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第2部 EPAによる節税:      規則の適用と救済規定の利用  

 第2部は「EPAによる節税」と題して、特恵制度のうちEPA (経済連携協定) によってどのような節税が可能になるかについて、輸入品に適用される税率には様々な種類があること、EPA特恵制度を利用することでより低い税率の適用が可能であること、EPA特恵税率を適用するためには輸入される産品が原産品であること、産品の素材構成から見た原産資格要件が完全生産品定義と実質的変更基準から成り立っていることなどについて述べてきました。特に、グローバル化した世界では生産工程が細分化され、工程の下流に向かって進むにつれて部品・部材の調達で国境を越える頻度が高くなると実質的変更基準が最もよく使用されるようになることから、実質的変更を表現するための三つの方法(関税分類変更、付加価値、加工工程)について詳しく説明しました。

 今回は、まず、産品の原産性判断を行なう際に要となる概念である、原産品の領域的範囲について説明します。原産品の領域的範囲を決定する概念については、産品の原産性判断を各締約国の領域に限定して行う「国原産」の考え方と全締約国の領域に拡大する「地域原産[1]」の考え方が存在します。この概念を十分に理解しておかないと累積規定の理解に支障をきたすので、あえて最初に説明することとします。

 次に、品目別規則の適用に際して必要となる技術手法である「ロールアップ」及び「ロールダウン」の適用について説明します。前回の実質的変更を説明した際に「トレーシング」手法について詳細を説明したところですが、「ロールアップ」及び「ロールダウン」はトレーシングを行なわずに材料の原産性判断を行なう際に使用する「決め方」に関するルールです。すなわち、当該材料が原産性基準を満たす場合には原産材料扱いし、満たさない場合には非原産材料扱いするという、ごく自然な原産性決定ルールです。

 三番目に、原産性判断基準の中で最も難解な累積規定を具体的かつ詳細に解説します。累積規定とは、簡単に説明すると、他の締約国で原産資格を得た産品又は他の締約国で原産資格を得られなかった産品を自国(輸出締約国)での産品の生産に使用する場合に、他の締約国で原産資格を得た産品を自国での産品の生産に際して原産材料として取扱い、又は他の締約国で原産資格を得られなかった産品に対して行われた生産行為を自国での産品の生産に際して行われた生産行為として取り扱うことができるとする規定です。

 四番目に、僅少の非原産材料(de minimis、デミニミス)規定と呼ばれる規定を説明します。この規定は、関税分類変更(又は、一部の協定ですが、関税分類変更に加えて加工工程)の適用において、当該原産性判断基準を満たさない要因となった非原産材料の使用が産品の価額又は重量の僅かな部分であった場合に、これらの材料の使用を「大目に見る」、「考慮しない」ことができる規定です。この規定は、付加価値に基づく判断基準に対して適用することはできません[2]。累積規定とデミニミス規定は産品の原産資格をより得やすくするために策定されていることから、この二つの規定を総称して「救済規定」と呼ぶことがあります。

 五番目に、表面的に実質的変更基準を満たしていても原産資格を与えることとならない作業(条文のタイトルは様々で、軽微な工程及び加工などとも呼ばれます。)を説明します。かつてはスタンダード規定としてWTO原産地規則協定においても調和規則に含めるべき規定として整理されていましたが、北米を中心に、品目別規則を満たすことで得られた原産資格を抽象的、主観的な基準で否認すべきでないとして、本規定を置かない協定も増えつつあります。こうした主観の介在に対してどのように対応してきたかを含め、詳しく説明します。

 六番目に、これまで触れてこなかった技術的な規定を簡単に説明し、最後にまとめとして第2部を締めくくります。

1. 原産品の領域的範囲

 原産地規則を産品に適用して原産資格を付与するに際して、「どこの原産品か」という原産品の領域的な範囲を定める概念として「国原産」と「地域原産」があります。

1.1 「国原産」の概念

 「国原産」とは、その名のとおり、輸出締約国の領域で生産された産品・材料又はその領域内で行われた生産行為を対象として産品の原産性判断を行なう概念です。欧州の大半の特恵原産地規則で使用され、欧州の特恵原産地規則の影響を受けたアジア、アフリカ諸国などでも一般的に使用されています。この概念の見分け方は簡単で、EPA協定の原産地規則章の「原産品」を定める規定において下の図表1の「規定文言」のように規定されます。

