見出し画像

第5部 非特恵原産地規則:「特恵関税と関係がない原産地規則」とは

  前回まで、産品を輸入する時に課せられる関税を軽減又は免除する特恵関税制度において、その条件としての「産品の原産資格」を定める規則 (特恵原産地規則) を説明してきました。今回から3回にわたって非特恵原産地規則を取り上げます。今回は、物品の輸入通関に際しての最恵国税率適用の是非若しくは物品の原産地表示の適否を決める関税関係法規としての非特恵原産地規則、又は物品の輸出入を規律する通商法規の一部としての非特恵原産地規則などについて、WTO協定附属書A (物品の貿易に関する多角的協定) に含まれる原産地規則に関する協定 (以下「原産地規則協定」又は「協定」) 第1条1の定義に基づいて、同協定で策定予定であった 「調和非特恵原産地規則」(以下「調和規則」)との比較も含め、その全体像を説明します。次回は、日本、米国及びEUの現行非特恵原産地規則を相互に比較しながら解説し、3回目は、輸出入に直接関係しない国産表示、原産地表示の保護など、通商政策とは直接関係のない原産地規則を総ざらいして、俯瞰的に見ることで締め括りたいと思います。

1. 原産地規則協定で示される非特恵原産地規則

 原産地規則協定第1条1 (原産地規則) は、次のとおり規定しています。

第1部から第4部までの規定の適用上、「原産地規則」とは、物品の原産国を決定するために加盟国が適用する法令及び一般に適用される行政上の決定をいう。ただし、1994年のガット第1条1の規定の適用を受けない特恵関税を供与するための自律的な又は合意に基づく貿易制度に関連する原産地規則を除く。

 また、原産地規則協定第1条2においては、非特恵原産地規則には、次の図表1に例示される措置の適用に当たり「非特恵的な通商政策の手段において用いられるすべての原産地規則を含む」と規定されています。

 上記の原産地規則協定第1条1の定義において、「非特恵原産地規則」とは、最恵国原則の適用がない特恵関税の適用のための原産地規則を除いた、物品の輸出入に際して適用される全ての原産地規則を意味します。上記の定義には 「物品の輸出入」 という文言は含まれていませんが、WTO協定附属書の一部として創設された協定であること、協定第2条 (d) 及び第3条 (c) において国産品を決定する原産地規則よりも厳格なものであってはならない旨の規定があることから、そのように解釈できます。 

 原産地規則協定では、上記の政策分野において世界標準として一律に適用される原産地規則として調和規則を策定し、全加盟国で実施すべきことを定めましたが、1995年の開始から20年を超えた段階で策定作業を断念するに至った結果、各国が独自の規則を適用するという協定発効前の状況が続いています。すなわち、物品の輸入する際の関税率適用のために必須な3要素のうち、物品の価額は「1994年の関税及び貿易に関する一般協定第7条の実施に関する協定」 (WTO関税評価協定) 、物品の特定は 「商品の名称及び分類についての統一システムに関する国際条約」 (HS条約) が国際標準として存在するのに対して、物品の原産地だけは各国独自の法令に基づいて決定されています。

2.各国で実際に適用されている非特恵原産地規則

 世界標準がない以上、各国で独自に実施している非特恵原産地規則がどのようなものであるかを正確に把握しておかなければ、物品を輸出する際の原産地表示、輸入者への物品の原産国の通知などにおいて不都合が生じます。原産地規則協定第5条 (原産地規則の変更又は新たな原産地規則の導入のための情報及び手続) は、第1項において以下のように規定しているため、WTO加盟国である場合には、通報された情報から非特恵原産地規則の内容を把握することができます。

加盟国は、・・・、同協定が自国について効力を生じた日に有効な自国の原産地規則並びに原産地規則に関連する司法上の決定及び一般に適用される行政上の決定を事務局に提出する。・・・

 本規定に従ってWTO事務局に通報された各国の原産地規則の最新情報は、2022年11月1日、G/RO/W/214/Rev.1  「第28回原産地規則協定の実施・運用に係る年次レビュー」 として公開されています(別添 「WTO加盟国における非特恵原産地規則の適用状況」参照)。簡単にまとめると、次のとおりです。

  • 非特恵原産地規則を適用している加盟国 (EUとその加盟国は1国として計上)  ➡   53か国

  • 非特恵原産地規則を適用していない加盟国  ➡   63か国

  • WTOへの未通報国  ➡   21か国

 この結果から判明する事実は、原産地表示、貿易救済措置などを実施するに際して適用すべき原産地規則を、「持つ国」よりも「持たない国」の方が多いということです。こうした 「持たない国」 には、後発開発途上国ばかりでなく、例えば、アジア地域ではアセアン加盟10か国のうちの7か国 (ブルネイ、カンボジア、マレーシア、フィリピン、シンガポール、タイ、ベトナム) にインド、パキスタンが含まれます。常識的に考えて、通関手続において原産国の決定が一切不要ということはありえませんが、判断基準なしに原産国を決定しているということも信じ難いことです。

