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9月8日

この頃、頻繁に「どうして生きているんだろう…。」と考えている。
ネガティブな意味ではなく単純によくわからない。
何かを指針として生きていないことは確か。
別に働く気も無い。
小学校の卒業に際して作ったアルバムに〖将来の夢:ニート〗と書いてあった。
初志貫徹のまま12.3年経過したらしい。やる。

浪人をスっと辞めてからあと1週間弱で6年が経つらしい。
この6年の間、ずっと"労働"のことばかり考えていた気がする。

派遣でいろいろな職種に触れたりしたが、一番やりがいを感じていたのは無給で働いていたものだった。
そういうのも含めて"労働"の対価として得る生みたいなものがよくわからなくなっているのかもしれない。

少し前まで「働くのはみんなしんどいんだよ」と常々言われていたが別に「しんどいから労働をしたくない」という訳では無い。

生まれてこの方ずっと、労働の対価としての金銭に折り合いが付けられていないだけだ。
子供じみているとは思うし「それを受け入れての社会、人生じゃない?」みたいな言い分もわかる。

でもそういうことじゃないんだと思う。
納得してしまったら今まで考えてきたものが全部崩れてしまいそうで。
自分の人生は凡庸で取るに足らないものだった、それは当たり前だと思っていたからこそ逆張って楽しく面白く生きようと思っていたのに。

悲しいことを書いているけれど正直、とても楽しく過ごせている。
10年以上「もういつ死んでもいいくらい楽しんだ」と思いながら生きている。
そう思っているのに今後の人生を想像すると心が折れそうになる。
働けない働かない。貯金も無い。交友関係も広くない。
生きていくためにはお金が無いと話が始まらない。

「楽しんだからもういいや〜」と全てを投げることも出来ず、「生きていくために頑張らなきゃ」とも思えない。
じゃあ何のために生きているんだろうか。
これから楽しいことがあってもなくても自分をそのよくわからない隙間に置いておくのは良くないと思う。
本当によくわからないのだ。
どちらにせよもうそろそろどうにかしないといけない。

9月8日で25歳になる。

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