 「国原産」の概念は締約国を一単位として原産性判断を行なうため、輸出締約国に輸入される他国産品はすべて非原産品として取り扱われます。このため、他の締約国の原産品を輸入して自国で生産する産品の材料として使用する場合であっても非原産の材料となってしまうので、締約相手国産品を原産地規則上優遇して産品の原産資格を得やすくするために、締約相手国の原産品を自国産品の生産に際して原産材料扱いしたいと欲する事業者を「救済」する累積規定が置かれます。

1.2 「地域原産」の概念

 「地域原産」とは全締約国を一領域とみなして、輸出締約国における産品の生産に使用された他の締約国の産品及び他の締約国で行われた産品の生産行為を、輸出締約国で行われた場合と同様に原産性判断の対象とすることができる概念です。この概念を採用する原産地規則は、EPA協定の原産地規則章の「原産品」を定める規定において一締約国に限定しない書き方をしています(図表2参照)。

 したがって、地域原産の考え方に従えば、輸入された非原産品とは非締約国から締約国グループのいずれかの締約国に輸入された産品を意味します。他の締約国の原産品を優遇して輸出締約国の産品の原産資格を得やすくすることが累積規定の目的であれば、その手段として他の締約国の原産品を自国の原産品扱いすること及び他の締約国における生産行為を自国の生産行為として取り扱うことは地域原産の概念に予め含まれていることがお分かりになると思います。すなわち、地域原産の概念を採用する原産地規則には累積規定は不要であるということです。

2.  「ロールアップ」及び「ロールダウン」

 「ロールアップ」及び「ロールダウン」は実務上使用されている用語で、協定上の正式な用語ではありません[3]。EPA協定には「ロールアップ」(を意味する行為)をしてもよいという規定を置いていますが、「ロールダウン」については概念を定めた規定すらありません。「ロールアップ」及び「ロールダウン」の概念は、輸出締約国における産品の原産性判断の過程で、生産工程の途中の段階に位置する材料の原産性判断を行なうことができるようになった際に新たに導入されたものです。

 前回、産品の原産性を判断する方法として「産品に直接組み込まれ又は直接加工される材料」の原産性判断を粗原料の段階まで遡って「真の」非原産材料を特定した上で行なうことができることを説明しました。「ロールダウン」とは、あえて手間とコストをかけて当該材料に含まれる「真の」非原産材料を探し出すために生産工程をトレースする必要がない場合に、当該材料を非原産材料としてしまう(ロールダウン)ことです。逆に、「ロールアップ」とは、原産性を判断しようとする材料が原産性基準を満たす場合に原産材料扱いできることを意味します。

 「ロールアップ」及び「ロールダウン」は、当該材料の生産に非原産材料と原産材料の双方が使用される場合であっても、結果的に100%原産又は100%非原産として取り扱うことになるので、例えば付加価値計算においては「ロールアップ」を多く使用することによって結果として得られる付加価値の数値は実際の数値よりも大きくなります。逆に、せっかく原産扱いできる原産材料、労賃、国内輸送費などが加算できるのにもかかわらず「ロールダウン」することによって、これらを0%付加価値としてしまうことになり、結果として得られる付加価値の数値は実際の数値よりも少なくなります。

 事業者は、「ロールアップ」が産品の原産資格を得るために有利に働くことを承知しているので、「ロールアップ」をあえてせずに任意にトレースを行なうようなことを選択することはありません。これに対して、「ロールダウン」は事業者が産品の原産資格を得るために不利になることから、事業者の意思によって、あえて「ロールダウン」して当該材料を100%非原産としてしまうか、手間とコストをかけて生産工程を遡って「真の」非原産材料を見つけるかのどちらかを選択することができます。なお、あえて「ロールダウン」する合理的な理由もあります。例えば、産品の付加価値の閾値を満たすために十分な数値が得られていること、産品の生産に使用する材料が関税分類変更要件を満たす関税番号に分類されることなどが挙げられます。