 こうした事態が生じる原因として、規則としての体裁を整えていない原産地判断基準が存在するものの、他の通商法令の一部に至極簡単に規定されている場合には、非特恵原産地規則を適用していないと通報していることが想定されます。例えば、ベトナムのラベル規制に係る行政命令 (Decree on labeling of goods) (2006年8月30日付、 No. 89/2006/ND-CP) の第1章 (一般規定) 第3条 (用語の解釈) 第12号には、

物品の原産地は、物品の全てが製造された国若しくは地域、又は物品の生産に多くの国若しくは地域が関与する場合においては最終的な製造工程が行われた国又は地域とする (仮訳)

との規定が置かれています。このような場合、ベトナムにおいてはピンポイントで一条文中の特定号のみを取り上げて非特恵原産地規則を適用しているとして通報しなかったということでしょう。規則として体裁が整った非特恵原産地規則を 「持たない国」 であっても、物品の原産性判断を行なうための基準が、事実上、存在する場合があることを認識しておいた方がよいと考えます。

3. 原産地規則協定が定めた 「理想」 としての非特恵原産地規則

 日本を含めて 「調和規則の完成を待って全面採用」 を予定していた国は多いと思います。そのために、自国法令で非特恵原産地規則を新設又は改訂することに躊躇していたことも理解できます。しかしながら、調和規則が未完成のまま作業終了となったとしても、各国の現行非特恵原産地規則を、調和規則が目指した 「あるべき規則」 に近づける努力があって然るべきと考えます。原産地規則協定は、世界標準としての調和規則のあるべき姿を明確に示しているので、規則の新設又は改訂に当って良き指針の一つになると考えます。

3-1 完全生産品の定義

 完全生産品については、原産地規則協定に先立つ1973年のWCO旧京都規約附属書Dから引き継がれた改正京都規約個別附属書Kで、標準規定として以下の完全生産品 (一の国において完全に生産された物品) の定義を定めています (以下、仮訳)。この背景には、完全生産品については各国でほぼ統一的な定義が採用されていたという実務実態があったことから、標準規定として定義の全てを規定することができたわけです。

  • 領土、領水又は領海内の海底から採掘された鉱物性生産品

  • 一の国において収穫又は収集された植物性生産品

  • 一の国において生まれ、かつ、成育した動物(生きているものに限る。)

  • 一の国において動物(生きているものに限る。)から得られた物品

  • 一の国において狩猟又は漁ろうにより得られた物品

  • 一の国の船舶により領海の外の海域で採捕された水産物又は得られた物品

  • 一の国の工舶において前号に掲げる物品のみから得られた物品

  • 一の国の領海外の海底又はその下から採掘された物品 (当該国がその海底又はその下において作業を行う唯一の権利 (sole right) を有する場合に限る)

  • 一の国において行われた製造の際に生じたくず、及び収集された使用済みの物品で、原料の回収のみに適するもの

  • 一の国において前各号に掲げる物品のみを材料として生産された物品

 各国の現行完全生産品定義においては、「一の国の船舶」 の具体的な要件の設定において差異が見られます。例えば、EUでは船籍の登録国かつ旗国、米国 (NAFTAマーキング・ルール) では船籍の登録国又は記録国で、かつ旗国であることを要件とするのに対し、日本では旗国のみを要件としています。また、NAFTAマーキング・ルールでは、当該国又は当該国の国民によって宇宙空間などのouter spaceから得られた物品をも定義に取り込んでいます。

 調和規則では、旧京都規約の完全生産品定義をベースに新定義が策定されましたが、内容的にはほぼ同じです。国連海洋法条約が発効した後であったため、排他的経済水域などの取扱いがより精緻に規定される提案が支持を集めましたが、当時、米国が同条約を批准していなかったため、海洋法条約の条文を直接引用することへの抵抗から用語の明確化が困難となったほか、自国憲法で海洋法条約に抵触する内容 (例えば、領海の範囲を12カイリを超えて設定) を定めている国が提案に強く反対するなど、定義全体においてコンセンサスが得られたわけではありません。ところが、アセアン諸国の二国間FTA・EPAにおいて、調和規則の完全生産品定義 (案) の主要部分をそのまま採用している例が見られ、廃品となった製品から取り出された部品で再利用可能なものを完全生産品と認めているなど、非特恵定義よりも特恵定義の方がより精緻で、緩やかなものとなっています。

