メモ(印象深い東方Project二次創作小説30作)

私がWeb上で公開された小説を読むようになった要因は色々あるのですが、そのきっかけのひとつは『東方Project』(同人サークル「上海アリス幻樂団」による著作物を中心とした作品群)のある二次創作小説を読んだことでした。私は幼少の頃から自分の持っていないゲームの攻略本を読んで世界観や設定を眺めて過ごしていたので、『東方Project』(1996年-)の世界観や設定に魅せられていったのもその延長だったのかもしれません。このメモでは、自分の印象に残っている『東方Project』の二次創作(n次創作と呼ぶ方が適切かもしれませんが)小説を30作挙げておきたいと思います。いつか、それぞれの作品の感想を、きちんと書けたらよいのですが。以下では、1作ごとに短い感想(1tweet程度)を付すに留め、長い感想は別の時に書ければと思います。

◆東方Project二次創作小説30作(順不同)

1.アルパカ度数38%『ルナティック幻想入り』(2010-2011)【R-15】

長編(原稿用紙1600枚程度)。各地を転々とするオリジナル主人公が、原作の登場人物たちの心の傷を癒しつつ、望まぬサークルクラッシュの原因になり彷徨し続ける物語です。ファンタジー的な設定を利用した社会実験、思弁の趣もあり、ギリシア悲劇『オイディプス王』みたいに私は読みました。

2.にゃお『うそっこおぜうさま』(2011-2012)

長編(原稿用紙1600枚以上)。同作者の短編『嘘つき紅魔郷~泣きレミリアの為の紅霧異変~』(2009)を元にした作品です。己の実力を偽って大きく見せていた(独自設定)吸血鬼の主人公が、周囲に支えられつつ成長する物語で、いわゆる勘違いもの(コメディ)から熱血バトルと家族ドラマに転じます。

3.時鳥羽逢『1 to 9 (人を喰う)』(2013-2014)

中編(原稿用紙150枚程度)。オリジナル主人公が、OD(過剰服薬)の間際に東方Projectの世界(幻想郷)に誘拐され、騒動に巻き込まれて各地を転々とする話です。各地をめぐり原作キャラと縁を結ぶ点では『ルナティック幻想入り』にも似ていますが、シニカルで饒舌で殺伐としています。ファウスト系?

4.ptagoon『Komeiji's Diary』(2018-2019)

長編(原稿用紙550枚程度)。読心能力を持つさとり妖怪が、中間管理職としての職務で精神の均衡を崩していく様子を、本人の書いた日記、という体裁で記していく話です。変調する文体や、物語の展開などに、ダニエル・キイス『アルジャーノンに花束を』(1959→1966)めいた切ない感触を覚えます。

5.過酸化水素ストリキニーネ『カメラシャイローズは紅茶にのせて』(2012)

短編(原稿用紙25枚程度)。読心能力を持つさとり妖怪が、天狗の新聞記者による取材を受ける話です。口だけでない気遣いや知的な洞察に裏打ちされた緩い会話というものを読後に学んだ気持ちになる作品でした。心理描写の点で、長串望(ガルパン二次)や、hige2902(艦これ二次)と同じように好きです。

6. deso『博麗ベニズワイガニ』(2014)

短編(原稿用紙15枚程度)。主人公の巫女が、神社に唐突に現れた蟹を食べるために捕獲しようと真剣に悪戦苦闘するさまを描いた作品です。戯画化された真剣さやよく考えると不穏な暴力的要素がリアクション芸めいて見える点で、シリアル(シリアス+コミカル)な作品の好例と言えるでしょう。

7.粒状斑『後ろの正面』(2008)

短編(原稿用紙25枚程度)。主人公の鬼が、子供との遊び(かごめかごめ)で半ば思弁的な恐怖体験をします。ラヴクラフト『彼方より』(1934)を連想させる『蟲蠱蠢蠢』(2010)等、コズミック・ホラー風作品で知られる書き手による、オカルト民俗学やネット的感性(匿名的悪意の恐怖)も混ざる佳作です。

8. イトウ(仮名)『渋谷のリグル・ナイトバグ』(2013)

短編(原稿用紙45枚程度)。「俺」が大学生の頃に体験した不可解な出来事の回想を、フィクションという体裁で書いたという物語。渋谷(クラブカルチャー)を舞台にした都市伝説的ホラー物語を、東方Projectの世界観や設定と巧みに接続させた怪作です。どことなく中島らもの小説を連想したりしました。

9.智弘『くたばれ物書きども』(2015)

短編(原稿用紙40枚程度)。キャラクターなる観念自体を代表する妖霊である「おれ」が、様々な書き手(東方Projectの登場人物たち)の物語世界で様々な登場人物を演じていくという物語。演劇での演出と俳優の力関係を念頭に、物語論的な思考で書く/書かれるの力関係を描いた、奇想の映える一作です。