3. 原産性の累積

 1.1(「国原産」の概念)で簡単に触れましたが、累積規定を必要とするのは「国原産」の概念を採用する原産地規則に限られます。累積規定には、(i) 他の原産材料のみを累積対象とする(モノの累積)規定と(ii) 他の締約国における生産行為を累積対象とする(生産行為の累積)規定の二つが存在し、(i) が単独で規定されるのに対し、(ii) は常に(i)と共にセットで規定されます。そのため、(i) のみの規定を「部分累積[4]」、(i)と(ii)をセットにした規定を「完全累積[5]」と呼ぶことがあります。

 以下に累積規定の内容を整理してみます。

累積規定とは、
(i)  国原産の概念を採用する原産地規則において、
(ii)  他の締約国で原産資格を得た材料又は他の締約国で原産資格を得られなかった材料を自国(輸出締約国)での産品の生産に使用する場合に、
(iii)  他の締約国で原産資格を得た材料を自国の原産材料として取扱い、又は
(iv)  他の締約国で原産資格を得られなかった材料に対して行われた生産行為を自国で行われた生産行為として取り扱う
ことが (v) できるとする規定です。

 上記の内容を順に解説していきます。

3.1 「国原産」の概念を採用する原産地規則

 原産性判断において原産品の領域的範囲を決定する概念には「国原産」と「地域原産」の二つが存在し、「地域原産」の概念を採用する原産地規則においては全締約国を一体として原産性判断を行なうため、あえて累積規定を設ける必要がないことを説明しました。

 この説明に矛盾するようですが、図表2(「地域原産」の概念を採用するEPA一覧)に掲げられる3協定のうち、日米貿易協定を除く2協定には累積規定が存在します[6]。この理由としては、EPA交渉では条文策定における既存条文の前例踏襲が一般的慣行として行われていることから、「地域原産」の概念を採用しながらも累積規定を置くNAFTA協定原産地規則をモデルの一つとした日メキシコ協定、TPP12及び同11で累積規定の設置が合意され、確認規定として置かれたものと考えられます。これらの累積規定には、累積概念の適用に係る任意性を明確化しているので、産品の生産に使用した部材の生産に関与した全締約国において関連生産工程を遡及して、生産の全容を把握しなければならないという解釈にはなりません。これは、一国内における原産性判断のためのトレーシングが任意であることと同じです。したがって、輸出締約国の産品の原産資格は当該産品に適用される原産性基準を満たすことが立証されれば足りるので、輸出締約国で生産された材料だけを考慮することで原産資格を満たすのであれば、他の締約国で生産された材料が実際には原産品であったとしても、輸出締約国での産品の原産性立証に不要となり、この材料を非原産として取り扱っても差し支えありません。

 一方、日米貿易協定のように相当数のFTA・EPAを締結してきた先進国同士の協定では、地域原産の概念を採用する限り累積規定が不要であることは自明であるので、あえて累積規定を置いていません。また、上記コラム(地域原産の起源)において例示したEEA原産地規則においても、欧州経済領域を一体として原産性を判断することから累積規定は置かれていません。

3.2 累積の対象となる産品・行為と累積規定が適用可能な場合

 「国原産」の概念を採用する原産地規則においては、輸出締約国における産品の生産に焦点を当てることから、他の締約国の産品を含めて他国から輸入した産品を自国の産品の生産に材料として使用した場合には、一律に非原産材料として取り扱われます。そのため、任意規定である救済措置としての累積規定を必要とし、適用する対象となるのは、
➀ 他の締約国で原産資格を得た材料、又は
② 他の締約国で原産資格を得られなかった材料に対して行われた生産行為
であって、これらの非原産の産品を
③ 自国での産品の生産において材料として使用する
場合に限られます。したがって、非締約国である第三国の産品は累積の対象とはなりません。