3-2 軽微な作業又は加工の定義

 原産地規則協定では、軽微な作業又は加工を「ある物品に対しそれ自体では当該物品の原産地を決定しないもの」と至極簡素な定義を置くに留め、具体的な定義の策定を調和作業に委ねています。改正京都規約の個別附属書Kでは、上記の協定上の定義と同趣旨の頭書きを冗長に述べた後に、次の4つの具体的な要件を定めています。これらは、定義の全てについて統一的な取扱いがなされていないため、消去法で実務上不都合にならない定義のみを取り上げて勧告規定としています。

  • 輸送又は蔵置中に物品を保存するために必要な作業

  • 物品の包装若しくは商品品質の向上のための作業又は船積みのための準備作業、例えば、荷卸し、梱包のグループ分け、仕分け、格付け、再包装など

  • 単なる組立作業

  • 原産地の異なる物品の混合 (混合の前後において物品の特質に重要な差異が生じないもの)

 日本の現行規則では、上記の他にも単なる切断、瓶、箱その他これらに類する包装容器に詰めること、製品又は包装にマークを付け又はラベルその他の表示を張り付け若しくは添付すること、セットにすることなどが規定されています。EUではこれらの他に、物品の分解、用途の変更を含めています。米国のNAFTAマーキング・ルールでは、上記の他に修理、洗浄、試験、繊維製造に関連したトリミング、フィリング、装飾的な仕上げなども含まれます。

3-3 実質的変更の定義

 完全生産品及び軽微な作業又は加工の定義の策定が比較的容易であるとの認識に対して、物品の生産に2か国以上が関与した場合の原産国を決定する「実質的変更」の定義及び具体的な品目別規則の策定は困難が予想されました。それらを踏まえ、原産地規則協定は、世界標準である調和規則のあるべき姿を明確に示しました。この点において、国際協定で初めて明確に実質的変更の基準として指針を示したものといえます。その典型的な例が、物品の生産に2か国以上が関与した場合の原産国を決定する 「実質的変更」 の定義です。

 図表2 (国際機関における 「実質的変更」 の定義) で示されているとおり、両協定とも概念としての実質的変更を定義していることにおいて差異はありませんが、改正京都規約の個別附属書K第1章においては実質的変更がどのような基準を採用すべきかについての言及がないのに対して、原産地規則協定では、明確にHSの号 (6桁) 又は項 (4桁) の変更を用いるべきことが規定され、HSの使用が原産国決定に適さない場合に限定して付加価値基準、加工工程基準を使用すべきことを定めています

 次回に詳しく述べますが、日本の非特恵原産地規則はHS項の変更を唯一の基準とし、加工工程基準を補足的な基準として採用しています。しかしながら、号 (6桁) 変更を併用していないため、HSの構造が原産地決定に及ぼす問題 (例えば、機械類などに共通する製造方法である部品から製品への組立が、HSの項変更を満たす場合と号変更でしか満たさない場合があること) に対応できません。原産地規則協定が号変更をも判断基準として認めるべきとした趣旨を踏まえて、特に業界からの要望が強い第84類から第90類までの機械、エレクトロニクス製品、自動車、精密機器などについての見直しが行われるべきと思います。また、項変更を満たさない場合に原産国を最終決定する規定を持たないことから、原産国を決定できないことが多々あります。当初予定していた最恵国税率適用の可否を判断することのみを目的とした規則であればそれで充分だったのですが、原産国表示に準用されていることを考慮すれば、どのような事例に対しても原産国を決定できる規則へと改訂されるべきです。

 その点、EUは自国の調和規則提案をそのまま非特恵原産地規則 (法的拘束力があるのは繊維等の一部分ですが、実務上ほぼ問題なく実施されている規則) として適用していることから、原産地規則協定の趣旨を踏まえたものといえます。EU提案していた機械類等への付加価値基準の採用はコンセンサスが得られずに最後まで残りましたが、自国提案のとおり、付加価値基準を入れた規則となりました。

 その真逆に位置するのが米国で、非特恵原産地規則は、繊維規則及びカナダ・メキシコからの輸入品に適用されるNAFTAマーキング・ルールを除いて、制定法が適用されず、基本的に概念定義を解釈した判例の積み重ねであるので、HS分類の変更は単なる参考情報として取り扱われるに過ぎません。
 HSの項又は号の変更に基づく品目別原産地規則が調和規則のあるべき姿として示された事実は先人の知恵として十分に考慮に入れるべきと考えます。

