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04 定住する者としての権利を

 王詩涵は中国から技能実習生として来日し、3年間の契約で工場で働いていました。来日して数カ月後、妊娠していることがわかりました。王は、周囲に妊娠のことを話しませんでした。というのも、中国の送り出し機関から、「妊娠したら強制帰国」と言われていたからでした。また契約には、途中で帰国したら、送り出し機関に預けた「保証金」は戻ってこないと書かれていました。親戚から借金をして保証金にした王にとって、強制帰国させられることは恐怖でした。
 しばらくの間、彼女は、誰にも言わず体に気をつけながら働き続けましたが、だんだんと大きくなるお腹に周囲が気づかないはずはありませんでした。妊娠に気づいた工場の社長と監理団体(技能実習生を企業や農家などに派遣する国内の協同組合など)は、王に「中絶か帰国か」を選ぶように迫りました。

▶「定住の制限」がもたらすもの

技能実習制度は、最大5年間、家族を帯同せず独り身で働くことしか認められていません。3年間働くと職種によっては在留資格「特定技能1号」に移ることも可能ですが、技能実習と同様、家族帯同なしに最大5年間働くことになります。家族の呼び寄せや将来的な永住が認められている在留資格に移行できるのは、建設、造船・船舶、介護で働く場合のみと非常に限られています(2021年9月時点)。どんなに働いても日本では家族と暮らせず、必ず帰国しなければならない人たち。彼らが日本に長く定住することが制度上許されていないことは、本人のみならず職場や地域社会にとってもプラスにはならないでしょう。
 さらに、技能実習や特定技能にとどまらず、就労を目的とした在留資格の場合、基本的に滞在が認められるのは、認められた就労をしている期間のみです。このような制限は一見すると当然のように見えますが、現実には、彼らの労働者としての権利のみならず、生活の権利を行使することを非常に難しくしています。というのも人は、24時間365日「労働力」であり続けるわけではないからです。たとえば、会社が倒産するなど失業したとき、病気になったとき、妊娠や出産をしたときなど、人は働くことができません。こうした状況に対する備えとして作られているのが、健康保険や雇用保険、労災保険、産前産後・育児休暇、年金や生活保護など社会保障・福祉の制度があります。制度は、仕事を再開するまで、労働による収入に頼らずとも生きる権利を保障するものです。外国籍者も日本国籍者と同様に保険料や税金を納めています。しかし、働く限りでしか在留が認められないという制限は、これらの制度の利用を妨げています。「働いていない以上、ビザは認められない」として、失業したら帰国する、あるいは王のように妊娠したら「中絶か帰国か」を迫られることになるのです。
 つまり移住労働者は、日本に滞在するためには何があっても我慢して働かなければならない、ということになりがちです。こうしたことをなくすためには、移住労働者の社会保障の権利を実質的に保障すること、またどのような移住労働者も定住・永住を選択できるような制度にすることが必要です。

▶放置されてきた「住民」の権利と尊厳に対する危害

 一方で、定住する者としての権利の保障を認めないのは、それだけではありません。日本の場合、「移民はいない」、「移民政策はとらない」という政府の方針によって、実際に長年暮らしている移民の権利と尊厳を保障するための政策が確立されてきませんでした。その一つが、職場・学校・住居など日常生活で起こる差別への対応です。2016年、日本における初めての反人種差別法としてヘイトスピーチ解消法が成立しました(提案12)。しかし同法では、日常の差別は対象になっていません。政府は、日本では深刻な人種差別は生じていないとして、他の国々にあるような人種差別撤廃法の必要性を認めていません。
 しかし、この政府の認識は間違いです。被差別経験に苦しむ移民は昔も今も大勢います。実際、政府が行なった「外国人住民調査」(2017年3月法務省発表)でも、過去5年間に日本で住む家を探した経験がある外国籍者のうち約4割が「外国人であることを理由に入居を断られた」経験を持っています。また外国人であることを理由に差別的なことを言われた経験がある人も3割にのぼっています。つまり移民や移民ルーツの人びとにとって、差別は日常のものとしてあり、安心して暮らす権利や尊厳が奪われています。差別の現実を認識し、差別行為を禁止し、根絶に向けた政策を推進する法律を整備することが必要です。

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