3.3 他の締約国で原産資格を得た材料を自国の原産材料として累積(モノの累積)

 累積の対象となる産品として上記①の「他の締約国の原産品」があります。自国での産品の生産に材料として他の締約国の産品を使用した場合、これを原産材料として取り扱うことができるというものです。RCEP協定の累積規定(第3.4条第1項)を引用すると、以下のとおりです。

この協定に別段の定めがある場合を除くほか、第3.2条(原産品)に定める原産品の要件を満たす産品又は材料であって、他の締約国において他の産品又は材料の生産において材料として使用されるものについては、完成した産品又は材料のための作業又は加工が行われた当該他の締約国の原産材料とみなす。

 このような、他の締約国原産品の累積を「モノの累積」又は「部分累積」と呼ぶことは既に説明したとおりです。この考え方は、ロールアップ及びロールダウンの概念を、国境を越えて適用した結果として導かれるものです。すなわち、他の締約国から輸入される産品が原産性基準を満たす場合には、たとえ当該産品の生産に非原産材料が使用されていたとしても、当該産品全体として原産品扱いし(越境ロールアップ)、原産性基準を満たさない場合には、たとえ当該産品に原産材料が含まれていたとしても、当該産品全体を非原産扱いします(越境ロールダウン)。

 締約国間での物品貿易において、原産品を輸出した場合には輸入締約国でEPA税率が適用され、節税になることに加え、当該原産品が輸入締約国の生産者によって材料として使用された場合には原産材料として取り扱うことができます。この生産者が国内のサプライヤーから部材を調達した場合には、当該サプライヤーがその部材の原産性を立証しなければ原産材料として取り扱うことができませんが、他の締約国から原産品として輸入された材料であれば輸入時において原産地証明書又は自己申告書によって原産性の証明がなされているので、立証済の原産材料として使用することが可能です。

 一点付言しておくと、累積規定を適用するのは他の締約国の原産品を輸出締約国で生産される産品の材料として使用し、結果的に当該産品が原産品として他の締約国に輸出されることを前提としています。そのため、二国間協定であれば、部材の輸出国は相手国において生産の後、相手国から輸出される産品の輸入国となります。すなわち、相手国原産品を材料として加工再生産された新たな産品が締約国間を往復することになります。RCEPのような複数国間の協定であれば、日本と中国又は日本と韓国との間の往復にとどまらず、中国から日本に輸入されたRCEP協定の中国原産品を部材として生産された産品がRCEP協定の日本国原産品としてタイなどに輸出され、更にタイで生産される産品の材料として使用され、豪州にRCEP協定のタイ原産品として輸出されることもあり得ます。

3.4 他の締約国で原産資格を得られなかった材料に対して行われた生産行為を自国の生産行為として累積(生産行為の累積)

 もう一つの累積対象として、上記3.2の②「他の締約国で原産資格を得られなかった材料に対して行われた生産行為」があります。この累積が意味するのは、他の締約国から材料が輸入された時点では当該材料は非原産品としてEPA税率の適用は受けられません。この材料が輸出締約国で産品に組み込まれ、又は加工される段階において、当該産品の原産性判断基準が付加価値であるならば、当該材料の原産要素(例えば、他の締約国の原産材料、労賃、利益など)のみを輸出締約国の付加価値とみなすことができ、加工工程であるならば、当該材料に対して行われた生産行為を輸出締約国で行われた行為として原産性判断を行なう(例えば、2工程を必要とする布の生産において、他の締約国で行われた紡績工程を輸出締約国で行った製織工程に足し合わせて2工程を満たす)ことができます(越境トレーシング)。日EU・EPAの累積規定(第3.5条第2項)を引用すると、以下のとおりです。

