寸評:批評集団「大失敗」『大失敗』創刊号(2019.01)
1.巻頭言(『大失敗』13-18頁)に寄せて
機関紙『大失敗』創刊号に「感想」は不要である。少なくとも、「十年一日のごとく同じようなジャーゴンを用いた「感想」という名の批評ごっこを「ツイート」をする」必要はない。しげのかいりはそう述べている(「「大失敗」のスタイル変革を要望する」『批評集団「大失敗」』ブログ2019年5月19日付)。これは一成員の意思表明ではなく、批評集団「大失敗」自体の理念に即してなされた発言であると考えてよい。『大失敗』創刊号巻頭言には、「批評は「患者」の増殖を目指すゲーム」(左藤青+しげのかいり「《現実≠現在》へ もうひとつの〈前衛〉と「大失敗」のために」『大失敗』17頁)だという認識が示されているからだ。
とらえかたによっては瘴気あふれるであろうこの言に、まずはあてられておきたい。つまり、ここでは「批評という病」に罹患しておきたい。――ただし「病」であっても、気分障害ではなく、感染症として(私は、「この「病」とはここでいう「鬱病」だからである」(『大失敗』17頁)という文言を念頭に置いている)。
広告的言辞、「ジャーゴン」、つまり、紋切型は、遺伝子よりはむしろ病原体に譬えるべきである。紋切型がつい口をとびだすのは、発作的に起こる喀痰や咳嗽とそう変わらない事態だ。批評は、感染症なのだ。批評文とは、病めるものの書きものだ。批評家、病めるもの書きたちは、たいてい、時を経るに従って、botじみた紋切型の反応を繰り返すゾンビのようになっていく(あるいは『まどか☆マギカ』の「魔女」のように? あるいは『リング』の「貞子」のように? あるいは「NPC」のように? まさに「患者」として?)。およそ誰であれ、ことばの持ち合わせ、感じ思うことのできる力が有限であるならば、言辞を連ね続けた果てに訪れる、それは必然だ。とはいえ素朴な(姿を装う)反応もまた紋切型である。ゆえに、各々は己の健やかさを己で発明せねばならない。そして、己の病を知らないものに己の健やかさは発明できない。――こうして言語を用いる以上は、屍のように物言わぬ状態と、botのように定型の言を垂れ流す状態の、その狭間において、体裁を維持できるようにと、あがき続けるほかないだろう(例えば、勉強は、この意味で、ひとつのあがきである)。
健やかになろうとして、病原体の転用が考案されるのは、この、あがきの渦中においてであり、そうして、例えば、ありふれた罵言や保身の念に裏打ちされた称揚などの、メジャーな紋切型を、マイナーに使用(濫用ないし再流用)する試行錯誤が展開されることになる。――広告的言辞はバイラル[viral]に、つまりウィルス性の感染症のように流布する。問題は、病原体の接種が何を引き起こすかということだろう。――症状の顕在化、抗体の産生、突然変異、もしくは、また、別の何か?
生物学めいた語句の濫用はここで止める。寸評と書いたのは感想ではないものを書こうとしているからだが、私はいま大いに不自由を感じている。
2.左藤青論考を読んで
不自由? だが、そもそも自由は本当に与えられていたのだろうか。それは自由があるはずだという保障の観念以上のものであったのだろうか。「感想」の語は、その語を用いる何者かに、自らを「感想」の所有者であるかのように思い込ませる、「わな」(『大失敗』14頁)だったのではないか。例えば、「感想」を持つもの、それは私であり、私には何であれ感じたり想ったりする能力がある、と。つまり私は自由だ。感じ想う自由が私にはあり、私はそれを行使している。私はそれを再認し、あとは言葉にするだけだ、と。この一連の保証の観念がひとに供給する全能感がある。そして、ここにある全能感、事実として何ができるのか試し、数え上げる実践を放棄した全能感こそが、批評集団「大失敗」が「不要」と宣告するものであり、巷のことばたちから剥ぎ取ろうとする当のものではないか。「私たちに必要なのは「生きた自由な言葉」なる、ブルジョワの玩具ではないし、私たちがそのようなものを持ちうるはずもない」(「《現実≠現在》へ」『大失敗』18頁)。獲得すべきは「たたかうエクリチュール」(同)であり、それは「「不自由な言葉」の敗走」(同)の軌跡として把握される。――だがこれではまだあまりに曖昧だ。方法を形にしよう。
