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仮題 錦糸町の話

私は錦糸町が好き。
日本に来てからずっと錦糸町の周りに住んでいて、中学生の頃はよく家から自転車を漕いで錦糸町で遊んだ。
実家を出て一人暮らしする時になっても結局錦糸町の周辺部に住んでいて、子持ちの共働きになった今も錦糸町の周りに住んでいる。

錦糸町だというと、大抵馬鹿にされる、あるいは心配される。あるいは「それ千葉でしたっけ?」という無知を無駄に曝けだしてくる。
女は代官山か夕焼けだんだんに住む決まりになっているらしいけど、薄汚い錦糸町の方が落ち着く。ゴールデン街やモツ煮通りのようなあざとさがない、純然たる薄汚さだ。

休日になるとwingsに片耳に鉛筆をかけたおじさん方が並ぶ。丸井に流入する車列などにお構なくゴーイングマイウェイ。馬券の買い方が早く知りたくて成人してすぐ親に付いて7階建の競馬所に潜り込んだ。母にクリスマスプレゼントで有馬記念の馬券をプレゼントしたらたいそう喜んでいた。

昔、錦糸町にそごうがあって、それから西武百貨店もあった。百貨店が二つもある街なんてそうそうない。巨大なパイプオルガンがあるコンサートホールもあるし、マリオットホテルもある。そしてラブホテルがこれだけある街も大塚と湯島と五反田と鶯谷ぐらいであろう。ラブホテルは、墨東病院という都内屈指の大病院を囲うように林立している。
百貨店と競馬場。一流ホテルとラブホ。クラシックコンサートホールと場末のスナック。病院と性風俗。ヤクザとエリートサラリーマン、掃き溜めのような路地裏と煌びやかなタワービュー通り。対極のもの同士が錦糸町に滞りなく収まっているる。
繁栄と衰退、ハイカルチャーとキッチュ、秩序と混沌の行き交うこの不思議な異世界を見つめながら私は育った。

今の錦糸町は、ラブホと同じぐらいたくさんの、ミシュランビブグルマンの店をかかえている。錦糸町にミシュランの星は似合わない。星の輝きよりも食いしん坊な太っちょ坊やがありがたいと思う。

錦糸町はなんでも揃っている。スリコもGUも天下一品もヨドバシカメラもパルコも叙々苑もユザワヤもある。なんと無印良品が二つもあるのだ。
東京駅まで二駅10分である。渋谷まで乗り換えなしで30分。
便利すぎるから駅近の築古タワマンが2億もする。そのくせに、競馬おじさんのすえた汗と、外国人キャバクラ嬢のパウダリーな化粧と、路地裏の本格的すぎるカレー屋と中華料理店のスパイスがまざりりあうカオスな街である。

巨大地震が来たら、この街は藻屑となって消えてしまうのだろうか?そうかもしれないけど多分晴海フラッグよりは少しだけ、しぶとく生き残ると思う。

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