ふるさとよいづこ



年長さんまで補助輪をつけていた

運動音痴なんてレベルじゃない運動音痴はもはや自転車にすら乗れなかった
いつまでも父に自転車の後ろを掴んで走らせた

車の免許も、まるごと1年かけてようやっと手に入れた
駐車券が取れる位置で停車できない、頭から突っ込まないと駐車できない


約26万円の超高級身分証明書は、記載住所が変わってめっきり出番を失った
マイナンバーカードが今の私の「住所氏名記載の本人確認ができる顔写真付きの証明書」だ。


遠くまで来た

堤防沿いの道を自転車で走り抜けて、ふとシャッフルで流れてきた曲をきいて泣きたくなった
ここが私の、ふるさとだと思った。

誰かに生きることを強制された生活はもうどこにもない
好きに生きていいし好きな時に死んだって構わない
親にも、大好きな祖母にも、自分がいまどこに住んでいるのか教えていないし、今後も教えるつもりはない


自由がここにある

はじめて知った本物の自由がある

これまでの、授業をサボってお茶をしただとかそんなささやかな自由じゃない
眠らなくても、食べなくても、息を吸わなくたっていい、全てが自己責任になったいま、自分で選び取る全てが身体中に染み渡り爪の先までひろがってゆく音がする



生まれてはじめて、「じぶんがうまれた」という感覚を知る

他人のために、生きることを決められた生活はない
ここが、ここから、私が始まる
ようやく自分が自分として意思を持って物事を決められる
ここが私の、ふるさとだと感じた。



なんにもない、何一つないこの場所
けれど自分が存在できた、ここに!いま!

愛しいふるさと!わたしの故郷!わたしの生まれたこの場所!!




遅番を終えてへとへとになりながら家に辿り着いた23時


いえの、かぎが、ない。


どこにもない。鞄をひっくり返してもやっぱりない。
職場に戻って鍵を開けてもらって探してもない、暗い道を自転車のライトで照らしながら探す、それでもない、どこにも、落ちていない、見つからない

こんなところで、死にたくない。


怖い、寒い、
何もない何一つない
五大都市なんて嘘だよ、会社が手配した社宅の住所にはかろうじて名古屋市、とあったけどここに私が欲しいものは自由の他は全部ない
外れに住んでるっていうのはおんなじなはずなのに実家となんでこんなに違った感じがするんだろう

風が吹く
汗をかいた仕事着をほとんどそのまま、半袖の上にうすっぺらいパーカー1枚
よく芯から冷えるとかいうけどわかんない、私の輪郭全てが冷たい、風を遮ってくれるような建物もない、真っ暗な空が近い、暗いはずなのに昼間とおんなじに見通しが良い

ここが私のふるさとで、ここで頑張っていくって、そう思っていたはずだった

でもここで死ねない、何もなく生きられない
これまでの人生には確かに本物の自由はなかったけれど、そのほかの大抵のものは目の前にきちんとお利口さんに揃って並んでいて、手を伸ばせばそのうちのいくつかは学生のご身分でもしっかりと選びとれた

自由が欲しかった、自由だけが欠けていた
私が私として生きることを許されたかった、それしか考えられなかった。それが欲しい、それだけが唯の一度も、どれだけもがこうと泣こうと喚こうと手元にやってこなかった物だったから。


手に入れたからにはもう手放せない
これからきっと私はどれだけ店舗でいじめられたり成果が出ずに上からの圧力を受けたりストレスやら過労やらで身体を壊したりしたりしても絶対に仕事は辞めないし何があろうと実家暮らしには戻らない、だろう

ただ、やっと生まれた「わたし」の形はめちゃくちゃに歪んでぽとりと地面に落ちたままで
服にバッグに靴にコスメにそれから推しを応援するためにいつ死んでも本望と言わんばかりに有り金全てをつぎ込んでいた人間が、生活費だのなんだのと言葉を並べて保身に走る、たまの休みは部屋で虚ろにネットの海に潜り続け、大好きなスカートとヒールに守られて外に出ることも、キラキラのお粉をこれでもかとアイホールにのせることも、目的もなくウィンドウショッピングをしてお店のディスプレイが変わっていくのを毎日のぞいて回ることもなくなった
私を私足らしめていた要素たちは慌ただしいこの日々に、この「ふるさと」に、飲み込まれていく。

染まってはいけない
少しも、ただのひとかけらも

強く強く黒くあれ

ひとりで生きていくだけの強さ



絶対に取り返す

ここには居られない、私が溶けていくここに長く留まりたくない
ここで、誰かに引き上げられるのを待つこともできるけど、私が私として自分という個人を自らの意思で進めるためにはひとりのままで前を向くしかない

もうこんなところに居られるか!
知らない!もう知らない!!


全部わたしの元になきゃもう気が済まないよ
ぜったい、絶対だ

ひとつ得たら何か手離さなきゃいけないなら最初に切り落とすのはこの「生きてしまっている」現状だよ
もう文字を打つのも苦しい
自分がぶれて歪んで行くところを黙って見ていられない
何もわからない
ここで、今すぐ、終わりたくなんかない
誰かに縋ってまでいきている意味がわからない






もう苦しくっても、たすけて、とは言いたくない
そんな口ならきっと切り落としたほうがマシでしょうね


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?