BF戦記(#1)

今日は部活2日目だ。昨日はカナコに完敗してしまったが、彼女にリベンジするために気を取り直して今日から必死に練習していかねばならない。

部活2日目も昨日と同様の流れで練習が開始される。スパーリングの時間となるが今日の相手は同じ1年生のサヤカだ。彼女もBF経験者でカナコほどではないが、中学時代は県大会ベスト4の実力者だ。身長は160cm程度ではあるが体の使い方がうまく、テクニックで相手をうまくコントロールするタイプの選手である。体格には恵まれていないが、持ち前のテクニックで自分より体格で勝る相手にも立ち技、寝技共に互角以上に渡り合える実力の持ち主である。特に彼女の寝技の防御技術には定評があり、彼女を押さえ込むのは至難の技と言われている。


サヤカ:よろしくお願いします。

マサト:よろしくお願いします。


お互いに挨拶を交わして立ち技スパーリングが開始となった。時間は昨日と同じ10分だ。

お互いにタックルのフェイントを入れ合いながら少しずつ距離を詰めていく。流石にサヤカもBF経験があり、県大会上位の実力者だけあって簡単にタックルには入らせてくれそうもない。

しかし、カナコに比べればリーチやパワーで劣る分、揺さぶりをかけてバランスを崩していけば十分にタックルに入る余地はありそうだ。カナコの肩や腕を掴んで下に引きずり下ろすようにしながらバランスを崩しにかかる。最初のうちはうまくいなしていたサヤカではあるが徐々にパワーで押されていき態勢を崩される場面が多くなってきた。このままではジリ貧だと悟ったのか、サヤカがやや強引にタックルに入ってきた。


マサト:(よし、かかった!)


マサトはパワーで劣るサヤカにプレッシャーをかけ続ければ、やがて堪えきれなくなって強引に技を仕掛けてくると読んでいたのだった。

サヤカのタックルはキレのある綺麗なタックルではあったが、マサトに態勢を崩され、やや強引に放ったタックルであったため少し間合いが遠かった。

マサトはサヤカのタックルをきると、上からがぶって体重をかけてサヤカをコントロールする。通常、この状態に持ち込まれると下になった方はよほどのパワーがない限り、相手を持ち上げることはできない。サヤカはじっと上からかけられるマサトの体重を受け止めて、堪えなければならない。上からがぶった側はサイドに回ってからバックを取ろうとしてくるので、相手が回り込もうとする側に頭を向けるように体を動かしてそれを防がなければならないのである。しかし、この防御を続けるのはとても体力を消耗する。がぶった側はこの状態で相手の体をコントロールして、体力を消耗させてからサイドへ、そしてバックへと回っていくのが定石となる。

マサトもその定石通りにサヤカの体をきっちりとコントロールしてからサイドへ、そしてバックをとった。実際の試合であればここから寝技へ移行していくが、立ち技スパーリングではバックを取った時点で仕切り直しとなる。まずはマサトが1本先行した形になる。

再度、両者が向かい合ってスパーリング再開となる。マサトは先ほどと同様にパワー差を活かして積極的にプレッシャーをかけていく。先ほどタックルを潰されたこともあり、プレッシャーをかけられてもサヤカは苦し紛れのタックルは放たず、マサトのプレッシャーをやり過ごす。次第に両者の距離は近づいていき組み合う程の距離になった。お互いに至近距離で組み合いながら相手の態勢を崩しにかかる。相手の肩や頭に手をかけ、前後左右、そして上下に相手を揺さぶっていく。マサトはパワー差を活かしてサヤカの態勢を崩しにかかるが、サヤカも重心を低くし、持ち前のテクニックを駆使して容易には態勢を崩されないようにマサトのパワーをいなす。重心を低くしているサヤカを上から押し潰そうとすると、サヤカはしっかりと顔を上げて押しつぶされないように腕を張って距離を保つ。さすがにBF経験者かつ県大会上位の実力者である。体格差やパワー差を無効化するような巧みなテクニックを有している。

サヤカの真骨頂は立ち技、寝技共にその卓越した防御技術にある。相手の攻めを凌ぎ、不用意に相手が技をかけてきたところに返し技を決め、自分に有利な展開にもっていくのを得意としている。実際に中学時代も相手を序盤からガンガン攻めて圧倒するという試合は少なく、相手の攻めを凌いでから返し技を決め、自分な有利な態勢に持ち込むという試合が多かった。そして自分に有利な態勢に持ち込んでからは相手に主導権を渡さず、自分のペースに引き摺り込んでフィニッシュまでもっていくのだ。BFではパワーで劣っていても自分に有利な態勢に持ち込めばパワーをほぼ無効化することができる。特に寝技では一度押さえ込みを決めてしまえばパワー差があっても容易に返せるものではない。それが県大会上位クラスの実力者となれば尚更である。

散々崩しを仕掛けても中々サヤカの態勢を崩すことができないのでマサトは少し焦れてきていた。そしてパワーで優位に立っているという心理的な安心感もあり、やや強引に首投げの態勢に入った。しかし、それはサヤカの思う壺であった。マサトの首投げを重心を低くして耐えると、そのままマサト側面後方から腰に手を回して密着する。そしてマサトの足に自分の足を引っ掛けて、裏投げのようにマサトを後方に投げ倒した。


マサト:(しまった…)


