渡独 125日目 フランクフルトの治安

 12月23日から翌年8日まではクリスマス休暇だったので、ウィーン、フランクフルト、オランダの三都市(デルフト、マーストリヒト、アムステルダム)を回っていた。どこも印象深かったが、かねて治安が悪いと注意を聞いていたフランクフルトが最も混沌として香ばしかったのでそこから書いてゆこう。

 フランクフルトへはレーゲンスから3時間ほどICE(新幹線のような扱いの特急電車)に乗って一本で済む。とはいえ南ドイツバイエルン州からオランダ方面へずっと北へ向かうので、多少の文化や方言差を期待していた。加えて予期していたのは治安の悪さである。フランクフルトは大企業のオフィスもあり空港もありゲーテの家もあり、経済、文化的に発展しているはずだが、そのためか治安が悪いという話も聞いていた。

 友人と合流するまで多少時間があったので、ホテルの立地を確認しがてら通ってはいけない通りを把握するため一人で散策していた。駅から正面の通りからすでにあまり小綺麗な印象はなかった。大都市の駅正面など、似たようなブランドの店舗や百貨店やドラッグストアが並んでそれなりに整っているものだと思うが、フランクフルトはよりオリエンタルな雰囲気だ。煙草を吸いながらたむろする若者や、けばけばしい看板もすでに見られる。正面から一本西に通りを逸れようと進めば、工事現場への立ち入りを防ぐフェンスの影に、一様に灰鼠の着慣れた感じの服にくるまりながら、何かを吸っている人の群れがいる。この辺からは常に薄っすらと煙草、たまに大麻が匂ってくる。ここら辺から通りを一本入ると一目で風俗街であることが分かった。通りたくはなかったが偶然ホテルの方向もそちらであるし、昼前ごろの比較的安全そうな時間帯だったので足早に通り抜けてみた。やはりこうしたところにたむろする人たちは、乾いて固そうな肌と、灰色っぽい服を付けている。その中の一人の女性は、路駐されている車のサイドミラーを覗き込みながら歯を磨くような仕草をしていた。道から、誰かが放尿したようなにおいがした。しかしこうした2,3の通りを避ければ町は普通に発展していて店もホテルも多く、宿泊したホテルもその通りからは歩いて5分ほどであっただろうが、ほとんど危険を感じることの無い静かな通りにあった。受付の男性も愛想よく、他のホテルと変わらず清潔だった。カオスな町だ。

 友人と合流してチェックイン前に昼食をとろうと歩いていると、背後を歩く男性が奇妙な音と中国人差別用語を繰り返してきた。両唇てからを短く破裂させ、そのまま嚙み合わせた歯と唇に呼気を摩擦させて、伸ばす。私一人ならともかく友人を連れたままトラブルを起こしたくなかったので、最初は無視していたが、そのうち何某かの反抗心を表明したくなって振り向かずそのままバイエルン方言で挨拶を返した。何を言われるかと思ったが、調子はどうか?といったことを雑に聞かれただけなので、こちらも皮肉のつもりで、全てうまくいっているよ、ありがとう、と返した。お互い違う通りに分かれて、それで終わりだった。レーゲンスでも你好と声をかけられることは一度あったが、到着数時間で遭遇するとは。このくらいのことでは全く傷つかない、とはいえ、観光客や移民も多そうな町で人種差別をして回るとはお手数なことだと思う。

 昔の街並みやショッピングモールの揃う町の中心街は流石に立派だ。規模でいえばミュンヘンか、それ以上ではないか。この周辺には(しばしば物乞いをする人もいるものの、それはヨーロッパの常だ。)怪しげなパイプを吸う集団もおらず、観光客や買い物に来た周辺の人々でにぎわっている。マイン川沿いの河川敷も整備されていて美しい。川沿いに柵がなくそのまま飛び込んでしまえそうなのが考え物だが、それが致命的となるほど流れが速くないのだろう。ゆったりと広い川幅があり、芝生と街路樹のスペースを十分にとり、観光船が登ってゆく。ここで本を読める人は幸いだと思う。徒歩20分ほどでこの混沌を味わえるのが私には面白くもあるが、屋根のない人々の存在がこんなにも明るみに出ているのに、長く改善されていないのだろうと思うと気が遠くなる思いがする。

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