心の違和感

モヤっとする。なんだろう。
目の前で、不正の証拠となる大事な書類をシュレッダーに、かけてしまい大騒ぎしている人がいる。
眺めている私。
私からすると、一大事のように思うけれど、周りはそうでも無い。
やってる本人は、大慌のように見える。
私はその場離れても、責めていた。
シュレッダーをしてしまったこと。
不正を働いた人、
それを見過ごした監督不行届き人。
でも、周りはどちらかと言うと、フォローモード。
私の中で、有り得ない!と思った。
会社ならとことん叱られてるし、しばらく無視されるか陰口叩かれるかなのに。
とても不思議な光景に見えた。
ここで起こってる現実は少し違う。
日常茶飯事かのように。
私の中で、分断が起きていた。
有り得ない目の前の人と、
そんな事は絶対にしないし、したら私は私を酷く責めるだろう。
どんなに周りにフォローの言葉をかけてもらったとしても、自分で自分を戒めるだろう。
目の前に反応しないというか、
責めないというか、怒らないというか、
静観でもなく、いや、静観にたどり着くまで、どんな道のりでそうなるのだろうか。
静観を邪魔している思考は、
「ちゃんとしなきゃ」だと思う。
こんなにダメダメでも、許していいし、
自分は厳しすぎるのかなと思った。

もっと身軽で適当でいいのか?
もっと許せと言いたいのか?

どこの力を抜いて、どこはしっかりするんだろう?
選べるんだろうけど、どうしたいんだろう?私。
責任ってなんだろう。

目の前の大慌の人を見て、どんな時も自分を責めない人を見た気がした。
それはとてつもなく、自分には無いものを見た気がした。


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