4. 特恵原産地規則との相違

4-1 根拠法の相違

 非特恵原産地規則を理解するためには、特恵原産地規則との違いを明確にしておかなければなりません。特恵原産地規則は、国定税率、最恵国 (WTO) 税率に加えて特恵関税率が併存する場合に、最恵国税率を適用せずに例外的に特恵税率を適用する場合の基準です。したがって、特恵関税率を適用できる 「原産品」 を決める (原産資格を判断する) 規則として特恵原産地規則が必ず存在します。

4-2 通関時の適用順位と役割の相違

 特恵原産地規則を適用した結果、すべての要件を満たす原産品と認められれば特恵税率が適用されます。この場合、特恵原産国と非特恵原産国を通関上、便宜的に同じとする国は多いのですが、米国は特恵税率適用と非特恵原産国の決定及びその表示とは全く別の法制度と整理しています。

 一方、要件を満たさずに特恵原産品と認められなければ、特恵税率が適用されることはありません。この場合、国定税率又は国定税率を軽減した最恵国税率が適用されるのですが、そのどちらを適用するかについて非特恵原産地規則を適用し、WTO加盟国 (又はWTO非加盟であっても最恵国税率を適用することが認められている国) の原産品であるか否かを決定する必要があります。近年、WTO加盟国が増えたといっても164か国・地域に過ぎず、日本が国家承認している国に日本を加えると196か国 (国家承認していない北朝鮮を加えると197か国)[1] になる (外務省ウェブサイト) ので、最恵国税率の適用の観点からも、非特恵原産地規則の必要が全くなくなったわけではありません。

4-3 実務上の取扱の相違

 特恵原産地規則においては、積送要件がほぼすべての規則において課せられます (前回の 「GSP原産地規則の創設時からの変遷」 で述べたように、豪州のGSPを例外とします)。これは、輸送途上での第三国におけるすり替え、産品の加工、国内市場への流入などを防止するためですが、非特恵原産地規則にはこの要件は存在しません。

 また、特恵原産地規則には産品の原産性の証明・申告義務があるのに対して、非特恵原産地規則にはありません。逆に非特恵貿易における原産地証明書の提出は必要な場合に限定して求めるべきとされています (改正協定規約個別附属書K第2章2 (勧告規定))。

4-4 非特恵原産地規則の多様性

 既述のとおり、非特恵原産地規則は国によって複数存在する場合もあれば、そもそも全く存在しない場合もあり得ます。本稿の冒頭での原産地規則協定第1条の説明と重複しますが、代表的な政策目的と現在の状況を述べれば以下のとおりです。

5.  調和規則不存在による不都合

 調和規則が合意・実施されていれば、最大のメリットとして原産地規則にWTO関税評価協定、HS条約同様の世界標準が誕生していたことです。その場合、輸出国と輸入国で原産地判断基準として同じ規則が適用されるため、原産地に係る透明性、予見可能性は著しく向上していたことでしょう。少なくともアジア地域の過半の国で非特恵原産地規則を適用しないという事態は存在しません。こうした問題が表面化するのは原産地表示の分野ですが、特に主要な輸出先の非特恵原産地規則が異なると、原産地表示に係る事務処理が極めて煩雑になります。例えば、特定の物品への原産地表示が義務化されている米国向けに生産した物品に「made in XX」と刻印してしまった場合、急遽、EU向けに転売しようとしても、EU加盟国税関で原産地誤認表示として通関を止められるおそれがあります。

 次回、更に詳しく述べることになりますが、米国に輸出するに際して悩ましい対中国追加関税の賦課要件としての中国原産であるか否かの判断は、米国の非特恵原産地規則を適用して行われます。この場合、米国非特恵原産地規則の特異性ゆえに原産国判断に悩む事業者が数多く存在する事実に鑑み、透明性、予見可能性が高い調和規則が適用できるのであれば、困難の度合いも半減することになっていたはずです。非特恵原産地規則の調和を頓挫させた最大要因は、米国が 「影響問題」 として提起した調和規則の貿易救済措置への適用にあったわけですが、その米国において、判例法として成り立つ現行非特恵原産地規則を、関税分類変更基準をベースとした成文法に差し替えるべく米国税関が少なくとも3度法案を議会に提出し、その都度否決されるという代償を払っているということは歴史の皮肉というほかありません。調和規則の完成を最も待ちわびていた当事者に米国税関が含まれるのは間違いなく、その破綻を最も望んでいた当事者にダンピング防止法を所掌する米国商務省ほかの通商政策当局が含まれることも間違いないことと思います。


[1]  https://www.mofa.go.jp/mofaj/area/world.html


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?