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うちの中ではグダグダでいい

仕事から帰ってきた家族くんが
「やってしもたわあ」と言う。
「家の靴と仕事の靴、
いっこずつ、はいて帰ってきてしもたあ」

なんですと?

家族くんは家からはいていった靴を
職場に置いてある仕事の靴に、
はきかえて仕事をする。
仕事が終わったら、家の靴にはきかえて帰る。
これまで両足仕事靴のまま帰ってきたことはあったけど、
片方ずつ、別の靴をはいて帰ったって?
どうして気づかないのか。

「まあ、そういうこともあるって」
と私は言った。

うちではシャンプーや洗剤など、
できる限り「詰め替え」して使っている。
この間、
ハンドソープを詰め替えようとして、
食器洗い洗剤を入れてしまった。
カラッポのボトルだったらよかったのに、
入っていたところに継ぎ足したため、
混ざってしまった。
つまんないことだけど、ブルー。

家族くんも私も、
小さい失敗をいろいろする。
「年取ったなあ」と言いたいところだけど、
残念ながらふたりとも、
若いころからこのくらいグダグダなんだわ…

総合病院を受診した翌朝、
モモちゃんのキゲンは最悪だった。
「大きな病院がイヤやった~」とモノを投げる。
「チョコレートください、アイスください、
ジュースください、アンパンください」と、
マシンガンのように欲しがる。
突然ギャーッと叫ぶ。

そしてついに、
ダイニングルームで隣の席に座っている
家族くんを叩いてしまった。

家族くんのリアクションは
「え、ええ、どうしてえ?」だった。

私はびっくりした。
彼には
「モモちゃんのキゲンは最悪です。
くれぐれもお気をつけください」と、
何度も何度も警報を出してあったはず。
私にとって、
モモちゃんの行動は予想どおりだった。
歓迎はできないけど…

家族くんはずっと前
初めてモモちゃんに叩かれたとき、
「何すんねん」と怒ったことがある。

たいへん素直な反応でございます。

そして今回は
「え、ええ、どうしてえ?」だった。

この一言にはたぶん、
家族くんの気持ちがみんな入っていた。
「いつも仲良くしてるやん、どうして?」
「起こしてって頼まれて、いつも起こしてるやん、どうして?」
「リモコン操作で困ったら、
いつも助けに駆けつけてるやん、どうして?」
「どーして、ぼくのこと、叩くの?」

私は姉である以前に、
「モモちゃんの保護者」という意識が前にくるけど、
家族くんのリアクションは、
「きょうだい」のそれに近いと思った。
ちなみに家族くんは一人っ子で、
実のきょうだいはいない。

モモちゃんは、そっと去っていった。
家族くんは会社に出かけた。

モモちゃんはその後もフキゲンではあったけど、
少しずつ
いつものモモちゃんを取り戻していった。
そして、突然こんなことを言った。

「大丈夫よ、謝った」

なんだと。

誰にどう謝ったって?

モモちゃんがぐちゃぐちゃもごもごと、
口の中で言い続けている独り言を総合すると、
モモちゃんの中では、
家族くんに謝ったことになっているらしかった。

どうなっとるの。
あれから、会ってないじゃん。
謝ってなんか、いないやん。

…と怒鳴っては、たいへんなことになる。
かといって、
「謝ったね」と言う気にもなれない。

どうやらモモちゃんの脳内では、
自分が家族くんに「ごめんなさい」している光景が、
勝手に再生されているようだった。

モモちゃんは私にしつこく声をかけてくる。
モモちゃん「ねえ、お姉ちゃん」
私「なあに」
モモちゃん「大丈夫よ、謝った」
私「…」
モモちゃん「お姉ちゃん」
私「…」
モモちゃん「お姉ちゃん、聞いてる? 大丈夫よ、謝った」
私「…」

おーい。
それ妄想だからねー。
もう、
これ以上は謝らないって意味かなあ?

これを数回繰り返しているうち、
夕方になって、家族くんが帰ってきた。

私と家族くんがしゃべっていると、
モモちゃんは自分の部屋の扉をあけて
「ごめーんね」と言った。
そして、しずしずと扉を閉めてしまった。

モモちゃんの声は大きいので、十分に届く。
家族くんは何も言わなかった。
私は一瞬、
モモちゃん謝ってるよ、
なんかリアクションしなくていいの、と思ったけれど、
しばらくすると「まあ、いっか」と考え直した。

私とモモちゃんに、お兄さんはいないけど、
もしいたら、
こういうとき黙っているもんかもしれない。

うちに帰ったら、好き勝手。
正解じゃなくても、グダグダでもいい。

帰ってきたくなるうちであれば、
ほかのことは、べつにいいかも。

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