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『平安ガールフレンズ』(酒井順子 著)を読めば、平安の才女たちが身近になる!
平成のガールフレンズといえば、紫式部や清少納言などの小説家やエッセイストである。彼女たちが現代の私たちのように思い悩んだり、嫉妬したり、うらやんだり。時代は変わっても、人間の本質は変わらないと思わせてくれる本である。
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紫式部も清少納言も、高校時代の古文でしか知らない。遠い昔の、自分とは関係のない人たちだと思っていた。この本を読むまでは。
著者が解説する紫式部と清少納言の性格の違いには笑ってしまった。清少納言が「私を見て、見て」という開放系の女子だとしたら、紫式部は思いをうちに秘め、鬱々とする閉鎖系の女子であろうと推察する。
紫式部が世界に冠たる『源氏物語』を書けたのも、「日々の生活の中で見聞きしたことをいったん胸に納め、熟成させる才能があったればこそでだろう」と著者はいう。
源氏物語は教科書でしか読んだことがないが、男女の秘め事を壮大な物語に転ずるためには、人間の心理をあれこれ分析する想像力が必要だろう。それには外向的な性格より、内向的な性格の方が適していると思われる。
それに対して、清少納言は外向的な性格で、彼女を慕う取り巻きも多そうだ。裏表がなく、『枕草子』にも思ったことをズバズバと書いている。そこがおもしろいところなのだが、紫式部はそういう性格が気に入らなかったらしい。私は読んでいないが、『紫式部日記』には暗に清少納言のことを批難している文章があるらしい。
こうした2人の関係は現代の女性たちにも当てはまりそうだ。そう思うと、はるか昔の平安時代の才女たちがグッと身近に思えてくる。
他にも『蜻蛉日記』の藤原道綱母や『更級日記』の菅原孝標の娘が取り上げられ、作品が書かれた背景が語られる。「なるほど、そういうことか」と膝を打つばかり。著者の洞察力には驚かされる。
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