いかにして、いま・ここでなしうることを発見するのか。つまり実践する余地を獲得するのか。保証された自由というフィルターを剥ぎ、いま・ここからの行く先を探るのか。一つの方法は「広告的言辞」を使い潰すことだ。「むろん、ただの名詞を何に用いようが自由である」(「《現実≠現在》へ」『大失敗』18頁)。「広告的言辞」は、いかなる文脈にも馴染むかのように誤認されている。――それは無内容であり、あるいはそれ自身だけで意味に充足しており(無と全はこの限りでは表裏一体だ)、だからどんな機会にも自由に口にできる、と。例えば、「大失敗」。……これを私たちはいつでもどこでも、あなたの自由なタイミングで、好きなように使うことができるわけです……。「そのとき彼らは自由に話しているつもりで(「シラけつつ」)、実はその手元の広告的言辞の使いやすさに「ノって」、束縛されていたのではなかったか」(『大失敗』18頁)。――私たちは気の利いた「広告的言辞」が、いわばクソリプと化する瞬間を発見する。そのとき、そこで、自らの「ある凡庸な「手癖」」(同)が発見される。と同時に、その言辞がその「広告」性のために何を抑圧することを要求してきたか、何を称賛することを要求してきたか、何を捉えることを要求してきたか、何を無視することを要求してきたか、こうした一連のことをひとはおのずからさとることになるのである(ほら、あなた、こうでしたね、と諭されるのではないし、こうした方がよかったねと助言されるでもない。あなたに何ができるかを措定しようとするそれら外部からの指令はみな「わな」であり「広告」である)。
文脈を与える自由という、空虚な権限の再認から、現に与えられる不自由な文脈と、そこで話を進めうる空白の探求へ。堂々巡りの闘争内での新技法の探求ではなく、堂々巡りの闘争から逃走する余地そして彼岸の探索へ。「「表層批評」や「表象文化論」は、コンテンツを非政治化し、何か意味深な示唆に変換すること(「政治の美学化」)ではなく、むしろ明晰かつ判明な「芸術の政治化」でなければならない」(左藤青「編集後記」『大失敗』102頁)。コンテンツを「意味深な示唆に変換する」とは、コンテンツの名を「広告的言辞」にすることだ。それを口にしておけば、様々な文脈が与えうる、闘争感に煽られ、自由感を味わえる、そんなアトラクションに加担することだ。――あれ対これ、あいつら対こいつら、あれをするかこれをするか。……御覧なさい、ともかくも何かを選べます。あなたはこの一覧表を受け入れる限りでは自由です……。そしてこんな一切の騒ぎに水を差す(ほんとうに「シラけ」た)一撃が可能であるとすれば、それをこそ「芸術の政治化」と呼ぶべきである。――だが結局、何がその「名」に相応しいのかを論議していても誰も先には進まない。「いーから皆本誌とかブログとかで書いてみろって」(左藤青「いったい誰が読んでいるのか、「批評」を」『小失敗』10頁)、ということになるゆえんである。
ジャーゴン、「広告的言辞」が含意するはずだと自らの思いなす、その一切を展開しようとすること。失敗してもよい。いや、失敗するほど、よい。ジャーゴンや「広告的言辞」が保証しているはずの自由さ(あるいは退屈さや閉塞感)、満遍なく網羅しているはずの文脈、その破綻を発見するためにこそ「批評」は書かれるのであるから。「批評」を実践し、各々が各々の不自由と力を把握すること。各々が各々の戦場を把握すること。教わるのではなく、見出すこと。
空白と充満、意味や文脈をめぐる自由と不自由への「批評」として、左藤青「昭和の終わりの「大失敗」 八八年の有頂天から」(『大失敗』73-92頁)はひとつの範例を示している。いまひとり、また誰かの「批評」を待ちながら、私はそれを言うにとどめる(これは「寸評」である)。
3.赤井浩太論考を読んで
集団になることの一つのよさは、己の「凡庸な「手癖」」を笑われるところにある。ひとは己の「手癖」を笑えるほど器用にはできていない(自分で自分を笑うふりをするのは困難ではないけれど)。「手癖」への笑い。おそらく、「その笑いに「無=意味」の、批評の最後の可能性がある」(左藤青「昭和の終わりの「大失敗」 八八年の有頂天から」『大失敗』89頁)。それは確かなはずだ。言葉は交換可能なはずだが、「手癖」はそうではないはずだ。だからもし己に固有な不自由を見出そうとするならば、「手癖」をこそ学びなおさねばならないが、それは独力では難しい。それは「手癖」を把握しようとする試みが、己の己たるゆえん、というよりは理想の己をその「手癖」に仮託するという所作に陥りがちだからである。