一方の締約国において非原産材料について行われた生産は、産品が他方の締約国の原産品であるかどうかを決定するに当たって考慮することができる。

 この生産行為の累積概念は、本来ロールダウンして非原産材料扱いされるものを、生産工程を遡及することによって「真の」非原産材料を特定し、原産資格を得やすくするトレーシング手法と同じです。しかしながら、自国内であれば事業者の自由な選択によって(手間とコストをかけて)生産工程をトレースすることができますが、他の締約国から輸入された材料に対しては「国原産」の考え方を採用する規則である以上、他の締約国から輸入される材料は非原産材料となることから、事業者が自由選択によって非原産材料の中の原産要素を掴み取ることはできません。あくまでも生産行為の累積を認める規定の存在を前提とします。したがって、生産行為の累積を認める規定がない協定においては、非原産品として輸入された他の締約国の材料は輸出締約国で産品の生産に使用されたとしても非原産扱いされます(越境ロールダウン)。

 なお、念のために説明を加えておきますが、「モノの累積」を適用した結果として原産材料となった場合には、他の締約国で行われた生産行為は当然のこととして自国(産品の輸出締約国)で行われたものとみなすことができます。

 日本が締結しているEPAのすべてで生産行為の累積が認められているわけではなく、以下の協定に限られます。

3.5 累積規定適用の任意性

 累積規定の適用は任意であることから、事業者が自国材料のみで原産性判断を行なう意思がある場合には、あえて他の締約国の原産品又は非原産品の中の原産要素を抽出して原産性判断に足し合わせる必要はありません。他の締約国の原産品は原産地証明書又は原産品申告書類によって立証ができますが、一般税率が無税であるなどの理由によってEPAを利用せずに輸入された他の締約国の原産品、生産行為の累積を意図した非原産材料の原産要素の立証には、他の締約国の輸出者の協力が必要になります。

4. 僅少の非原産材料(デミニミス)規定

 僅少の非原産材料(de minimis、デミニミス)規定は、関税分類変更、又は一部の協定に限られますが、関税分類変更に加えて加工工程の適用において、当該原産性判断基準を満たさない要因となった非原産材料の使用が産品の価額又は重量の僅かな部分であった場合に、これらの材料の使用を「大目に見る」、「考慮しない」ことができる規定であり、付加価値に基づく原産性判断には適用できない旨説明しました。また、完全生産品に対しても適用はありません。この規定が適用される原産性基準、品目分野を例示すると、以下のとおりです。

5. 原産資格を与えることとならない作業/軽微な工程及び加工/十分な変更とはみなされない作業又は加工

 タイトルは様々ですが、日本国が締結した20ものEPAのうち、本規定はTPP11、日米貿易協定を除くすべてのEPA 原産地規則に採用されています。本規定は、基本的に迂回防止規定で、第三国製品・材料が締約国に輸入され、そこでラベル貼り、再包装、切断、選別、水による希釈などの簡単な作業によって関税分類変更が生じ、特定の加工工程を行なったとしても、実質的変更とはみなさないという規定です。何を軽微な工程、作業、加工とするか、また、付加価値を本規定の対象とするかは協定によって異なり、対象としない場合、第三国製品を再包装して、商標を貼付し、利益を多く乗せることで付加価値の閾値を超えれば、原産品となります。以下にそれぞれの協定の該当条文をグループ分けして例示します。全く同じ文言が使用されているわけではありませんが、内容は同じです。

5.1 関税分類変更及び加工工程のみに適用される協定

 実質的変更基準のうち、付加価値を基準とする規則には適用しない協定は、次のとおりです。

➀ 日マレーシア (31条)、日ベトナム (30条)、日フィリピン (32条)、日タイ (31条)、日ブルネイ (27条)、日インドネシア (32条)、日アセアン (30条)

産品については、次の作業が行われることのみを理由として、附属書2に定める関税分類の変更又は特定の製造若しくは加工作業の要件を満たすものとしてはならない

(a)          輸送又は保存の間に産品を良好な状態に保存することを確保する作業(乾燥、冷凍、塩水漬け等)その他これに類する作業
(b)          改装及び仕分
(c)          組み立てられたものを分解する作業
(d)          瓶、ケース及び箱に詰めることその他の単純な包装作業
(e)          統一システムの解釈に関する通則 2 (a) の規定に従って一の産品として分類される部品及び構成品の収集
(f)           物品を単にセットにする作業
(g)          (a) から (f) までの作業の組み合わせ

