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核酸ワクチンで自然免疫が弱まる?

さて、前回までは自己免疫疾患と核酸ワクチンの関連について考えてきた。今回は少し本題と離れるが、世間で噂される「核酸ワクチンが自然免疫を低下させる」という事象について、その真偽も含め考察してみよう。

大前提として、免疫学的には核酸ワクチンは自然免疫を活性化する。それはあらゆるデータが示している。この様な噂が生まれる理由の一つは「自然免疫」の意味を間違えて使っている場合である。本来の正しい意味は「Innate Immunity」つまり獲得免疫に対比しての自然免疫であるが、一般の人は「Natural Immunity」という意味で使ってしまう事が多い。これはニュース記事などでも誤まった用法が見られる。しかし、免疫学的には「自然な免疫」と「人工的な免疫」という区分けにあまり意味が無いので、以降は学術的に「自然免疫に対する核酸ワクチンの影響」を考えていく。

正しい「自然免疫」の意味だとして、核酸ワクチンがその働きを弱めるという噂は何故生まれるのか。考えらえる理由のもう一つはいくつかの関連する報告であろう。私の知る限り関係がありそうな報告の一つはmedRxivという予備配布サイトに掲載された論文「The BNT162b2 mRNA vaccine against SARS-CoV-2 reprograms both adaptive and innate immune responses」であろうか。この論文にはRNAワクチン2回接種後に末梢血の細胞をTLRリガンドなどで刺激するとサイトカインの産生が低下するという結果が報告されている。これは結果をそのまま読み取れば確かに「核酸ワクチンが自然免疫応答を低下させた」という事が言えなくもない。

ところで、このmedRxivや関連のbioRxivという予備配布サイトは「査読前の論文を早期に発表する」ことを目的として利用される。したがって上記の論文も査読前論文である。詳細は別の記事に記すが、査読前だから嘘という事ではない。ただし、実験的な部分でツッコミどころは多い可能性があるという事だ。そこで、これらの論文は自分の力で読み取らなければならない。

話を戻して、件の論文を読んでみると、最大の問題点は「全ての白血球細胞をまとめて刺激している」という実験方法にある。つまり、実験に使っている細胞には「自然免疫」に関する単球やマクロファージに加え、「獲得免疫」に関するT細胞やB細胞も一定の割合(ドナーごとに割合はバラバラ)で含まれることになる。そして、当然ながらワクチンの投与によって、その割合はどんどん変化する。そのため、TLRに反応する事が出来る細胞の割合がそもそも実験タイミングごとに間違いなく異なるのだ。その細胞割合のデータを併せて考察したり、TLRに反応する特定の細胞だけを抽出して刺激したりしないと、「本当に核酸ワクチンが自然免疫細胞に影響を与えて反応性が低下した」のか、それとも「核酸ワクチンが自然免疫細胞と獲得免疫細胞の割合に影響を与えた」結果としてこの様なデータになったのかは分からない。個人的には後者だと思っている。理由は1回目免疫後は刺激時の応答性が上がっているのに2回目免疫後は下がっているからである。2回目の免疫時はT細胞などの獲得免疫応答が強力に誘導されるため、相対的に自然免疫担当細胞の割合が低下しているのであろう。このように論文を読み込んでいけば、噂の元になったであろうデータとその裏の重要な視点に辿り着く事が出来る。

実は、もう一つ関連しそうな論文がある。Front. Immunol.に掲載された「SARS-CoV-2 Coronavirus Spike Protein-Induced Apoptosis, Inflammatory, and Oxidative Stress Responses in THP-1-Like-Macrophages: Potential Role of Angiotensin-Converting Enzyme Inhibitor (Perindopril)」である。これはワクチンと言うよりはSタンパク質がマクロファージの細胞死を誘導しうるという論文である。メカニズムとして核酸ワクチンが産生するSタンパク質によって自然免疫細胞が破壊される、という事は無くは無いのかもしれない。但し、この機序であれば核酸ワクチンに限定する特有のものではないため、そこは議論に注意が必要である。

以上をまとめると、「核酸ワクチンが自然免疫を低下させる」という噂について、現状では「そうだと言えるほどの材料はない」が、一方で、「示唆するデータが無い訳でもない」という程度の結論だろうか。もちろん免疫学的なダイナミクスを考えた時に、強過ぎる活性化が長期的に負のフィードバックをかけ、免疫抑制状態に繋がる可能性は否定できない。これは自然免疫細胞だけでなく、獲得免疫応答でも同様である。実際に核酸ワクチンを免疫寛容に使うという論文もあるので、その辺りもこの様な噂に関連しているのかもしれない(その論文についてはまた別に解説しようと思う)。

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