見出し画像

臓器移植と核酸ワクチン

今日は少し前のニュース記事も踏まえて、臓器移植と核酸ワクチンについて考えたい。以前こんなニュースを目にした。

「アメリカ、マサチューセッツ州ボストンにある病院は、31歳の男性が心臓移植を受けるのにふさわしくないと判断した。男性が新型コロナウイルス感染症(COVID-19)のワクチン接種を拒否したからだ。」[原文:A Boston hospital is the latest to deny an organ transplant to a patient who refused to get vaccinated against COVID-19]

病院の対応や制度の是非は個別に議論しないが、それとは別として、この件に関しては、非常に個別かつ複雑な問題を含んでいる。前回の記事で述べた通り、移植後の拒絶反応は免疫系の反応であり、それを抑えるために免疫抑制剤が使用されるという事を前提に、その問題を考えたい。

前提として「移植後は免疫抑制剤必須になるためにワクチンを接種して感染症予防をした方が良い」という一般論は正しい。その為、一定の感染防御策を要求する事は臓器移植に際して妥当である。

一方で、「核酸ワクチンは免疫系、特にCD8を過剰に活性化させる特有の機序を持っている」という事実は移植患者への使用において検討すべき事項である。この記事では「安全性が証明されている」という記述があるが、この点には反駁せざるを得ない。

前回述べた通り、移植後の拒絶反応、特に急性期反応は免疫抑制剤でコントロールする事が必須である程シビアであり、その主要な機序のひとつはCD8T細胞のアロ反応である。つまり、CD8T細胞を様々な組織に対して活性化させる核酸ワクチンの投与は一定の拒絶反応促進リスクを持っている。例えば投与した核酸が移植臓器で発現すれば、その臓器に対するCD8T細胞の反応を引き起こす訳なので、それは非常に危険な状態と言える。この現象は核酸ワクチンに特有の機序に基づいており、その点を無視して議論する事は非科学的な姿勢と言える。

但し、繰り返しになるが、臓器移植後は免疫抑制剤を服用し続けるため、基本的にはワクチンによる過剰な免疫応答よりもむしろワクチンによる免疫応答が起こらない方が可能性が高いし、懸念される事項となる。しかし、何れにしてもその条件下では生理的な環境とは大きく異なるため、非常に複雑かつ個別の状況判断が求められる。

興味深い事実として、核酸ワクチン投与後の拒絶反応促進は角膜移植に関して複数の症例報告がある(Vaccines (Basel). 2021 Nov 3;9(11):1274.、Cornea. 2021 Aug 1;40(8):1070-1072.、Br J Ophthalmol. 2021 Jul;105(7):893-896.)。角膜移植は「拒絶反応が起こりにくい」移植であり、点眼によって局所性に免疫抑制剤を投与するケースも多い。つまり、全身性に免疫抑制状態ではないため、核酸ワクチンの効果が十分に発揮された結果、強度のCD8T細胞活性化が生じ、結果として本来免疫特権である角膜移植部位に関しても拒絶反応が促進された可能性がある。

これらの事実は、現状の安全性評価が「免疫抑制剤と核酸ワクチンによる免疫活性化が一定のバランスで保たれている結果として悪影響が出現していないだけ」という真実を無視している側面がある事を示唆している。その場合、長期的に見れば「免疫抑制剤の増量」やそれに伴う「免疫抑制剤の副作用」という二次的な悪影響を顕現化させる可能性もある。

どの様な事象であっても、短絡的に物事を見るのではなく、背景の科学的事実や分子生物学的機序を深く考察し、真実を洞察する能力が求められる。臓器移植と核酸ワクチンについてはまだまだ深い考察が必要である。核酸ワクチンだけに頼った対策は個別の状況に対する柔軟な対応を失い、長期的に多くの悪影響を及ぼす事は間違いない。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?