こころの喪失感への心遣いをしながら活動することで、傷つけることを許してもらいながら受け入れてもらえる
阪神淡路大震災、東日本大震災、それ以外にもたくさんの災害がおきています。そうした被災地に入って活動する人が必要なのは、被害にあった人たちのこころの喪失感に向き合う準備をしておくことだと思います。
喪失感は当事者が感じるものなので、他者が完全に理解することはできません。ですが、そこに思いを馳せることは復興に関わる人には必要なことだと思います。
2011年に被災地支援事業のマネージャーとして福島県郡山市で活動をしていた時に、現地で活動してくださる方を採用しました。その方と同行してタクシーで移動していた時です。その方は運転手の方にこう言いました。
あなたも早く避難した方がいいですよ
と、
私はびっくりしました。
当時の郡山市は放射能の値が他地域よりも高く検出されている場所ではありましたが、被災地で生活されてお仕事として、こうして私達を運んでくださる方に、何てことを言うんだと思いました。そして、この事態があってから、長く話合いをして、結局その方には辞めてもらいました。
その方はJI◯◯で海外経験がたくさんあって、60歳過ぎで落ち着いた方だったのですが、人の喪失感や被災地で暮らす人への心遣いができない人のようでした。
当時私は35歳で、被災地の多くの人が抱える喪失感と、どう向き合ったらいいのかわからなかったので、様々な本を読みました。
その中で、ノンフィクション作家の保阪正康さんが、喪失のあとにくる悲しみを克服するための三条件として、悲しみをかかえる当事者目線で以下述べていることを知りました。
当時の福島では、日々パチンコだけをしている人や、アルコール依存になっている方がいらっしゃいました。そして、それを揶揄する声もありました。でも、それは喪失からくる悲しみを受け止める準備をしている段階かもしれないのです。
喪失感からくる悲しみへの癒やしは、自分が生きるということへの闘いであり、それは長期間に渡ることを述べられています。震災後に世間的な関心はどうしても風化してしまいますが、長期間に渡って心のなかで向き合っている人達がいるのです。
何も伝えなくても、何かを伝えても、相手を傷つけてしまう可能性があります。何かしらの言葉を伝えなければいけないですが、その言葉には何重も心を尽くさなけれいけません。とても勇気がいる作業です。
また、精神科医の斎藤環さんは、喪失体験の多様性について以下のように述べています。
喪失には2つの側面があります。1つは家や財産を失ったり、職を失うといった量的喪失。そして2つ目は、その人にとって大切な価値を帯びた、かけがえのないものの質的喪失で、これが本来の意味での喪失感をもたらします。
喪失感が癒やされていくには時間をかけて様々な感情を経て立ち直っていきます。
イギリスの王国精神医学会では、「愛する人を喪った悲しみ」を克服するためのリーフレットを提供していて、そこには8段階の感情があると書かれています。そして、こうした8段階をへるのには普通1年~2年程要するそうです。
2024年1月に能登半島地震があり、今は復旧真っ最中です。これから復興に向かって進んで行く際には、地域外からたくさんの人が関わってきます。
活動をすることによって、被害に合われた方を傷つけてしまうことが必ずあります。しかし、被害に合われた方の喪失感に向き合う心遣いをしながら活動をすることによって、傷つけることを許されながら現地の方に受け入れてもらえるのだと思います。
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