10.火男『闇よ、闇よ、この指にとまれ』(2015)

中編(原稿用紙125枚程度)。眠れぬ夜に手元の小説(森鴎外『舞姫』)を眺めていた巫女が、妖怪に話の代読を頼むところから始まる物語。闇を操る妖怪は影絵ならぬ光絵芝居を始めますが、話は途中で『舞姫』を逸していきます。古典教養と東方知識の混ざるメルヘン風の場景の中で感傷を描く名作です。

11.ばかのひ『大好きが地霊殿はこいしちゃんの』(2014)

短編(原稿用紙30枚程度)。さとり妖怪の少女を中心とした、(拡張)家族内での一夜を描く物語。本作の題は阿部共実『大好きが虫はタダシくんの』(2013)を踏まえているように映りますが、内容はほんわかです。少女と誰かの対面という群像劇めいた場面が巧く連鎖して、深夜にパーティーが開かれます。

12.白衣『あなたの頭の中にあるメロン』(2014)

短編(原稿用紙30枚程度)。巫女の住む神社に墜落してきた鯨が喋りだす奇妙な味の作品です。鯨の頭部のメロン体と果実のメロンの取り違えをはじめ、横溢するナンセンスと、鯨の行く末への洞察が相まって、独特の情緒があります。別作『あなたとわたしのミゼラブルフェイト』と対になる一作です。

13.超空気作家まるきゅー『イドの底』(2010)

短編(原稿用紙35枚程度)。さとり妖怪の姉妹の、妹の方が井戸の底に落ちた男を観察する小説です。ジャンルとしてはスリラーでしょうか。作者の作品には(登場人物の思弁として)社会構築主義的な見方が頻出しますが、本作はそれと男の極限状況やさとり妖怪の設定が特にマッチしており、鮮烈です。

14.沙月『踊るワラキア』(2009)

掌編(原稿用紙4枚程度)。インド映画『ムトゥ 踊るマハラジャ』(1995)を意識した題が示すように(なおワラキアはルーマニアの地名)、吸血鬼が、友人の魔女の言を受けインド人として振る舞いだすギャグ漫画的な作品です。作中のジョークに笑えなくなっても、それらの文脈の考察は興味深い作業です。

15.無言坂『ナイトメア』(2010)

短編(原稿用紙23枚程度)。さとり妖怪の姉妹の妹を中心に、人妖間や家族間での愛憎が描かれています。吸血鬼の姉妹の暗い愛憎関係を髣髴とさせる、さとり妖怪の妹の科白が印象的です。ここにこそ、阿部共実『大好きが虫はタダシくんの』(2013)のような軋んだ空気が描かれているように感じます。

16.長久手『介護入門』(2012)

短編(原稿用紙15枚程度)。さとり妖怪の妹が、人間の子供たちと交流して、別れ、その内でもとくに仲良くなった一人と再会するまでを描いた話です。設定ゆえにイマジナリーフレンドに擬せられがちな登場人物(名前はこいし)の語りで進め、「小石」をメタファーに使う点など考えさせらえます。

17.与吉『小咄 鬼一管』(2008)

短編(原稿用紙40枚程度)。湖のほとりで行われる民話の読み聞かせをめぐる一幕を描いた小説です。仙台にいたという狐取りの名人、勝又弥左衛門の話(特に只野真葛『奥州ばなし』の「鬼一管」)を聴いた妖精たちと、読み手である半妖の男性による、相互的な文学教育の情景は興味深いものです。

18.八重結界『文VSはたて -三面記事バトル-』(2011)

短編(原稿用紙80枚程度)。二人の烏天狗が、与えられた情報カード(偽の記述も含む)をやりとりして真相を推理するゲームで闘うという話です。与えられた前提と規則からどれだけのことが導き出せるのかという推理と、推理を元に相手から情報を得る交渉とが、巧みに描かれているミステリ的作品です。

19.猫井はかま『夕暮怪談「木製電柱」』(2010)

短編(原稿用紙23枚程度)。少女(巫女)二人が神社で怪談話をして、一人が帰り路で恐怖体験をするというオーソドックスな怪談です。画家鳥山石燕によるガシャドクロの挿話などを現代の都市伝説的な感性(城平京『虚構推理 鋼人七瀬』にも通ずるような)とうまく結びつけて恐怖を構成しています。

20.梶五日『白い影』(2013)

短編(原稿用紙15枚程度)。妖怪兎が、新聞記者の烏天狗から50年前に体験した怖い話を聴く、という構成の怪談です。兎の視点で烏天狗の話を聴く枠物語に、兎が語り手となる過去の恐怖体験の物語が挟まれている構成です。なお上記小説投稿サイトでは、背景色と同化した隠し文字が散見されます。

21.ケチャ『首絞められ霊夢』(2010)

