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『ハザードランプをさがして〜黙殺されるコロナ禍の闇を追う〜』(藤田和恵 著)は、コロナ禍で住む場所を失い、路上に出ざるを得ない人々を追ったルポである。

 菅元首相が政策理念として掲げたのが「自助・共助・公助」である。「公助」を最後に挙げているが、それは政治家として「国民を守る」という義務を放棄していることになる。

 コロナ禍が始まる前から、非正規労働者はぎりぎりの生活を強いられてきた。飲食業界で働いていた人たちは、緊急事態宣言により仕事がなくなり、宿泊していたネットカフェも閉鎖され、路上に出ざるを得なくなった。
 本来、こうした社会的弱者を救うのが国の役目ではないのか。それを放棄して「自助・共助・公助」を公言するのは、まさに棄民政策といえるのではないだろうか。
 いま、「自助」ではどうにも生活が成り立たなくなった人々に手を差し伸べているのが、「共助」の役目を担うNPOやボランティア団体である。

 本書は、現全国約40の団体が参加して発足したネットワーク「新型コロナ災害緊急アクション」の活動に同行取材したルポだ。
 タイトルの『ハザードランプをさがして』は、コロナ禍で緊急事態に陥った人たちのSOSに応答し、待ち合わせの場所に向かったときに、車のハザードランプを合図にしていることを意味している。

 本書を読んで驚くのは、住む家もなくなり、路上に出ざるを得なくなっていても「生活保護は受けたくない」と固辞する人が多いことだ。

 これは2012年に起こった「生活保護バッシング」の影響によると思われる。お笑い芸人の母親が生活保護を受けていると週刊誌に報道されたのをきっかけに、片山さつき参院議員が雑誌の対談や講演で「生活保護は働けるのに働かない人を生み出している」「不正受給が生活保護制度の問題」との主張を繰り返した。
 また、当時の石原伸晃幹事長もテレビの報道番組で生活保護の不正受給問題に触れ、「『ナマポ、ゲットしちゃった』『簡単に受給できるわよ』『どこどこに行けばもらえる』、こういうものを是正できる」と発言するなど、政治家が生活保護バッシングの急先鋒となった。

 しかし、生活保護の不正受給は滅多にあることではない。厚労省の統計によれば、不正受給の総額は保護費全体の0.4%にすぎないという。政治家が自分の憶測だけで、バッシングを先導したのだ。

 一方、生活保護を利用する資格がある人のうち、実際に利用している人の割合である「捕捉率」は2割にとどまっている。本来、制度を利用できる人の5人に1人しか利用していないのだ。日本人には「自助」であらねばならないという強迫観念が根づいているのだろう。

 それに対し、イギリスやドイツ、フランスの捕捉率は5〜8割といわれる。こうした国々では「生活保護は権利だ」という意識が強いのだと思われる。
 国民性の違いともいえるが、すでに路上に出ているにもかかわらず、「生活保護だけは受けたくない」という意思の強さには驚かされる。寝る場所もなく、食べるものもないというのに「公助」には頼りたくないという。

 政治家の思い通りに展開している状況が悲しい。仕事をしたくても仕事がなく、日本国憲法第25条「すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する」という文言に反する生活を余儀なくされているのに、文句もいわず、「自分の責任」だと思い込まされている。

「新型コロナ災害緊急アクション」へのSOSの中には「生活保護を申請したら『無低』に連れて行かれた。豚小屋のような環境で、早く出たい」という悲鳴のような訴えもある。
「無低」とは、無料低額宿泊所のことで、生活困窮者が無料または低額で利用できる民間施設である。社会福祉法に基づいて設置され、厚労省のデータによると、全国に608施設あるという(2020年9月末時点による)。
 入居者の多くは、住まいのない生活保護受給者だが、劣悪な環境のところが多く、食事も漬け物に薄い味噌汁といった粗末なものだったりする。それなのに、生活保護費から入居費や食費を差し引かれ、残額がわずかという「貧困ビジネス」が横行している。

 問題なのは、こうした劣悪な環境の「無低」に福祉事務所が送り込んでいるということだ。「貧困ビジネス」を支えているのは行政なのである。
 しかし、福祉事務所で働いているスタッフもまた、非正規労働者であることが多く、上からの指示には逆らえないという事情がある。要するに、国が見て見ぬふりをしているのだ。

 本来、「公助」がやるべきことを「共助」であるNPOやボランティア団体に担わせているのである。
 しかし、「共助」にも限界がある。長引くコロナ禍で、従来見られなかった女性の困窮者も増えているという。ボランティアの疲労もどんどん蓄積され、いつまで続けられるかわからない。
 日本人はもっと声をあげていい。いまこそ「公助」が前面に立つべきなのだ。そう告発しているのが本書なのである。
 

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