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心の闇にアプローチする『夜しか開かない精神科診療所』(片上徹也 著)。

夜しか開かない精神科診療所「アウルクリニック」は、関西随一の繁華街といわれる大阪ミナミにある。夜に活動するフクロウにちなんで「アウル」と名付けたのだという。いったい、どういう理由で夜しか開かないクリニックを開設したのか。どういう人たちが訪れるのだろうか?

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著者は高校時代に医師をめざし、精神科を専門にした。きっかけは精神科医の和田秀樹氏の著作を読んだことだというが、人間の身体を診るよりも、人間の心を診ることに関心があったのだろう。

精神科の医師になろうと思った時点で、すでに夜間の精神科クリニックを開こうと決意していたという。理由は2つある。

1つは、忙しい日本人が日中に精神科クリニックを受診するのはむずかしいというもの。そして、もう1つは若い人に来てもらいたいというものだ。それを実現するために、若者が集まる心斎橋のアメリカ村にクリニックを開設した。

その読み通り、患者の平均年齢は30歳前後といたって若い。7割が女性で、場所柄、キャバ嬢や風俗嬢など水商売の女性も目立つという。もちろん、日中に仕事をしていて夜しか受診できないという会社員もやってくる。仕事帰りに立ち寄るにはちょうどいいロケーションといえるだろう。

アウルクリニックの特徴は、初診で1時間、再診でも30分は時間をかけるというところにある。患者一人ひとりの悩みの深さを知るには、これくらいの時間が必要だからだ。

しかし、普通の精神科クリニックで、こんなに時間をかけて診察をしていたら、経営が成り立たない。

そのため、著者は朝9時から17時までは、入院設備のある精神科病院で常勤医として働き、夜19時からアウルクリニックで夜だけの診療を行っている。こうして昼間は重い症状の入院患者と向き合い、その経験を夜のクリニックにも生かしているのだ。

クリニックを訪れる患者は、いじめが原因のうつ病に苦しむ女性、過食と自傷行為を繰り返すデリヘル嬢、仕事中に居眠りしてしまう発達障害の会社員、既婚のバイセクシャルで適応障害を発症した男性、ストレスから盗撮事件を起こした名家の婿養子など、さまざまである。

どの患者も生きづらさを抱えているが、初診時に1時間かけて生育歴や家庭環境などに耳を傾けることで、心の奥の問題に行き着くことができるという。

著者によれば、心の病の多くが、親から植え付けられた「こうでなければならない」という思い込みに端を発しているそうだ。

子どもが成熟した大人として育つためには、自分の心の中の自己像として「父親」「母親」「友達」の3つのタイプが必要で、これらがバランスよく人格の中に存在することで、社会と折り合いをつけ、適切な行動を取ることができるのだという。

治療には薬物療法を行うと同時に、カウンセリングも重視している。薬で表面的な症状は取り除けても、内面にある病気の原因までは取り除けないからだ。薬でよくなったと思っても、すぐに再発する人が多いのは、そのせいだ。

臨床心理学に基づいたカウンセリングを繰り返すことで、生活のリズムや認知のゆがみが整えられていき、薬に頼らなくても症状がよくなるという。

小さなクリニックには珍しいことだが、アウルクリニックには8人もの臨床心理士が籍を置き、日替わりでカウンセリングを行っている。女性もいれば、男性もいる。一度、話をして相性がイマイチなら、別の臨床心理士に変わってもらうこともできる。

こうした心にアプローチする治療で、多くの患者を救っている。それが「夜しか開かない精神科診療所」アウルクリニックなのである。

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