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ほほえみ

こんにちは。一人称です。

お久しぶりです。5日ぶりの日記です…。卒論中間発表やデザインコンペの企画書作りやレポートなどをやってはいましたが、いつもどおり特に何もせず過ごしていました。母親がぎっくり腰になって(とても痛そう)普段より家事の量が増えています。ちょうど帰ってきててよかったです。

日記という名目で始めたnoteでしたが、5日ぶりになってしまうともう日記とは呼べないですね。毎日やっているときはルーティーンと化していて、書けなかった日の翌日には「あ〜書かなきゃ〜」と軽い気持ちで書くことが出来たのですが、こうして日にちがあいてしまうとどんどん書く気がなくなり、「書く」のまえに「書こう」、そして「書こうと思う」というマインドセットからしなくてはいけなくなります。今とても頑張って書いています、えらい。

もう帰省してから2週間くらいとなりますが、そろそろ疲れてきました。素直でよろしい。一度一人暮らしをしてしまうと実家暮らしには戻れないという言葉を身をもって感じています。家族のことが嫌いだとか、仲が悪いとかではないのですが、「調味料の位置がわからない」とか「ゴミ出しのルールが違う」とか「冷蔵庫に何が入っているかわからない」とかそういう小さな差異の積み重ねで、なんだかどっと疲れが来ています。あと、これは実家あるあるかもしれませんが、Wi-Fiが遅い。私の持ってるポケットWi-Fiもなぜか遅い。外出してWi−Fiが弱いとかなら別に本読んだりして過ごせるのですが、拠点のWi−Fiが遅いというのはですね、割とストレスですよ〜。

家族も所詮他人だなというか、特段話題や考え、思想が合うわけでもなく、恋愛的に好きなわけでもなく、有意義な知識や洞察が得られるわけでもなく、ただたまたま血が繋がってたまたま一つ屋根の下で過ごしてきた時間が長い、ただそれだけな人たち(もちろん育ててもらった恩はめちゃくちゃありますけどね)と日常をともにするというのは、生まれたときから惰性で続いているならばまだしも、一度中断してしまった身には割と 奇妙に感じられます。楽しい時間もたくさんあるけど、主目的としては、楽しくて一緒に過ごしている、というよりかは、恩返しをするみたいな感じで、ほほえみの心を持って家事や会話などをしている。以前「家族といるときはあまり自分の気持ちや考えが生まれてこない(意訳)」みたいな話をしましたが、それはこのほほえみ感に没入していたということなのかもしれません。

かといって寮に戻るかというとそういうわけではなく、料理の不便さ(流しが部屋にない、冷蔵庫が小さい、卓上IHコンロ1つしかない、夏なので生ゴミの処理が面倒)が非常に大きいし、家族ですらない赤の他人に自分の生活が遮られる(流しや風呂が共有)のがとっても嫌なので、文句を言いながら、というか、ほほえみながら、時には一緒に大笑いしながら、実家で過ごしていくのだと思います。学生寮とかクラスター発生しそうで怖いし…。思い返してみると、2年前の8月、割と電撃で寮に引っ越してしまったので、改めて社会人になる前に家族との暮らしを楽しんでいる、というふうに考えれば、悪くはないかも。社会人になったら祖父が住んでいた家に引っ越す予定なのですが、すこし早いうちから引っ越しするかもしれないな。新卒一軒家一人暮らしです。

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さっき、イヤホンが壊れていることに気づきました。左耳が聞こえない。昔使っていた有線のもので、もともと外見はわりとボロボロだったので壊れても大打撃ではないですが、音質は良いのでわりと悲しい。ヨドバシカメラで何度も試聴を繰り返していた大学1年のころを思い出します。驚きの3年保証ですが、もう3年と2ヶ月経ってしまっています。

ここ数日、居場所がないというか、心のよりどころがないな〜と思っていたのですが、noteを書いていたらなんだか落ち着いてきました。さっき頑張って書いてるとか言ってましたけど、えてして私は何かを始めるということに精神的なハードルを抱きすぎです。Twitterは身近すぎて、リアルタイムすぎて、すこし疲れてしまうときもあるんですよね。こうやって少し距離がある(ソーシャルディスタンス?)くらいのSNSのほうが落ち着くのかも。いくらでもだらだら文章を書けるがゆえに、自分の思いをそのまま垂れ流しになってしまうというのも考えもの(というか少し恥ずかしい)ですけどね。読んだ本についてとか、書きたいことはいっぱいありますし、もっと読んで面白い、楽しい文章を書きたいなという気持ちもとってもあるんですけど、とりあえずレポートをやらなきゃという気持ちです。

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タイトルが思い浮かばないので「ほほえみ」にしましたけど、「ほほえみ」でGoogle検索すると明治の粉ミルクばっかり出てきて笑いました。トップ画像は宮島達男の《Counter Voice in Milk》です。それでは。

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