 日シンガポール (26条)

次の作業は、第23条3に規定する十分な変更とはみなさない
(a) から (g) までの上記日マレーシア規則に加え、ラベル貼り、単なる切断、単なる混合を追加
2 締約国は、産品の原産地資格割合を計算するに当たって、1に規定する作業による価値を除外してはならない
3 (省略)

5.2 付加価値を含むすべての実質的変更基準に適用される協定

 規定の文言から付加価値を含むすべての実質的変更基準に適用されると解釈できる協定は、次のとおりです。

➀ 日ペルー (42条)、日チリ (40条)、日モンゴル (3.7条)、日豪 (3.7条)、メキシコ (34条)

1  産品は、次の作業が行われたことのみを理由として締約国の原産品としてはならない
日ペルー、日チリ、日モンゴルは、5.1の日マレーシアほかと同じ。日豪では、物理的変更によらない関税分類の再分類、日メキシコでは、希釈、ラベル貼り、洗浄が追加されている。
2  1の規定は、附属書3に定める品目別規則に優先する。

② RCEP (3.6条) 、日EU (3.4条)、日英 (3.4条)、日スイス (附属書2-7条)、日インド (33条)

この章の規定にかかわらず、産品を生産するために非原産材料に対して行われる次の工程については、当 該産品に原産品としての資格を与えるための十分な作業又は加工とはみなさない。
(a)        輸送又は保管のために産品を良好な状態に保つことを確保する保存のための工程
(b)        輸送又は販売のために産品を包装し、又は提示する工程
(c)        ふるい分け、選別、分類、研ぐこと、切断、切開、破砕、曲げること、巻くこと又はほどくことから成る単純な (注) 処理
(注) この条の規定の適用上、「単純な」として規定される活動とは、専門的な技能又は特別に生産され、若しくは設置された機械、器具若しくは設備を必要としない活動をいう。
(d)        産品又はその包装にマーク、ラベル、シンボルマークその他これらに類する識別表示を付し、又は印刷する工程
(e)         産品の特性を実質的に変更しない水又は他の物質による単なる希釈
(f)        生産品の部品への分解
(g)        動物をとさつする工程(注)
(注) この条の規定の適用上、「とさつ」とは、動物を単に殺すことをいう。
(h)         塗装及び研磨の単純な工程
(i)        皮、核又は殻を除く単純な工程
(j)        産品の単純な混合(異なる種類の産品の混合であるかどうかを問わない。)
(k)          (a)から (j) までに規定する二以上の工程の組合せ

日EU、日英、日スイスでは、上記RCEPの(a)から(k)に加えて、洗浄、アイロンがけ、砂糖の着色、瓶詰、HS通則 2 (a) の適用による部品の収集などが追加されています。また、日インドでは、上記RCEPの(a) から (k)に加えて、洗浄、瓶詰、HS通則 2 (a) の適用による部品の収集、単純な切断、部品の単純な組立を含み、皮の除去などの単純な工程を含みません。

 本規定の適用においては、多くの協定において「単純な」という形容詞の定義を伴わないために客観的な基準ではないとの批判がありました。これに対して、EU では「単純な」の一般的定義を定めており、上記の5.2の②に記載された協定でも採用されています。その一般的定義とは、当該工程を行うために専門的な技能又は特別に生産され、若しくは設置された機械、器具若しくは設備を必要としない場合には、当該工程は、単純な工程とするというもので、技能と機械・器具・設備の両面から専門性を判断できる実用的な定義です。