短編(原稿用紙18枚程度)。二部構成で、小説を取りに来る編集者の烏天狗の側と、小説を書く作家の巫女の側の視点がそれぞれ語られます。原作の東方Projectが主にシューティングゲームである点を活かして、いわゆる残機制をリアルに持ち込み独特の厭世と暗い恋情を綴ることに成功しています。

22.こうず『命短し墜ちろや地獄』(2015)

短編(原稿用紙55枚程度)。歴史編纂の任と短い寿命を宿命づけられた人間が、幼少の祭りで盗んだ、地獄で焼かれる罪人を模したガラス細工とともに膨らませた地獄への思いとその顛末を語る物語です。大正デカダンスめいた恋、自由、美、悪と、自動化や疎外がモチーフのように感じました。

23.アン・シャーリー『夢の重み』(2017)

短編(原稿用紙15枚程度)。吸血鬼の妹が、人々の集まる宴席で面霊気(付喪神)との初会話の様子などを帰宅して魔女に語り、語られた魔女が魔法で吸血鬼の妹の記憶に残る場面、面霊気による能楽の舞台をミニチュアで再現する、という話です。短い中にも幻想的な場景の描写が印象深い作品です。

24.肺魚『挨拶』(2017)

掌編(原稿用紙4枚程度)。さとり妖怪の妹が死にかけの猫を拾い帰宅する物語です。さとり妖怪の姉妹の関係や性格が、簡潔な描写の中で立ち上がるように感じられました。関連する無数の作品が、当該作品に登場する人物の粗い輪郭を描く文脈として機能するというn次創作の利点を活かした作でした。

25.もなにもなに『紅魔B1コンクリキャンバス』(2011)

短編(原稿用紙25枚程度)。吸血鬼の妹と、その世話係に任命されたある妖精とが中心となる話です。主に物語の前半部を占める妖精の語りは、その時代めいた語彙(熟語の多用)と内容とのギャップ(お菓子や手品につられる、イタズラするなど)で可笑しみを生み出し、後半部の家族ドラマを引き立てます。

26.aho『凡人『霧雨魔理沙』』(2010)

短編(原稿用紙75枚程度)。人間の魔女の性格や思想が、人食い妖怪、そしてその妖怪に襲われていた少年などとのやりとりを通して浮かび上がってくる作品です。範例的なファンフィクションとして、あるキャラクターの相貌を、世界観と合致するように彫りあげ、人間性とは何かを提示しています。

27.maruta『Replay』(2012)

中編(原稿用紙160枚程度)。箱入り育ちの吸血鬼の妹がTRPGのセッションを通して、食と死に関する道徳教育を受ける物語です。兎、狼、人間、吸血鬼と、演じる役柄がより上位の捕食者に移行してていくセッションのパートと、セッション外での家族とのやりとりから構成されています。

28.FoFo『熱血教師・藤原妹紅』(2009)

短編(原稿用紙95枚程度)。前半は、寺子屋で、妖怪の子供たちがそれぞれの仕方で成長していき、人間の子供たちと、カルタ勝負を通して交流を深めていく様子が描かれます。後半部では、妖怪と人間の違いを重んじる吸血鬼の姉が妹の通う寺子屋にきて、妹を連れ帰ろうとする騒動を描いています。

29.青段『あの日の晩ごはん』(2015)

短編(原稿用紙13枚程度)。烏の妖怪である主人公が、自分の忘れっぽさゆえに(拡張)家族の絆さえ忘れてしまうのではないかと不安になり、周りに相談して、(拡張)家族(あるいは共同生活する相手)との大切な思い出を再確認する話です。文体と設定がマッチしているように感じました。

30.Error:Undefined『//幻想郷へ行く方法//』(2019)

掌編(原稿用紙9枚程度)。SCPを彷彿とさせるフォーマットで記述された、宇宙(月?)からの交信の記録並びに交信案内(彼岸の人物からのメッセージ)と、舞台裏のネタ晴らし的な部分から構成された掌編です。作品の投稿日が4月1日であったり、形式と内容の組み合わせに凝った作品です。

おわりに

 私が特に集中して『東方Project』のn次創作小説を読んでいたのは何年か前のことでしたが、ここで振り返ってみて、改めて好きな作品や、語りたい作品のことなどを、思い出しもしました。特に市場で流通していないWeb上の小説は、唐突に閲覧できなくなってしまったりするので、書誌情報や読後の所感を書き留めておく必要は意外と大きい気もします。今回は、複数原作を交錯させる小説や、途絶した小説はあまり扱えず、例えば「東方円鹿目」シリーズなどにも言及できませんでした。いずれこれらに関しても、メモを書ければと思います。また、東方以外のn次創作小説についても、こうしたメモが書ければと思います。読んでいただき、ありがとうございました。

追記:計50作になるようにハーメルンから20作品をピックアップしました。

(了)

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