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紙芝居のある風景

絵本作家であり紙芝居作家でもある長野ヒデ子さんから『かこさとしの手作り紙芝居と私−原点はセツルメント時代』を贈っていただいた。
 かこさとしさんの絵本づくりの原点がが手作り紙芝居にあること、子どもたちに近い距離で語りかけるように描こうとしていたことが、長野さんのかこさんへの並並ならぬ愛情とともに伝わってくる。1951年からはじまったセツルメント活動、そのころ制作された『わっしょい わっしょい ぶんぶんぶん』など手作り紙芝居にまつわる話はとても興味深い。

 紙芝居の魅力をあらためて感じながら、紙芝居に夢中だった子どものころを思い出した。4、5歳のころ、夕方になると紙芝居屋さんが来るのが楽しみだった。
 拍子木の音が聞こえると玄関から飛び出していった。ひときわ大きな掛け声に合わせて、自転車の荷台にある舞台の前に我先に群がる。場所どりはとても大切だった、水飴か小さな飴を買うと前の方で観ることができる。私は好んで3×4センチほどの薄い型を抜く飴を買っていた。動物などの形を舐めて抜くのだが、上手に抜くことができればもう1枚もらえる。紙芝居を観ながら舐めるのだからうまく抜けることはまずなかった。
 拍子木の音、飴を買う、観る場所を決める、紙芝居がはじまるまでの一連の動きすべてが幕が開く前には欠かせないものだった。毎回繰り返されることなのに、ざわつきも、水飴をこねたり飴を舐めるしぐさはいつも同じ、はじまると水を打ったようにしんとなる。少しでも遅れたりすると飴を買うこともできず後ろの方でそっと観ることになってしまう。
 夕暮れどきの走り回った後の土の匂いに汗や飴の匂いがない交ぜになった情景は、紙芝居を囲む独特の原風景として蘇る。

 お気に入りは何といっても『黄金バット』だった。今から考えればどくろの顔はとても奇妙なものだ。この考えられないような姿に現実を超えて夢中になり愉しんでいた。
 黄金バットが悪者を次々に倒していく、紙芝居屋さんの声と絵が一体となり、抑揚の利いた演じ手の台詞と、合間に入る拍子木の音や台をたたく音にどんどん引き込まれていく。
 紙芝居は芝居そのものだ、物語だけでなくそこで展開する異様な雰囲気に興奮した。黄金バットを生かすのは演じ手であり、紙芝居屋さんが演じる役づくりこそ主役なのだ。
 同じ紙芝居でも演じる人でまったく変わってしまう。時々別の人が来ると、いつものリズムが狂ってしまう。黄金バットは頭の中でイメージが定まっていても、他の登場人物がどこか違うように思えたのを憶えている。

 次の場面が少しずつ出てくる効果も紙芝居特有のもので、少し引いては戻す、このタイミングも演じ手によって違っていた。役づくりから演出、物語の進め方まで紙芝居屋さん一人で担っていた。
 「絵本は読者が絵の中に入り込んでいくもの。紙芝居は作品が観客に飛び出していくもの」長野さんの言葉になるほどと思う。同じ枚数でも上演時間が違っていた。全体の時間をコントロールしているのも紙芝居屋さんなのだ。
 途中で子どもたちに話しかけてくることもある。子どもたちの反応やその日の物語の展開によっても変わる。始めから終わりまでの時間を厳密に決めない、この自由さも紙芝居の魅力だろう。

 広場や空き地も紙芝居にとってなくてはならない場所だった。演じる人、紙芝居、子どもたち、自転車の上の舞台、そして夕暮れどきの空き地、すべてが一体となったとき、紙芝居独特の物語空間がつくり出される。
 子どもにとっては、日常を忘れ異世界に潜り込んだような不思議な空間だった。終わったあとも、何となく紙芝居屋さんを取り囲み余韻を愉しんでいた。

 当時はテレビなどもちろんなく、ラジオの前に座り家族揃って聞き入っていた。映画館にも1年に2回も行ければいい方だった。
 振り返ってみると、紙芝居がどれほど子どもたちの娯楽として根づいていたかが分かる。さいわい家から歩いて2分ほどのところに広めの空き地があった。空き地は遊ぶだけでなく何でもできる場所だった。夏休みになるとスクリーンが吊るされ映画の上映も行われていた。
 紙芝居は、敗戦後失業した人たちが紙芝居屋として転身し普及したといわれているが、身近な暮らしや遊びの中から、民衆の知恵と工夫がつくり出した文化そのものだろう。
 紙芝居はテレビの普及で廃れたが、今でも遺っているのには理由があるはずだ。絵本や漫画、アニメーションとも違う、子どもたちを巻き込み輪をつくり出す独特の場そのものが魅力であり、演じ手の役づくりと台詞を愉しむ手近な芝居そのものである。
 屋外で演じられる紙芝居をもう一度観てみたいと思う。


『かこさとしの手作り紙芝居と私−原点はセツルメント時代』長野ヒデ子著、石風社、2021年9月
『かこさとしと紙芝居 創作の原点』かこさとし・鈴木万里著、童心社、2021年8月

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