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静かな六月一日

緊急事態宣言も解除され本日より小中学校、保育園が始まった。
今週一杯は分散登校に加え午前中終わりと段階的にコロナ以前の生活サイクルになる。
俺は4月頭から仕事を休んでいたのだが来週から復帰となる。
丸々二ヶ月休んだのだが、休み前は家にずっといるのだから自分の時間で少しずつでも音楽的な作業をしよう、何ならアルバム一枚作ったろうなどと目論んでいたのだが、現実はそう甘くは無かった。
朝から晩まで子供5人と生活を共にする事は見方によっては幸せだと言われるだろうが、外に出れないストレスを抱える特に下二人のお転婆娘達には手を焼いた。
子供を育てながら家事をこなす世の奥様方がツムツム的なスマホゲームをやる気持ちが分かった。
自分の為に使える時間ってのが一日でトータル1〜2時間はあるのだが、それはまとまった1〜2時間ではなく5〜10分の断片的な時間なのだ。
洗い物をするにも洗って拭いて棚にしまうまでの行程を連続して行う事が不可能。
数分、数十分おきに何らかの要求がありそれに答えては作業をする。それが一日中続くのだ。
しかもずっと喋っている。声もボーカル向きの高音と低音が同時に出て何処にいても耳にカンカンと刺さる質であり、喧嘩もすれば歌も歌えばとそれはもうずーと学生の飲み会の真ん中で生活しているような気持ちだった。
俺は良くやったと思う。
今、俺はついたままのテレビの横でこれを書いているのだが、ボリュームは18だ。BGMのように心地よく聴こえてくるのだが、子供らが誰もいないのでこの静けさがある。普段子供らがいる時、テレビをまともに観たいのならボリュームは35くらいに上げてやっと聞こえる程度だ。

人間はやっぱ一人の時間が必要である。
俺は一人の時間が物凄く好きだし、誰かに干渉される事が昔から大嫌いであった。
団地で5人家族だったので自分の部屋など無かった。全てを自分でコントロールしたい、好きな事を好きな時間に自由にやりたい、と18の時に上京してきた。しかし人生ってのは面白い。そんな俺はいつの間にやら5人の子を持つ父になり家族の為に使う時間が主になった。
それでも俺は面白おかしく生きてきた。コロナ云々もうまくこなした。
それなのに会う人会う人から怒られてばっかりおる。
もうちょい大目に見て欲しいし、もうちょい評価されても良いんじゃないかと自分で思っている。馬券も中途半端だ。

まあ、いじけていてもしょうがない。
先ずはギターの弦を替えよう。そしてリラックスして歌い出そうと思っている。
復職するまでの一週間、少しずつ今村経済も回し出そう。

ほんと静かだ。

家が静かだと気持ちにゆとりが出来るのだな。



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