ズドンッ…

強引に投げ技をかけにいったところを見事に返されてしまった。相手の技を凌いで返し技を決めるというサヤカの得意な展開にハマってしまった。これでお互いに1本ずつで同点だ。

投げ技が決まったので再度お互いに向き合ってスパーリング再開となる。しかし、残り時間がわずかであったため再開後にすぐ終了のブザーがなった。


立ち技スパーリングに続いて寝技スパーリングが始まる。相手は立ち技スパーリングと同じでサヤカだ。

寝技スパーリングなのでお互いに膝立ち状態で開始となる。この状態で組み合い相手の態勢を崩して押さえ込みを狙っていく。マサトとサヤカはお互いに相手の態勢を崩すために仕掛けを繰り返すが、パワーで勝るマサトが仕掛ける展開が多くなっていく。パワーでは劣っているのを理解しているサヤカはマサトになるべく正体しないように、体を半身にしてマサトのパワーをいなしながら駆け引きを展開していく。この辺りの寝技の技術はかなりのものである。

マサトはパワーで勝るものの、サヤカの巧みなテクニックの前に思うようにサヤカの態勢を崩すことができない。しかしサヤカの凌ぐのみでは相手を押さえ込むことはできない。

ここでサヤカが仕掛ける。自分から背中をつき両足を開く。柔術などで下から仕掛けを狙う態勢である。この状態で足の間に入ってきた相手の腰に両足を絡めるガードポジションを取ったり、相手の足の付け根を自分の足の裏で押したりして距離をコントロールしながら下から形成逆転を狙っていく。

一見すると上になっている側が有利に見えるが、下になっている側の足を外さなければ押さえ込みにもっていくことはできない。逆に下になっている側はやりようによっては相手を自分の足の力でコントロールすることが可能となる。逆に上の人間は相手の足を外して、押さえ込みを狙っていく。上の人間にとっては体重を相手にどの程度かけていくかが重要となる。前のめりになり過ぎると、下になっている側の足で自分の足を跳ね上げられ、横倒しにされたりして態勢を入れ替えられ、そのまま押さえ込まれる場合もある。逆に後に体重をかけ過ぎると相手が腹筋を使って起き上がり、仰向けに倒されて押さえ込まれる場合もある。丁度いい具合で相手に体重をかけてコントロールしながら、相手の足を無効化して足のガードを外していくのが肝となる。よって必ずしもどちらが有利ということはなく、両者の技量にかなり左右される態勢となり、寝技の攻防の見所となるシチュエーションである。

マサトは両手をサヤカの下腹部にあてて体重をかけ、自由な動きを許さないようにプレッシャーをかけていく。対するサヤカはプレッシャーを受け流すようにマサトの手を横から押して体重を受け流そうとする。そして、マサトの首に手をかけ自分側に引き込もうとする。

対するマサトは前のめりにならないように首に回されたサヤカの手を振りほどき、上半身を起こして対応する。するとサヤカは腹筋運動を利用して起き上がりマサトを仰向けに押し倒そうとしてくる。それに対してマサトは重心を前に移動させてサヤカの起き上がりを阻止する。そしてサヤカの右太もも裏に左手を差し込んで持ち上げると同時にサヤカの右サイドに回り込みパスガードしようとする。対するサヤカは左足裏でマサトの右足の付け根を押して自分の左側に回転することでパスガードを許さない。

上からプレッシャーをかけてパスガードを狙うマサト、下から揺さぶりをかけて形成逆転を狙うサヤカ、お互いの駆け引きが交錯する。

幾度かの駆け引きを繰り返しているうちに、遂にマサトがサヤカの右足をパスした。マサトはサヤカの右側に回り込みサイドポジションから押さえ込みを狙いにいったが、サヤカはマサトの右足に両足を絡めてハーフガードの姿勢をとる。これではまだ押さえ込み成立とはならない。この足を外せば押さえ込み成立となる。マサトはサヤカを逃さないようにサヤカの首と左腋の下に腕を回して肩を極めながら足を抜きにかかる。しかしサヤカのハーフガードは強固でなかなか外せない。ここで焦りは禁物である。力任せに足を抜こうとして体重が前がかりになり過ぎると、それを利用されて態勢を入れ替えられてしまう可能性があるからだ。そのためサヤカの肩を極めながら、少しずつ揺さぶりながら足を抜きにかかる。

もう少しで足が抜けそうになった時だった…。サヤカが急にハーフガードで絡めていた足を解き、右足の足の裏でマサトの左足の付け根を押してきたのだ。通常であればハーフガードで肩を極められた状態ではマサトの左足の付け根を自分の右足で押すことは困難であるが女性特有の柔軟性がそれを可能にさせているのだろう。再度距離を取られて正体されたことで、またガードポジションに戻されてしまった。

ここからまたサヤカの足をパスして押さえ込みにもっていくための攻防を繰り返すが、遂にサヤカのガードを崩すことはできず制限時間を迎えてしまった。

寝技のスパーリングはお互いに決め手を欠き、引き分けといったところだろう。


これで2日目の練習が終了となる。さすがに強豪校だけあって入部してくる選手も実力者揃いだ。昨日スパーリングを行ったカナコだけでなく、サヤカも強敵だ。残りのスパーリングで対戦していない同級生も相当な実力者揃いであろうし、上級生は言わずもがなだろう。

しかし、強い相手との対戦は望むところだ。明日以降も気を引き締めて練習していこう。


続く

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