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02 労働者として働き、生活できる社会を

 その電話は、日本年金事務センターからでした。電話に出た建設会社の総務職員は最初、問い合わせの意味が理解できませんでした。▼「え、何ですか?」→「ですから、名前の順番を変えてもらえないでしょうか。お宅の会社に、ンダイキヤエマニエルさんがいらっしゃいますね。」▼「はい、おります。」→「その方の名前の順番を変えてもらえませんか。『ン』からは入力できないんです。」
 タンザニア出身のンダイキヤは、1990年代に来日し、産廃処理場、解体作業、建設と、おもに現場での仕事をしてきました。日本人女性と結婚し、永住許可も得ました。自動車免許も取り、この建設会社では「親方」的存在です。でもスワヒリ語が母語で、日本語や英語が読めないンダイキアにとって、健康保険や年金、税金、そして労働法など日本の法制度について理解するのは困難です。そんな折、会社が社会保険の全員加入を決めました。ンダイキヤは、はじめ、国民健康保険から社会健康保険になることに不満でした。手取金額が減るからです。しかし、総務担当者の何度かの説明で、妻や子どもにとってもいいことだと理解し、健康保険証が来るのを心待ちにしていました。ところが、なかなか届きません。総務職員が年金事務センターに問い合わせたところ、「名前の順番」となったのです。電話に戻ります。▼「何とかならないんですか」→「システム上、無理なんです。変えてもらえないでしょうか。」▼「そんなことは本人にとても言えないです。」
 総務担当者の対応は当然のことでした。年金事務センターの発想が歪んでいるのです。ンダイキアは知人を通して労働組合に相談しました。すぐさま労働組合が事務センターに掛け合いました。▼「日本人だったら名前の順番を変えるなんて言いますか?」→「言いませんでしょうね。」▼「これまでもあったんですか?」→「そうしてきました。システム上、入力できないんです。」▼「システムを変えればいいじゃないですか。」→沈黙……。その後、国会で取り上げられ、半年後にシステムが変更され、ンダイキアの手元に健康保険証が届きました。

▶移民が働いている事実に見合っていない制度

 「ニューカマー」の移住労働者が日本で働き始めて30年以上が経過するにもかかわらず、制度や行政の対応は、多様な背景をもつ彼らの存在を未だ前提としていません。しかし移住労働者は、まぎれもなくこの地で働き暮らし、その数は172万人を超えています(図表4)。彼らは、仕事での貢献のみならず、健康保険、年金、税金制度の担い手としても寄与しています。にもかかわらず、それに見合った労働環境、労働条件、行政サービスを受けているとは言えません。

▶移住労働者政策に必要なこと

 移住労働者政策で大事なことは、労働者として移動し、働くことができる権利を保障することです。つまりフィラデルフィア宣言など国際規範と国際基準に則り、労使対等原則が担保された「受け入れ制度」、「働き方」でなければならないのです。彼らの権利を守るには「移住労働者のエンパワーメント」と「労働者保護」双方向からの政策が基本です。国を超えて移動するダイナミズムと活力をもつ移住労働者には、労働基準法、労働組合法などの法規範と多言語での情報提供がエンパワーメントとなります。それがあれば、使用者と交渉する権利、団結権、争議権を行使するための労働組合加入へも自分でアクセスできます。また、労働者自身のスキルアップの要請に応える多言語施策も必要です。
 労働者保護においては、いま起きている職場での課題、労働安全と健康、危険についての「多言語による周知」、つまり実質的な労働法の適用が求められます。また、就職・転職時のハローワークの利用や、休業時の雇用保険適用、労働災害申請の権利(療養・休業・後遺障害補償)の周知、さらに、職業病やアスベスト・粉塵・放射線など有害物質にさらされて作業する労働者の帰国後の健康フォローアップやリインテグレーションなど出身国政府との連携施策も必要です。
 そして「移住労働者受け入れ」については、労働は非熟練から始めるという現場実態に見合った制度にすること、出稼ぎ労働の社会的価値とステータスを確立させるための施策が求められます。2019年4月から「特定技能」制度が始まりましたが、こうした現場の実態に見合っていませんし、権利保障の観点からも不十分です。何よりも労働力だけを切り取るという使い捨ては許されません(図表5)。

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