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17 「管理」ではなく「共生」を目指す組織を!

 2017年3月、成田空港に降り立ったヒエンは、希望に満ちていました。家族と離れた初めての生活は少し不安でしたが、それ以上に、大好きな日本で日本語を学び、仕事ができることは、ヒエンにとって夢のよう。反対していた両親を説得し、親せきにお金を借りて、群馬県にあるT日本語学校で学ぶことになりました。住居は同じベトナム出身の女性4人でルームシェア、アルバイトも学校が紹介してくれました。だから、日本での生活のスタートは順調でした。来日前に半年ほど日本語を学んでいたので、簡単な日本語ならば話せます。
 ヒエンの1日は、6時から8時まで早朝のビル掃除の仕事。9時から12時半までが日本語学校。その後、日本語の予習復習と仮眠をして、18時から深夜2時までコンビニのレジ。借金を返済しながら、2年後に専門学校に行くための貯金もしなければなりません。慣れない日本での生活のなか、寝不足が重なりながらも、ヒエンは懸命にがんばりました。
 でも、だんだんと何かがおかしいと思うようになりました。授業中、まわりの留学生はほとんど寝ているし、先生もテキストの問題をやらせるだけ。ちゃんと日本語を話すのは、レジでのお客さんとの会話ぐらいで、ほとんど日本語が上達しません。
 このままじゃいけない。そう思ったヒエンは、別の日本語学校を探すことにして、T学校には辞めたいと相談しました。理由を聞かれ、引きとめられましたが、最終的に退学が認められ、SNSで知り合ったベトナム人専門学校生のアパートに同居させてもらうことになりました。また市役所にも、転居届を出しました。

▶一方的な在留資格の取り消し


 しばらくすると、東京入管から手紙が来ました。在留期間の更新かなと思い、行ってみると、その場で在留カードに穴をあけられ、「あなたは、出席状況が悪くて学校を除籍になった。週28時間を超えて働いた。だから在留資格を取り消します」と言われました。
 でもヒエンは、退学届けを出すまで、一日も授業を休んでいません。どんなに忙しくても、眠くても、毎日日本語の勉強を欠かしたことはありません。T学校に通わなくなったのは、日本で就職するために、もっとしっかりと日本語が学びたかったからです。留学生のアルバイトは週28時間までと知っていましたが、T学校の職員から「学校からの紹介の場合は大丈夫です」と説明をうけていました。
 在留資格の取り消しは、2004年に導入された制度です。入管法が改定されるたびに、取り消し事由が追加され、たとえば、在留資格に定める活動を3カ月以上していなかったり、3カ月以上でなくても、それ以外の活動をしようとしただけで、在留資格が取り消されます。つまり外国人から、日本にいる権利を奪う、排除するための制度なのです。入管は、ヒエンが在留資格「留学」で定められた活動をしていないということで、彼女を「偽装」滞在者として扱いました。彼女が知っている限りの日本語で状況を説明しても、入管職員は耳を傾けてくれません。T学校は、ヒエンを「出席不良で除籍」と入管に届けていたのです。

▶「管理庁」ではなく「移民庁」が必要


 なぜ、まじめに日本語を学んでいるヒエンが、一方的に日本から追い出されてしまうのでしょうか。それは、外国人にとっての窓口となる入管が、彼らを「管理」することしか考えていないからです。
 2019年4月、入管は出入国在留管理庁になりましたが、新組織はヒエンのような外国人を助けてくれるのでしょうか。残念ながら、答えは「否」です。なぜなら、新組織になっても「管理」を目的とする姿勢に変わりはなく、その対象が「外国人の在留」にまで拡大されただけだからです。つまり、外国人にとっては、管理(排除)が強化されるだけなのです。
 ヒエンは学校をやめる前、入管に電話をしてT学校のことを話しましたが、応対した職員は「学校に相談してください」と言っただけです。その職員が、彼女が日本で学び続けるための助言を与えてくれていたなら、状況は大きく違ったはずです。
 2018年12月には、政府は「外国人材の受入れ・共生のための総合的対応策」を策定しました(最新の改訂は2021年6月)。しかしながら、そこでも、外国人は「在留資格」を 前提とする存在として位置づけられ、「支援」も「共生」も在留資格の枠内です。外国人の権利への言及もまったくありません。さらに、「共生社会」の基盤として、在留管理体制を構築するとあります。つまり、総合的対応策が目指しているのは管理を基盤とした共生なのです。
 ヒエンが経験した悲劇を繰り返さないためには、移民に寄り添い、彼らの日本での在留を総合的に支え、日本人と移民が共に生き、共に活かし合うための社会基盤を整備する新しい組織「移民庁」が必要なのです。

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