6. その他の技術的規定

6.1 代替性のある産品又は材料

 「代替性のある産品又は材料」規定は、混在した産品・材料の原産資格を会計原則に基づく在庫管理方式に則って割り振ることを許容する規定です。特恵制度を活用する上で、原産性判断及び輸入国税関の確認手続きに備えるためにも、原産材料と非原産材料は物理的に分離して保管することが最善の管理方法ですが、継続的に使用する部品・材料(例えば、ボルト、ナット、ネジ)のサプライヤーが一定でない場合に、入札価格によって月毎、四半期毎にサプライヤーが入れ替わり、原産材料と非原産材料とが物理的な保管スペースの関係で混在してしまうことも生じます。当該部品に原産国、品番等の刻印がなく、物理的に誰がどこで生産したものであるかを特定することができない場合には、これらの産品・材料に対して本規定を適用して原産、非原産を割り振ることから、モノとしては非原産でありながら原産品とされることも、その逆のことも起こります。

6.2 附属品、予備部品、工具及び解説資料その他の資料

 「附属品、予備部品、工具及び解説資料その他の資料」の規定は、原産性判断基準の要件が産品そのものに対して適用されるものであることから、当該産品本体が当該要件を満たすのであれば、商習慣上、産品と一緒に納入される附属品等について、完全生産品定義に該当するか (TPP11、日EU等)、当該産品の品目別規則のうち関税分類変更要件又は加工工程要件を満たすことを求めない (又は原産材料扱いする) ということを明確にしたものです。一方、付加価値要件については、産品の原産性判断に当って当該附属品等の価額を原産又は非原産として考慮します。しかしながら、商習慣を超えて、当該附属品が多数、多品種、高額である場合には、そもそも産品と同一分類されず、附属品等は単独の産品として原産資格を審査されることになります。「附属品、予備部品、工具及び解説資料その他の資料」として取り扱われるのは、以下の2 要件を満たす場合です。
①  産品と同一分類され、産品と同一のインボイスで、産品と共に納入され、かつ、
②  種類、数量、価額が慣習的なもの。

6.3 小売用の包装材料及び包装容器

 「小売用の包装材料及び包装容器」規定は、附属品等に適用される規定と同様に、原産性判断基準の要件が産品そのものに対して適用されるものであることから、当該産品本体が当該要件を満たすのであれば、産品の小売包装のために使用される材料・容器について完全生産品定義、当該産品の品目別規則を満たすことを求めないということを明確にしたものです。「小売用の包装材料及び包装容器」として取り扱われるのは、これらが、産品と一体として分類される場合に限られます。

6.4 輸送用のこん包材料及びこん包容器

 「輸送用のこん包材料及びこん包容器」規定は、前述の規定と同様に、産品の原産資格とは本来無関係である、輸送時に産品の状態を安定させ、品質を保護するために使用されるこん包材料・容器について、産品本体の原産資格の判断に当たって考慮しないことを定めたものです。

6.5 間接材料・中立的な要素

 「間接材料」の概念は北米で使われ、「中立的な要素」の概念は欧州で使われることが多いようですが、両者の意味するところは同じです。すなわち、産品の生産に当たって使用される材料の中には、産品を構成し、産品の一部として組み込まれる材料と、産品の生産を促進・助長するための材料で産品本体には組み込まれないものとに分けられますが、「間接材料」、「中立的な要素」は、後者を意味します。

 RCEP、TPP11 などにおいては、間接材料は原産材料とみなされます。品目別規則は、通常、非原産材料に焦点を当てて要件の具備を求めますので、間接材料を原産材料とみなすことで原産性判断の対象から除外しています。しかしながら、TPP11 においては、付加価値基準の算定方式の一つに原産材料に焦点を当てた積上げ方式が存在しますので、規則上は原産材料として間接材料を加算できることになります。この取扱いは異例であり、将来的にはこの部分の見直しが行われるかもしれません。

 日EU・EPA においては、「中立的な要素」は産品の原産資格を判断するに当たって材料としての原産資格を決定する必要はないとされます。すなわち、産品に物理的に組み込まれず、当該産品の生産を促進・助長するための材料に対しては、原産・非原産を考慮する必要はなく、完全生産品定義、品目別規則の適用に当たって原産性判断の対象外とすることができます。したがって、産品を生産する工場を稼働させるための電気、燃料、生産のための機械、設備、工具、従業員の作業着等に要する経費は、産品の価額に反映されるとしても、付加価値基準の対象として原産材料又は非原産材料の割り振りをする必要がありません。

