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コラム:神経系と免疫系

「病は気から」というように心の状態、すなわち神経系に起きた変化というのは様々な病気などの発症や悪化に関連する。逆に言えば神経系に良い影響を与えることで病態を改善することも可能なはずである。要は気の持ちようということだ。極端な話、神経系、つまり精神的な状態を自由にコントロールできれば自分で病態を改善することは可能だと思う。もちろん実際にはそう簡単な話ではないのだが、ただ「病は気から」だと漠然と考えるのと、詳しいメカニズムを理解して前向きに考えるのでは違うだろう。 ここではその一助とすべく、どのようなメカニズムによって神経系の変化が病気の原因となるのかを簡単に説明したいと思う。

現代の医療において神経系と免疫系は二大ブラックボックスと言っても過言ではなく、難病の大半は神経系もしくは免疫系の異常が原因である。さらに癌や心臓病など多様な疾患と免疫系の関連も示唆されている。免疫系の機能低下は感染症や癌の悪化に、一方で過剰な活性化は自己免疫疾患やアレルギーに繋がる。

このような免疫系の異常というのは薬や治療で簡単に治せるというものではない。現在、免疫系疾患で使われる薬はそのほとんどが「免疫抑制剤」と言われるもので、要は免疫系を完全に抑えてしまうということだ。それによって免疫系細胞による炎症が抑制され、自己免疫疾患などの病態は一応の回復を見せる。しかし、免疫系を抑制するということは感染症などに対する抵抗性が下がることにもつながるのだ。反対に癌などの免疫力低下が関連する疾患においては免疫力を高める治療が目指される。しかしながらいずれにおいてもその効果は満足のいくもにはなっておらず、それは免疫系には未だ未解明な部分が多いことにも関連する。

ここで簡単に免疫系についての説明をしたいと思う。免疫とは本来「疫(病気)を免れる」こと、すなわち外から来た異物・病原菌を排除することである。そのうえで最も重要なことは自己と非自己の認識である。例えば自分の体の一部を外からきた病原菌に似ていると言って免疫細胞が攻撃してしまうと、それは膠原病やリウマチといった自己免疫疾患につながる。また、癌細胞などを除去するのも免疫系の細胞だが、癌細胞は本来自分の体の一部であるため、免疫応答をすり抜けてしまう場合もある。そして、いずれにしても一度起こった免疫反応が延々と活性化してしまうとそれは過剰な組織の破壊につながり、いわゆる炎症性疾患となるのだ。このように免疫系というのはその重要な働きの裏に極めて危険な側面も持ち合わせており、いかにしてそのバランスが保たれているのか、が問題となる。

この免疫系の恒常性というのは非常に絶妙に、多様なメカニズムによって制御されている。それは先述のとおり免疫反応が非常に繊細なバランスを要求されているために、必然その制御も多様化し、複雑でなければならなかったことを意味する。そしてその制御機構の一端を担うのが神経系による制御・神経伝達物質やホルモンによる免疫系の制御である。なお免疫系においてもっとも重要な制御分子・サイトカインについては当サイトでまとめているのでぜひ参照してほしい。

では具体的に神経伝達物質による免疫系の制御についてお話ししたいと思う。まず免疫系に対して最も強力な作用を持つホルモン、糖質コルチコイド(いわゆるステロイドホルモン)について。これは精神的なストレスなどの刺激で放出される物質のひとつだが、非常に強力な免疫抑制能を持っている。プレドニゾロンなどのステロイド剤として免疫抑制剤に使われるくらいである。そしてストレスなどによって免疫力が低下する原因のひとつもこのホルモンだと考えられている。

一方でストレスなどで喘息やアトピーといったアレルギー疾患が悪化するということも知られている。これはストレスに応答して放出される神経伝達物質の中に免疫系を活性化する物質も存在することを意味している。有名な例としてはアドレナリンが様々な免疫細胞を活性化することなどが知られている。そしてアレルギー疾患に関しては神経ペプチドと呼ばれる神経伝達物質にも注目が集まっている。

神経ペプチドはストレスや物理的な刺激など様々な現象に応じて放出される。膠原病などのアレルギー疾患がストレスや寒さ、紫外線などで悪化するのはこのような神経ペプチドの過剰産生が原因である可能性もある。逆に言うとどのような刺激でどのような神経伝達物質が放出されるのかを理解することで、「病は気から」を良い意味で利用できるかもしれない。

免疫系は様々な、非常に多様化した細胞によってなりたっている。それぞれの細胞がどのような病態を形成するのか、その細胞がどのように制御されるのか、それを把握するのは大変だが、ひとつの疾患に注目することで神経系がどのような状態にあれば病態改善に向かうのかを考察することは可能だろう。当ブログの他記事でも免疫細胞とその役割についてまとめているのでぜひ参照してほしい。

免疫系の関連する疾患はその発症機序が不明なものも多く、現在も難病とされる疾患が多い。加えて完治も難しく、いかに病態をコントロールするかが重要になってくる。その点において神経系による免疫系の制御は非常に重要な因子のひとつである。それを理解し、病気を克服しようとする強い意志が病態改善に働くこともあるかも知れない。興味があれば癌や免疫関連疾患における免疫細胞の役割やその細胞に対する神経系の作用について調べてみてほしい。

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