく熱して溶かされて自分の形も忘れたまま、いい子の枠にはめられて、そこから逃げて、追われて、そうして繰り返しで

だからわからない、というよりわからなかった
何もしてもいいのか、何がしたいのか

海外に行きたいって言いながら最後まで留学できずに学生生活が終わる
行く前からホームシックで、親から離れたいって泣き叫びながらも家にいる


だけど変わったんだろう
少しづつだけど、やっと自分のやりたいことをやりたいように。新しい景色をたくさん見に自分の足で。
少しづつ、ほんの一歩だけ。推しを追いかけてそうしてここまで。


楽しくて嬉しくて悲しくて寂しくてどきどきとワクワクで心が爆発しそうで静かでうるさくてとんでもない
めちゃくちゃな気持ちで、日差しが眩しくて、タオルをかぶっても熱くて、日焼け止めがだらだら顔から流れ落ちて、岩盤浴みたいだねって

いざ推しを目の前に
そしたらそんな、全部どうでもよくなって。
「大好き」も「頑張って」も「楽しみ」も「ありがとう」も、全部ちがうきがしてきて
にこにこしてようって、思ったのにまた

ああ、流される
綺麗だな
ばいばい

体感30秒のあの世界
ゆっくり頭の中をスローモーションで流れていく綺麗なあのひと
疲れとか暑さとか吹っ飛んで

言いたいことも全部、あー…
わたしの爪で光ってるホログラムも
全部無かったのと同じ

こっち、見てた?
もしかして、目があった?
推し、と?、

お渡しなのに…ずっとこっちを…?
目を離さず…?化粧が落ちてぼろぼろの顔を??


頑張った前日のわたしが報われなかったと、そうも言えると思う
ホログラムはなかったのと同じ、空気みたい透明に溶けて形さえ曖昧なまま

でもその方が嬉しかった
わたしという人間がこうして、CDを買って列に並んで、あなたのためにここにきて
それをわかってくれたんだって、そう思うと


爪とこうしてにらめっこして、刷毛がすっとすべっていくのをみて、そうするとテンション上がる、気持ちが変わる

だからそれは、落とす時もおんなじなんだって
さよなら青い爪、透明な爪
蛍光灯のひかりを受けて、緑やピンクに乱反射してるホログラム、ほんとうのほんとうに透明に消えた


なつのおわり

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