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C面の精神世界

今までが土の時代であったというとき、
二つの要素が重なっていることに気が付くわけですが、

一つは土星と木星との会合周期がもたらすエレメントの強まりのこと、
もう一つはトランジットの冥王星が、土のエレメントに属する山羊座に滞在していたこと。

この二つを重ね合わせて考えることになりますので、
おおざっぱに見て、

産業革命あたりから土のエレメントが強まった時代を迎えていたけれど、細かく見ると、その土台の上にも、たとえば冥王星がもたらしたエレメントの推移が重なっていた、ということができるわけです。

それで、2008年ごろからは、そのような、まず第一の「産業革命あたりからつづいている土星と木星との会合周期がもたらす土のエレメントの強まり」がある上に、第二の「トランジットの冥王星が、土のエレメントに属する山羊座に滞在」というという状態になっていましたので、

とにかく土のエレメントが、強まったときを迎えていたことになります。

この「土のエレメントが、強まったときを迎えていた」ことを、精神世界にたとえると、やはり「山登り」のイメージになっていたのではないかと思われます。

とりあえず、ここでは、「山はワンネスの一つの山」と考えて、「その頂上に到達することを、マスターになること」としてみたときに、

良く例えられていたのが、「山道は、いくつもあるよ。」ということで、たとえば、いろいろの宗教の道や、いろいろのスピリチュアルの道など、その山を登るための道はいくつも用意されているから、自分に合った道を選ぶと良いよ、と言われていたことになります。

山の上には、教祖やマスターたちが居て、こっちだよ~と言っています。

私たちは、そこに向かって、いわば自力で、だけどおそらく形無き存在たちの助けも借りながら、汗をかきかき、山道を登って行っていました。

この、山登りの精神世界をA面としたときに、裏にはB面の精神世界もあって、それはたとえると、「川下りの精神世界」ということもできるのではないかと思われます。

B面の「川下りの精神世界」は、頑張らない生き方。

川下りの精神世界は、船に乗ることもありますが、なかには泳ぐ人も居るかもしれない、いずれにしても、川の流れのままに、最終的に海に行きつく精神世界ということができます。

こちらは、頑張らない、脱力して「大いなるもの」にゆだねる生き方ということができます。

それでは、これからは?と考えたとき、
少なくともこれらからの25年間(今年2024年の9月~11月までは、冥王星は山羊座に戻りますが)は、水瓶座に冥王星があることを考えると、新しくC面の精神世界が展開されることが考えられて、

この「C面の精神世界」を考えてゆく時の一つの手がかりは、この冥王星山羊座から水瓶座の移行の数年間にクローズアップされている「ネオ縄文」ということができると思われます。

縄文時代は、かつては「原始共産主義の時代」などと形容されていたことがありますが、ようするに、上下関係で人々を縛り付けるようなことが無く、フラットな社会の中で、人類みな兄弟的な生き方をすることが展開されることが予想される、ということになります。

この「仲間意識」というのは、水瓶座サインの大切なキーワードの一つとなっていますので、精神世界の「オンラインサロン」などは、みんなを乗せる宇宙船のような役割を果たして行くことは、十分に想像することが可能です。

これらからの25年の、この「C面の精神世界」は、インターネット、それも本来のインターネットのスタイル、つまり中心を持たないネット状のスタイルなどになって行く可能性があると思われます。

ネット状や、ドット模様など、中心点を持たないスタイルが水瓶座的ということができるので、オンラインサロンの中がビレッジ化しているスタイルなども、これからますます増えて行くことでしょう。

そして、「自我」「エゴ」というものも、一点集中した中心点としての役割を果たしていますので、これらは弱まるか、もしくは、その存在自体を否定される傾向が出てくることが予想されます。

仏教の禅宗のほうでは、「自我」というものは、もともと存在しないという考え方をするそうですが、これなども、水瓶座的ということができるのかも知れません。

この一点集中する「自我」の無い状態をイメージするときに、ドット模様の集まりや、ネット状の関係性などを思い浮かべることは、一つの手掛かりになるものと思われます。

それに「悟り」というものも、一つの「おおいなる客観視」というように理解するとしたならば、これからの水瓶座の時代に原始仏教的なものが再生してくる可能性は高いのかもしれない、と思ったりもします。