6.6 セット規定

 小売用のセットは、産品の包装の中に複数の他の産品(構成要素)を含むことから、果たして小売用のセットとして分類されるHS 項・号に適用される品目別規則を適用すべきか、当該セットのそれぞれの構成要素に適用される品目別規則を個々にすべて満たした場合にのみ小売用セットとしての原産性を付与するのか(ただし、価額の10%までのデミニミス救済を併設)、政策判断が分かれるところです。したがって、セット規定を置いている協定と置いていない協定がそれぞれ存在し、後者には、日メキシコ、日ペルー、日チリ、TPP11、日EU、日英、日米(米国規則) が該当します。

7. 第2部のまとめ

 以上で第2部を終え、次回から第3部(節税のための手続き)を2回に分けてお届けします。第2部は原産地規則の解釈の前提となる考え方などを中心に、基礎でありながら拙著を含むこれまでどの教科書にも書かれていない内容について、具体的に書き進めてきました。したがって、第2部の内容をよく理解していただければどの協定の解釈にも応用でき、EPA原産地規則のご理解が一層深まるものと考えます。

 第3部では、第2部の理論の世界とは全く異なる手続実務の世界についてのお話が中心になります。せっかく原産地規則の中味を理解したにもかかわらず、必要な手続きを怠れば得られるはずであった関税の節税が実現できません。次回は、原産地証明書と原産品自己申告書の記載のポイントなどを、制度の歴史にも触れながら説明します。


1. 財務省ウェブサイトでは「協定で定められた原産性概念」として「協定原産」という用語を用いていますが、EPAはすべて協定を法源としているので、筆者は、UNCTADほかの国際機関で使用されている「regional origin」の訳語としての「地域原産」を用いています。より厳密に定義すれば「輸出締約国原産」に対する「全締約国原産」又は「締約国グループ原産」が内容的には最も正確な用語となります。

2.  例えば、40%の付加価値付与を求めているにもかかわらず、5%分を「おまけ」として35%の付加価値付与でよいとするならば、初めから付加価値の閾値を35としておけばよいことになります。

3. 「ロールアップ」という用語は北米で使用され、その後世界的に広まっていきました。欧州では「吸収(absorption)」という用語で説明される場合もあります。

4. 「部分累積(partial cumulation)」という用語は、UNCTADなどの国際機関で使用されていますが、アセアン物品協定(ASEAN Trade in Goods Agreement:ATIGA)においては、次に説明する「生産行為の累積」を(条件付で)適用する場合に「部分累積」と呼ぶ旨を協定に書き込んでいます。したがって、相手次第で同じ用語の意味が異なってしまうことに注意が必要です。

5. 「完全累積(full cumulation)」という用語は、部分累積と同様にUNCTADなどの国際機関で使用されていました。「地域原産」の概念を「国原産」で同じ効果を持たせるには、モノと生産行為の両方の累積が必要なので、このような用語になったと考えられます。ATIGAでは「完全累積」の概念についても独自の考え方を有しており、「ロールアップ」を適用した結果、使用された非原産材料をすべて原産材料としてしまう(100%原産)ことをもって「完全累積」と呼んでいます。

6. TPP11第3.10条(累積)第2項は、「各締約国は、他の締約国の領域において他の産品の生産に使用される一又は二以上の締約国の原産品又は原産材料を当該他の締約国の領域における原産品又は原産材料とみなすことを定める。」と規定し、第3項は、「各締約国は、一又は二以上の締約国の領域において一又は二以上の生産者により非原産材料について生産が行われる場合には、当該生産が当該非原産材料自体に原産品としての資格を与えるために十分であったかどうかにかかわらず、産品が原産品であるかどうかを決定するに当たり、当該生産を当該産品の原産割合(originating contents)の一部として考慮することができることを定める。」


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