ハンチバック:市川沙央をAmazon Audibleで聴いた感想。

1日で聴き終えてしまった。読了感に近いものはあるものの、私が村上春樹の「海辺のカフカ」を読み終えた時ほどの感傷は少なかったように思う。
ただ、それが作品由来なのか、鑑賞方法由来なのか、それは全く分からない。

視覚で得る情報と聴覚で得る情報には当然だが差異があり、特に決定的なのは記憶に残す時の差異だと感じる。本を読んでいて見逃すことは無いけれど、Audibleを聴いていて聞き逃すことは割と頻繁にある。ここも鑑賞体験の違いが見えてきて、とても面白い。

ただ、ハンチバックで言及されている「本を読むことの特権性:紙の本を持つ、目が見える、ページをめくる、読書姿勢を保つという行為には健常性が求められる」について、私は紙の本で読むことはせず、Audibleというメディアを通して聴き終える。という体験を選んだ。私のように五体満足な人間がテクノロジーを駆使して便利なツールとして選んだその鑑賞方法は、この作品で描かれるところの「特権性に彩られたグロテスクな行為」に該当するわけで、私はそこに罪悪感さえ覚えた。

この作品の特筆すべき部分は、我々が普段意識していない「尊厳」という言葉について、著者自身の身体性を用いて批評している点だ。

本を読むこと、カフェに行くこと、後先の心配をせずに身体を動かすこと、普段私達が娯楽として行っていることすべては、「尊厳」のもとに行われるが、それは健常者が特権として保有しているものに過ぎない。

最も強い尊厳とは、作中で言及されてもいるが、恐らく「ただ生きる行為」である。この小説は「尊厳」と「尊厳破壊」のバランスをユーモアとアイロニーを交えながら痛烈に書き切っており、現代に生きる我々が読むべき一冊であると感じた。

万人が交通事故や事件等で重度の身体障碍になり得る未来を持ち合わせている。その事を忘れずに日々を生きることを、何よりも大切にしたい。そう強く思える作品だった。

今泉京介です。小説、エッセイ、詩、色々と書きます。よしなに。