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わるい人は、どこにいる

モモちゃんのあせもがひどいので、
薬をもらうため皮膚科に行った。

処方箋を持って薬局に入り、
手続きを済ませて
長椅子に座ろうとすると、
財布が目に入った。

財布が、おひとりで。

持ち物を置いて席をキープすることあるけど、
財布を置く人は、かなり少ないと思う。
席をキープしなければならないほど、
待合室は混んでいなかったし。

私は財布の置いてある長椅子を避けて、
すぐ近くの長椅子に腰かけた。

あとから次々と人がやってきて、
処方箋を出しては、椅子に腰かけた。
私は財布の持ち主が
慌てて駆け込んでくるのではと思っていたけれど、
みんな、
ゆうゆうと処方箋を出して
ゆうゆうと長椅子に腰かけていく。

みんな、財布の置いてある長椅子を避けて、
その周囲の長椅子に腰かけた。

「あ、財布が置いてある。忘れ物かな」
「財布を忘れるとは。急いでいたのかな…」
「持ち主の人、取りに来はるやろか」
「どのくらい入っているのかな」

財布が見えている人たちは、
なんとなくソワソワして、
財布が気になって仕方がないように思えた。
…思えただけで、
ぜんぜん気にしていない人もいたかもだけど。

私の番号が呼ばれたので、
立ち上がって窓口に行き、
「あちらの椅子の上にずっと財布だけあるんですが、
忘れ物かもしれないです」と言ってみた。

まあまあ大きめの薬局で、
スタッフさんたちの人数も多く、
待合室まで来るスタッフさんもいたけど、
財布に気づく人はいなかった。
自分が担当している仕事以外は、
目に入っていない様子だった。
もしかしたら「目に入れたくない」かも…
私は話しかけにくかったので、
自分の順番が来るまで待っていたのだった。
「ついで」に言われたのなら、
「ちぇっ、このクソ忙しいのに、仕事を増やすなよ」
という本音があったとしても、
何割か軽くなるかなと思って。

私を受け付けたスタッフさんは、
ドびっくりして、
「まあ! すみませんが、少しお待ちください」と、
先に忘れ物の財布に取りかかった。
そのスタッフさんは薬剤師さんだろうから、
別の人にふってもいいはずだけど、
たぶん全員ぎりぎりなんだろうなと思った。

その人は私のところに戻ってきて
「ありがとうございます、
盗られなくて、よかった」と言った。

「盗られなくて、よかった」かあ。

私以外に、
この財布を目にしていた人たちが、
どんなことを考えていたかは、わからない。
でも、ここは日本なので、
ほかの人がいっぱい見ている目の前で、
財布を盗ってダッシュで逃げるなんて、
または、
さっき処方箋を出してゆうゆうと入ってきておいて、
「あれ、こんなとこに私の財布が」
なんてお芝居を打ってカバンに入れるとか、
そういうのは難しいでしょうなあ…

となると、
財布はそのまま泳がせておいて、
薬をもらっていったん出ていき、
再び入ってきて
「あれ、こんなとこに私の財布が」と
ひと芝居打つか。
それとも人が少なくなったころ、
何食わぬ顔をして財布の近くに座り、
何食わぬ顔をしてカバンに入れるとか。

財布をなくした人に対しては、
気のどくだなあと思うし、
私も落とし物の経験は結構あるので、
持ち主に戻ることを祈るけれど、
すごくお金に困っていて、
今すぐお金がほしいなあと思っている人が、
持ち主のわからない財布を見たら、
心がよろよろするんじゃないかなとも思った。

ずっと「普通の人」だったのに、
持ち主のわからない財布を見てしまったことで、
「わるい人」になってしまうんだろう。

「普通の人」と「わるい人」は、
紙一重なんだろうな。

もともとは「普通の人」や「いい人」でありたいと、
思っている人が大半だと思うけど、
すごく困っていて、
目の前に
「奪っても、きっと気づかれない」
もしくは
「奪っても、あとで返しておけばいい(返せるつもり)」の
お金があったら、
ぐらっとするんだろうな。

きっと、人間だったら、ほぼ全員が。

私は薬代を払って、
モモちゃんの待つ家に帰った。

※画像は母の遺品の小銭入れで、
話題にしている財布はもっともっと立派でした。

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