そしてその困難へのこだわりが、赤井浩太の文章には見出される。「逆説的なようだが、身体性のある文体は、頭で構想的に考えないかぎり書けるものではない。とはいえ、本を読んで少し考えれば書けるのである。べつに先天的な「個性」は要らない。[……]技術は訓練すれば身につく。実験はやってみれば結果が出る。だからやるべきことは単純である。文章を書いてなるべく多くの優れた人に読んでもらう。フィードバックをもらって考え直す。そしてまた書いてみる。それを繰り返すだけだ」(赤井浩太「文体の技術――批評=アジビラ事始め」『小失敗』6頁)。交換可能な「文体」を身につける「訓練」は、逆説的だが自らの「頭」の条件を明らかにする。つまり、己の「手癖」や「頭」の具合を含め、まさに己を体現している、身体の有限なあり方を「訓練」は明らかにする。
交換可能な「技術」を繰り返し「訓練」することが、事前に予期していた「個性」とは異なる「手癖」を己に発見させる。身につけやすい振る舞い、なかなか馴染まない振る舞い、身に染みついて抜けない振る舞い、そうした振る舞いの出来と不出来を評され笑われる中で、ひとは己で理解していると思っていた「個性」とはまるで違うあり方もしている、己の「頭」すなわち身体の使い勝手を学んでいくのである。赤井は「外回りが仕事のへぼ営業マンだった」(『大失敗』63頁)己の体験を踏まえて、こう述べている。「身体、特に足こそ物を考えるところである。[……]土着とはてめぇのキックスがストリートに接地しているところで物を考える態度である[……]だがそれに安住してはならない。身体を「スタイル」の概念によって捉え返すのだ」(同上)。己と異質に思える「技術」、つまり異質な「スタイル」に身体をさらすところから見つかる「手癖」もある。技術の束としての己がもちこたえられる限界を探る赤井の試みに、私は以下のようなリリックを添えてみたくなる。「実験また実験/今なお実践/失敗も恐れない超絶人間/韻で死んで輪廻/自身で進展/ケリつける因縁」(餓鬼レンジャー「超越 feat.TWIGY & 呂布カルマ」2017年)。
だからこそ赤井は交換不可能な(なはずの)唯一絶対の(とされるような)希望(なるものを含意するはずの広告的言辞)を玩弄する(ように映る)振る舞いを批判する、「宮台真司の夢 私小説作家から天皇主義者へ」(『大失敗』52-72頁)を書いたのだろう。赤井は、自らの「土着」を見失ったものがハマりがちな、「個性」的な記号からなるユートピア主義を徹底的に批判している。赤井は、梶尾文武の分析をふまえ、「現実政治から疎外された場所に劇場的空間を創出し(拡張現実!)、そして実際には分裂している現実を否定し(体験加工!)、そこに超歴史的かつ非実在的な伝統としての、当為としての天皇を「日本文化の全体性」の中心に挿しこむこと」(『大失敗』65頁)という三島由紀夫観を敷衍するかたちで、宮台をこう評する。「共同体から疎外された主体が次々に差異化し(浮遊する身体!)、すべてが交換可能になった日本人社会(クソ社会!)に耐えられなくなった宮台真司は、天皇を「カラッポの箱」であると知りながらも、日本の社会にとって入れ替え不可能な「この人」であるとした」(『大失敗』66頁)。こうして赤井は、三島や宮台を「近代資本制の脱領土的な抽象力に抗うかたちで「民族の夢」を孕んだ幻想空間」(『大失敗』56頁)を夢みるユートピア主義者の系列に落とし込む。
自らも「自分の「特技」や「特徴」を書けと言われると非常に困ってしまうタイプの人間」(『小失敗』5頁)だと語る赤井は、「個性」つまりは「民族の夢」を憧憬する態度に共感的な眼を向けつつも、その態度に伴いがちなインフラの軽視や、具体的な実践の欠如による現状追認的傾向を批判している。――三島(主義者)や宮台(主義者)の真剣な姿を貶めずにしかし笑える姿に書き換えながら。
ただし、そうした「民族の夢」の「享楽」へと対抗するために持ち出される「プロレタリア・メシアニズム」は、乱発する「糞」の語をもってしても、いまひとつ笑いの力を十全には展開していないように私は感じる(それは私の笑う力が枯渇しているからかもしれないが)。みだりな要望を言えば、「「糞」を処理する者の政治的美学」(67頁)を論じる赤井に、栗原康による「だまってトイレをつまらせろ」という要約で知られる船本洲治の議論を踏まえた上で、いわゆる「サーバールーム脱糞あき」なる都市伝説(?)について論じて欲しいという思いがあるが、これは尾籠に過ぎる話かもしれない。
