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model:yosh.ash「雨の日の昼下がりは鴨川の辺で」

※こちらは企画モノです。リクエストいただいた内容で小説を書く、という趣旨で、御依頼戴いた方を私が勝手に想像し、書き上げたものです。実際の御本人様とは全く異なる可能性がございます。御理解の上お読みいただければ有難いです。

※画像は鴨川ではなく、自分の大学の近所の川です。(すみません…。)

詳細⇒ https://note.mu/imyme030/n/ndf7708ff87f8

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久しぶりの予定のない休日だというのに生憎の空模様だった。

朝からパラパラと降り、しかし昼頃には止むという、何だかやる気のない雨が京都の街を湿らせた。少しだけ降る雨は、思いのほか街を潤わせ、ただ晴れている日よりも環境が良くなったような気がする。思わずタバコと携帯灰皿、財布と携帯だけをコートのポケットに放り込むと、抜け出すように外へ出た。

川が好きだ。
流れる姿はいつまででも見ていられる。
「わざわざ冬に川沿いに行くなんて、寒いじゃん」と、年頃の娘がよく顔をしかめる。確かにそのとおりだ。けれど、その寒い時期だからこそ、いつもより少し人が減って開放的な川辺は、絶好のスポットになる。一人でぼうっと夢想するには、丁度いい。

川辺は案の定寒かった。
京都は盆地だから寒さが貯まる、とはよく言ったもので、底冷えするひりひりとした寒気が服の隙間を上手に見つけては心臓めがけて這い登ってくる。
鴨川の川辺から少し目線を上にすると、橋の上を慌ただしく通る人や車が目まぐるしく動いている。外側から日常の世界を眺めているようで、いつもなら頭痛の種になる人混みも、ここに来ると興味深く見ていられる。

ポケットからマルボロを無意識に取り出す。左手がスナップをきかせると、ちょうど一本だけ飛び出してくる。指に挟んで、とんとん、と2回叩きつけ、口にくわえてから火を探す。携帯灰皿を取り出す。そこでようやく、ポケットの中にライターがないことーーー自室の机に置いたままで家を出たことーーーに、気づいた。

「あちゃー…。」

思わず声に出していた。ここまで吸う動作が進んでから気づくと余計にへこむ。加えたタバコをひとまず口から離す。項垂れるように座り込んだ。

『タバコ吸う人はね、深呼吸するのを体が喜ぶから吸ってるらしいよ!だから、深呼吸しなよ!タバコの代わりに、深呼吸!』

娘が随分前に言っていたのを思い出した。タバコは寿命を縮めると、どこからか聞いてきたのだろう。年頃になると子どもたちは親の知らないところで成長してくる。自分の知らなかったことや、考えもしなかったことを子どもが持って帰ってきたりする。その姿は不思議で、面白くて、やはりどこまでも愛おしい。自分の子どもだからと無条件で誰もが愛情を育めるなんて思っていないが、かけた分の愛情を色んな形で返してもらっていると思うから、我が家はそういう意味では幸せな親子関係なのだな、とぼんやり考える。

川の音は止むことなく流れていく。
あっという間にあの子も大人になるのだろう。誰かと恋をして、夢を持って、何かに泣かされて、何かに焦がれるのだろう。
いつだったかの自分のように。

大きく息を吸い込むと、丁度よく湿った空気が喉をひんやりと潤した。脳の奥まで川辺の冬を送り込むと、五感がさっきよりもはっきりしたような気がする。ーーーライターを忘れたら、今度から深呼吸をしよう。ーーー足に力を入れて立ち上がると、空が少しだけ近づいた。川の流れとおなじ向きで、逆らわぬように、じゃり、と、緩やかに地面を踏んだ。

〈了〉

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