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ふしぎな女のひと

ウクライナもガザもミャンマーもアフガニスタンも。
世界で「とんでもないこと」がたくさん起きているのに、
私はニュースを見て、
ただ悲しむことしかできずにいる。

マスクさんに言われるまでもなく、
日本は少子化で消滅するだろうなとわかっていても、
やっぱり、
何もできずにいる。

モモちゃんのことに、
かかりっきりではあるけれど、
モモちゃんのせいにはできない気がする。
モモちゃんがそばにいなかったとしても、
何もできずにいるかも…と思う。

朝、目を覚ましたら、
いつも水を飲むことにしている。
コップに水をついで、
飲む前に
ほんの少しだけ祈りをささげる。

何に対してでもなく、
何のためというのでもなく、
ただ、
朝イチで水を飲む前には、
祈るようにしている。

あえて理由をつけるとするなら、
この、たった一杯の水を
飲めずに苦しんでいる人、
飲めずに息絶えた人のことを
たった数秒の間であっても考えながら、
祈るようにしている。

だいたい10年くらい毎朝。

祈るから何か変わるわけではなくて、
私はその数秒後、
なんでもない日常に戻ってしまう。
ただ、
一日たった数秒だけ、
自分に約束をしているんだと思う。

生きたいのに生きられない人もいる。
ちゃんと考えて生きなくちゃ。

10年くらい前に、
その、きっかけになることがあった。

仕事で朝早く、
ちょっと遠方に行く必要があった。
電車の便もあまりなかったので、
早めに出発したら、
最寄り駅に50分も前についてしまった。

時間が余っても、
私はあまりお店に入る人ではない。
ぶらぶら歩いたほうがおもしろいし、
お金も使わないし…

しかもその駅は温泉町の玄関口だったので、
ひとりで朝早くフラッと入れるお店なんて、
きっとないだろうなと思った。

ちょっと歩いたところに、
カフェか喫茶店かバーかわからない、
小さなお店があった。
いつもはお店に入らない私が、
どうしてその日、そのお店に入ったのか、
よく覚えていない。
たぶんモーニングとかやっていたんだと思う。

お客さんは私しかいなくて、
店内の女の人は優しく「いらっしゃい」と言った。
私はカウンターに座って、
何を頼んだのか忘れたけど、
飲み物をつくってくれている女の人に話しかけた。

最初はこの近所の情報を
尋ねていたのだと思う。
土地の情報には、
思いがけない発見があったりして、
聞いていてとてもおもしろい。

その女の人は、
話し上手だし、服装も洒落ていて、
カウンターには手づくりの小物があったりと、
なかなか素敵だなと私は思った。
何について尋ねても
どうしてこの服を着ているのか、
どうしてこれが置いてあるのか、
ちゃんと理由やいきさつを教えてくれる。
お店にあれこれお金をかけていたり、
「お客さんからもらったから」だけで、
並べているというのではなくて、
その女の人のセンスが反映されているのが
いいなと思った。

あれこれ話をした流れで、
私はその女の人に、こう言ってみた。
「とても素敵なたたずまいですね。
これって日々の積み重ねですよね…
何か、
いつも心がけていることとか、あるんですか」

その女の人は
「え、そんなの、ないですよ~、ふつう、ふつう」と
笑っているだけだったけれど、
ほかにもあれこれ話しているうちに、
「そういえば」と、
不思議な話をしてくれた。

「私ね、宗教とか、
そういう、特定のものを信じているとかって
とくにないんですよ。
ぜんぜん詳しくないし。
でも、ずっとやっていることがあって」

その女の人は、こう言った。
「朝、起きるでしょ。
のどがかわいているでしょ。
若いころだったら、
何も考えずにすぐお水とか飲んでたと思うけど、
ある日ふと考えて、
お水を入れたコップを前にして、
祈ってみることにしたの」

ただの思いつきなので、
コップを置く場所はどこでもいいし、
祈るといっても、
手を合わせて、心の中で祈るだけ。
祈りの言葉は何でもいいのだという。

「みんなが幸せになれますように、とか、
つらい思いをする人が減りますように、とか」

私は「そうですか」と納得した。

あとになって、
「神棚に一番水をお供えする」という
作法があることを知ったけれど、
あの女の人が言っていたのは、
それとは少しちがうみたいだった。

仕事の時間がきたので、
お店を出て、
その女の人とも、それっきり。
今もそのお店があるかどうかも知らない。

でも私はその次の朝から、
お水の入ったコップを置いて、
祈ってから、飲むようになった。

それをするからといって、
とくに、何も変わらない。

残念なことに、
「とても素敵なたたずまいですね、
いつも心がけていることは?」と尋ねて、
そういう習慣があることを知ったのに、
あの女の人と同じことをしたって、
「素敵なたたずまい」にはならないとわかった。

ただ、
たぶんもうあの女の人とは、
二度と会うことはないだろうと思うけど、
大事な習慣を教えてくれて、
今も感謝している。

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