4.しげのかいり論考を読んで
己の「凡庸な「手癖」」の探求とは、己の不自由と力の探求である。自分の手近な「民族の夢」を交換不可能なものとして玩弄するユートピア主義者は、自己診断アプリで言われた「個性」を真に受けて私語りする人間と同じくらい、なぜ、どのような経緯で、然々の記号(「民族」性や「個」性)が自分の下にあてがわれたかを問わず、また自分と記号の区別をつけ(たがら)ないという、視野狭窄に陥っている。つまり、全能感を味わうことが、いま・ここで己に何ができるのかを考えることより優先されてしまっている。そんな態度を批判することは、妥当にも思えるし、容易にも思えてくるはずだ。
ところが、それは思いのほか難しい。記号がもたらす全能感へと耽溺する態度(「中二病」?)に水を差す(「シラケ」た)振る舞いは、すぐさま「去勢」という名を与えられ、「成熟」という(屈折した)別の全能感、自分は全能ではないと(完全に!)知っているという保証の観念に回収され、いったい何者が「成熟」の名に相応しいかを論議する「闘争」に、一切は落とし込まれることになる。おそらく全能感に浸る資質に乏しい(「ノリ」についていけない)ものほど、この屈折した別の全能感をもたらす「成熟」の記号に耽溺しやすいだろう。要するに、「シラケ」ようが「ノ」ろうが、「イキ」り合戦へと飲み込まれてしまうわけだ。もちろん、「中二病」を叱りつけた上で、さらに「イキ」りを萎えさせたところで、どこからか再び「去勢」めいた語が回帰して、おそらく記号を入れ替えただけの、似たような寸劇が、配役を変えつつ繰り返されていくのだろう。
しげのかいり「金井美恵子論(1) 野蛮な情熱」(『大失敗』36-50頁)に限らず、しげのの書く一文一文、しげのの呟く一言一言には、「ノリ」やすさがある。他方で、しげのの書いていく文章、呟いていく話に「ノリ」続けるのは容易なことではない。しげのかいり「金井美恵子論β版一歩手前」(『小失敗』11-13頁)が、すぐさま「金井美恵子論(1)」の自己批判から始まるように、しげのに安易に「ノ」る読者はすぐさま同じ(はずの)作者から「シラケ」た応答を返される、つまり水を差される事態に陥る。――そして思うに、もし根源的な「去勢」批判があるとすれば、その一つの道筋は、そのような仕方で、作者(の立場)へと同一化しようとする読者(の立場)を突き放すところでこそ見出されるのではないか。「「書くこと」の達成とは、テクストを書いた《私》を切り捨てることであり、同時に「わたしが書いた」と自称する「ほんとうの作者」との袂を別つことに他ならないからだ」(『大失敗』45頁)。しかしこれだけでは、親子や師弟が体現するような人称的な力関係に代わって、超人称的な神と人、非人称的な狂気と市井、あるいは脱人称的な理論と実存の力関係が到来してしまうだろう。そもそも親や師は、親の親(の親の……)あるいは師の師(の師の……)という人称を超えた何かへのアクセスから子弟への優越を正当化するのではないか。そしてその(想像上の)起源に神や狂気や理論が据えられているのではないか。
とすれば、こう続けねばなるまい。「書くこと」の達成、「そのようなことはありえない。なぜならば[……]エクリチュールは常に先行する「読んだもの」に向けて「書くこと」であって、作家の類いまれなる「純粋」で「自由」な想像によって「想起」されるものではないからだ」(『大失敗』45頁)。こうして「「去勢」に終わるものではない」(『大失敗』49頁)ようなあり方――しげのかいりが金井美恵子の書いたものに見出すような「「不純なスターリン主義」的な相貌」(同上)――がイメージされることになる(そしてもちろん、イメージがかたちになった時点で批判が始まる――「なにがしかに対して批判的たり得ていることに満足し、其の批判する言葉と実態が常にずれ続けることに対して無自覚であることを[……]批判している」(『小失敗』12頁)のだから)。
