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第1話 美術品、収集品、骨董品の原産国は?

(2016年11月2日、第1話として公開。2021年12月9日、note に再掲。)

 筆者がWCO事務局で勤務していたころの昔話です。書画、彫刻等の美術品、骨董品に課せられる関税は、我が国では基本税率無税となっており、原産地がどこであるかを貿易実務者として思い悩む必要はなく、保険をいくら付保するか、梱包をどうするか等が実務上の問題であったと記憶しています。ところが、原産地規則を作る側の人々は、大いに悩み苦しんだ経験があります。WTO非特恵原産地規則(注1) の調和作業において、無名の画家の水彩画も、ピカソの油絵も、著名な中世の美術品、骨董もHSに分類される「物品 」(注2)の一つであることから、品目別原産地規則の策定対象となりました。ところが、保護対象となっている文化財の中には、国家間の戦争の都度、その所在が変わることがありました。ある国の代表的な文化遺産としての美術品、標本、収集品等が、異なる国の美術館の代表的な展示品になっていたりするのはご承知のとおり。この問題は、原産地規則が技術的観点からのみでは決められない、象徴的な事案でした。

 技術的な観点から論じますと、非特恵原産地規則では一般的に、「完全生産品」と「実質的変更が行われた物品」とを区別して原産国を決定します。例えば、書画、彫刻では、絵具、キャンバス地、木彫用材木等のすべての材料が同一国の原材料から生産されていれば、制作者の国籍、使用された道具の原産国にかかわらず完全生産品となり、その国が原産国となります。一方、制作に他の国から輸入した材料を使っていたとすれば、実質的変更基準を満たした国が原産国となります。理屈から言えば、書画、彫刻が制作された国が原産国となりそうですが、WCOでの議論ではそう簡単にはいきませんでした。まず、制作されてから千年を超えるような文化財の「原産国」は、現在、後継国が存在しない場合が多々あります(そうなると、貿易統計の計上に混乱を生じます。)。また、ある国は、本件は極めて政治性の高い問題であって、技術的観点から原産国決定の方式を決めてしまうと、文化遺産の保護に関する政策に不都合な影響を及ぼす恐れがあると主張しました。すなわち、文化財の帰属について国家間で係争中である場合、当該文化財を原産国に返還すべしとする根拠に使用されかねないということです。このため、技術的な観点から議論する技術委員会での作業にはなじまず、HS第97類の物品の品目別規則の各提案はスクエア・ブラケットを付して(コンセンサスのない未決定のものとして)WCOでの議論の内容と共にWTOに送付し、WTOでの政策的な決定に委ねるべしとの結論となり、結果的に、WCOでの本件の審議は打ち切られました。

 一方、骨董品ですが、物品が骨董として分類されるためには、当該物品が製作後100年を超えている場合に限るので(注3) 、「中古家具、絨毯等は、製作後100年を超えた瞬間に、骨董品として生産国から所在国に原産国が変わるのか」という問題が議論されました。実質的変更の有無を判断する基準としては、世界的にHS項(4桁)の変更ルールが最も広く使用されています。そこで、新品で輸入された木製机(HS第94.03項)が輸入国で100年経過すれば実質的変更が生じ(骨董品としてHS第97.06項に分類)、原産国が生産国から所在国に移転することになります。各国代表団は概ね問題なしとしておりましたが、上述のとおり、HS第97類に分類される物品はすべて審議打ち切りでWTO送りとなってしまいました。ここで注目された「時」が直接、間接に実質的変更の要因となる事象については、別途、論じてみたいと思います。例えば、製品の劣化により出力が衰え、HS分類が変わってしまう等の場合です。

 最後に、WTOでの議論の結果をお知らせしておきます。コンセンサス決定はありませんが、議長の最終パッケージ提案は以下のとおりです(分かりやすく意訳します。)。


  • 〔書画(肉筆のもの)の原産国は、当該書画が制作された国とする(号変更ルール)。〕

  • 〔彫刻の原産国は、当該彫刻が制作された国とする(項変更ルール)。〕

  • 〔標本の原産国は、当該標本が発見された国とする。収集品の原産国は、当該収集品の所有者の国籍とする。〕

  • 〔骨董品の原産国は、当該物品が製作・創作された国とする。製作・創作された国が不明である場合には、項の変更が生じた国(100年を超えることとなった国)とする。〕


(注1)  非特恵原産地規則は、特恵原産地規則以外の物品の原産国を決定するために加盟国が適用する法令及び一般に適用される行政上の決定と定義されますが(原産地規則協定第1条1)、簡単に整理すると、物品の原産国(国籍)を決めるためのルールです。一方、FTA、EPA等の特恵原産地規則は、輸入されようとする産品が通常の税率よりも低い特恵税率を適用するための資格を満たしているか否かを決定するためのルールです。

(注2)  英語の「a good, goods」は、経済連携協定(EPA)原産地規則では「産品」、非特恵原産地規則では「物品」と訳されています。一般特恵(GSP)でも「物品」を使用しています。

(注3)  HS分類では、美術品、収集品、標本等の第97.01項から第97.05項に記載される種類の物品は、たとえ100年を超えていても骨董品には分類されません。

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