見出し画像

『そして、バトンを渡された』(瀬尾まいこ 著)は、子どもの虐待死が多い現実を忘れさせてくれる一冊である。

 タイトルだけ見ると何のことかわからないが、バトンは実父から継母に渡され、それが継父へと引き継がれる。最終的に何の血縁もない若い父親と一緒に暮らすことになった女子高生の何とも不思議な物語である。
 こんなふうに他人の子どもに愛情を注げる人ばかりだったら、この世に子どもの虐待死なんて存在しないのに。まさに理想的な疑似親子を描いた小説である。

 最初の疑問はなぜ、実父と暮らしていないのか、ということだ。実母は幼い頃に亡くなり、どういうわけか、血縁関係のない男性と暮らしている。
 その男性、森宮さんはとても暑苦しく、主人公の優子をかいがいしく世話をする。もう高校生だというのに、ああだこうだ、と口を出し、食事をつくるのだ。

 なぜ実父と暮らしていないのか、という当初の疑問は置き去りにされたまま、話は進んでいく。優子の高校生活を描写し、運命の人との出会いもある。残念ながら、すでに彼には恋人がいて、初恋はあっけなく破れるのだが、後日談がある。

 優子には実の両親のほかに、継母がひとり、継父が2人いる。そもそもの始まりは、実父が南米に転勤になったことだった。そのとき、継母と東京に残るか、実父と一緒に南米に行くか、選択を迫られたのだ。
 そもそも小学生に親を選ばせるというのは酷な話なのだが、そのとき、優子が選んだのは継母と東京の暮らしだった。そして、その後、継母はいなくなり、継母が再婚した男性、つまり継父を暮らすことになった。

 なんとも複雑な親子関係だが、どういうわけか、継母も継父もみな、いい人ばかりなのだ。一生懸命、親のつとめを果たそうとする。ニュースで聞く虐待する親とは雲泥の差がある。
 
 現実の厳しさを考えると、この物語は甘すぎるようにも思うが、世の中には他人の子どもにも愛情深い人はいる。そうして、バトンが仮の親から親へと渡され、ハッピーエンドを迎える。読後感がほっこりする一冊。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?