この根源的な「去勢」批判、つまり「「言葉」が指示対象と持つ距離感に対して、無防備である態度」への批判は、しげのかいりがその範例を「金井美恵子」に見出すこと(もし「しげのかいり」に見出したら全てはご破算になる)、そしてそれを「金井美恵子」自身の不精確な肖像として提示することで(「不純」が、「成熟」のような基準になることを拒否するために、しげのは「金井美恵子論β版一歩手前」で自己批判を始め、金井美恵子像を錯綜させていく)、かろうじて成立しているように思われる。それはある意味、否定性の機能をいかにして選り分けていくか、という興味深い試みである。他方、厳めしい語句を並べた断言を、繊細に連ねることで描かれる否定性の探求は、それ自体を際限なく続けるようにと強いる拘束的な側面をも備えている。飛躍した言い方になるが、「夜になっても遊び続けろ」が、「夜になっても遊び続けなければならない」に置き換わってしまう危険を避け続けるのは容易なことではない。
しげのの議論は、かつて産業社会の一員になることが男性か女性になることと同一視されている状況を批判していた種々の汎少女論(例えば大塚英志は『少女民俗学』(1989年)で「〈おじさん〉の少女化」を論じていた)と、同じポイントをつかんでいる、と私には感じられる。「人が成熟するためには自立しなければならない。大人の加護を前提にした成熟などあり得ないからだ。しかしそこで享楽を断念して資本主義へと参加することが自動的に結びついてしまう事態こそ批判しなければならない」(しげのかいり「「批評家」になんかなりたくない(金井美恵子『夜になっても遊び続けろ』、二〇一三年)」『小失敗』34頁)。私はこの問題提起に、自分の与すべき何かの気配を予感している。しかし、私はここに関して、十分に考えを詰められていない。
5.拾いきれなかったこと
もし『大失敗』創刊号に関して評するならば、小野まき子「煙草と図鑑」、ディスコゾンビ#104「俺と空手とS-MX」、特別寄稿の絓秀実「柳田国男と戦後民主主義の神話」にも触れるべきであり、また三浦サワ子による表紙デザインや、ディスコゾンビ#104のイラスト、ロゴにも触れるべきである。またスペシャル・サンクスにも触れるべきかもしれず、この列挙にも言い落としがあるかもしれない(『小失敗』にも、もちろん言及しきれていない)。だが寸評と言いながら(自分の感覚では)長文となり、文体や主張にも、ふだんの制御が失われているような感触がある。あとは手短にまとめる。以下、小評を列挙する。
小野まき子「煙草と図鑑 ブレヒト『ゼチュアンの善人』について」(『大失敗』20-35頁)。
『ゼチュアンの善人』の内容が提示する労働と疎外の問題が、いわば「スペクタクルの社会」における上演のあり方(例えば、野外劇)をめぐる問題と重なり、おそらくランシエール『解放された観客』などにも通ずる姿勢が提示される。「「われわれ」は、「植物図鑑」のようにブレヒトを読もう」(『大失敗』34頁)。
ディスコゾンビ#104「俺と空手とS-MX 我々は如何にして恋愛資本主義と戦ってきたか」(『大失敗』93-101頁)。70年代からゼロ年代にかけての、大衆文化と若者の男らしさの変遷の記述。個人史的な挿話を社会の論評と絡めており、直截な言い回しながら好悪の情や価値判断を切り離した文体で、勉強になった。自動車文化とオタク文化を「モテ/非モテ」といった評価軸と絡めて叙述しており、興味深かった。
絓秀実「柳田国男と戦後民主主義の神話」(『大失敗』4-12頁)。いわゆる日本の新左翼が同時代の天皇制をうまく思考してこなかったと捉え、その事態を歴史化し、象徴天皇制を含む「戦後民主主義」の憲法学的な基礎付けをした宮澤俊義の学説(「八月革命説」)の再検討に向かう。絓は、吉田茂の推挙で枢密顧問官となり、日本国憲法の制定にも関わった柳田国男に言及し、柳田民俗学の「祖先崇拝」は「宮澤俊義的な八月革命説の神学的な裏付け」(『大失敗』10頁)となっており、柳田民俗学は、天皇制と共に「その時代時代の思潮に合わせて解釈され、その思潮の担保となって」(『大失敗』11頁)きたとまとめる。
表紙デザイン(三浦サワ子)、イラスト・ロゴ(ディスコゾンビ#104)
表表紙のイラストを見て、Steve Salmonのグリッチ・アートの月を連想した。目に楽しい配色だった。
中表紙のイラストを見て、いわゆるサイバーパンク的な芸者風の上半身の画だったが、ハンバーガーを持つポーズに新鮮味を感じた。
おわりに
次号も楽しみにしています。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?