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第5部 非特恵原産地規則: 消費者保護を主目的とした「国産品」と知的財産権の一分野としての「地理的表示」

 前々回( 「特恵関税と関係がない原産地規則」)で詳しく述べたとおり、WTO原産地規則に関する協定 (以下「原産地規則協定」)の定義に従うと、非特恵原産地規則とは、「最恵国原則が適用されない特恵関税の適用のための原産地規則を除いた、通商目的に適用される全ての原産地規則」であるといえます。一方、物品の輸出入手続きとは直接関係のない分野においても原産地を決めるルールが存在します。例えば、原産地規則協定第2条(d) 及び第3 条 (c))では、

輸入品及び輸出品について適用する原産地規則が、物品が国内産品であるかないかを決定するために適用する原産地規則よりも厳しいものでないこと・・・

としていることから、貿易手続上の原産地と消費者保護を主目的とした「国産品」・「原産地」概念がそれぞれ別個の法令に準拠して存在することを前提とした規定になっています。

 また、知的財産権の一分野として取り扱われる「地理的表示 (Geographical Indication:GI)」は、原産地の概念を共有する法制度ではありますが、WTO 協定の附属書1C 「知的所有権の貿易関連の側面に関する協定 (Agreement on Trade-Related Aspects of Intellectual Property Rights: TRIPS 協定)」で定義及び取扱いが定められる分野であって、原産地規則協定適用の枠外にあると考えられます。

 今回は、これらの消費者保護を主目的とした「国産品」・「原産地」、知的財産権の一分野としての「地理的表示」の一般的概念及び日本における取扱いについて説明します。

1. 消費者保護を主目的とした「国産品」・「原産地」基準

 物品が国内流通する場合に、消費者保護の観点から当該物品が「国産品」であるか否かの基準を定めることがあります。こうした消費者保護が必要な品目分野は、原産地が商品の購入の際に影響を与える生鮮・加工食品、消費財などで、消費者が適切な商品識別判断ができるように正確な原産国又は原料原産国を表示することが求められます。また、貿易関連ルールなのか国内流通関連ルールなのか必ずしも判然としませんが、政府調達の際に輸入品と国産品とを区別する場合における輸入品の原産国判定に対しては、通常の貿易ルールとして適用される原産地規則と同じ規則を適用すべきことを「政府調達に関する協定」第4条第5項で定めています。

1-1 「国産品」であることの表示

 冒頭で引用したとおり、原産地規則協定では貿易に関連のない専ら国内で取引される物品の「国産」表示に関し、貿易のための原産地規則と同等又はより厳格であることを想定した規定を置いています。以下に、日本における国産品基準を説明します。

不当景品類及び不当表示防止法

 消費者庁が所掌する「不当景品類及び不当表示防止法 (以下「景表法」)」においては、第5条第3号の規定に基づく「商品の原産国に関する不当な表示」 (昭和48年公正取引委員会告示第34号)[1]で、国産品又は表示された国の商品であることを一般消費者が判別することが困難かという観点から不当表示を規制しています[2]

景表法第5 条 (不当な表示の禁止)

事業者は、自己の供給する商品又は役務の取引について、次の各号のいずれかに該当する表示をしてはならない。
三 前二号に掲げるもののほか、商品又は役務の取引に関する事項について一般消費者に誤認されるおそれがある表示であって、不当に顧客を誘引し、一般消費者による自主的かつ合理的な選択を阻害するおそれがあると認めて内閣総理大臣が指定するもの

景表法第7 条(措置命令)

内閣総理大臣は、・・・ 第五条の規定に違反する行為があるときは、当該事業者に対し、その行為の差止め若しくはその行為が再び行われることを防止するために必要な事項又はこれらの実施に関連する公示その他必要な事項を命ずることができる。・・・

 例えば、国産品又は外国産品に対して、外国又は原産国以外の国名、地名、国旗、紋章、事業者・デザイナーの氏名・商標の表示、文字による表示の全部・主要部分が外国又は原産国以外の国の文字で示されている表示がこれに該当します。また、「原産国」は、同告示の備考1で、「その商品の内容について実質的な変更をもたらす行為が行われた国」 と定義されるのみで、詳細な規定は通達レベルに落とされます。

 原産国決定に関する補足規定として、「『商品の原産国に関する不当な表示』の運用基準について」 (昭和48年公正取引委員会事務局長通達第12号) 第10号では、以下を「実質的な変更をもたらす行為」に含めない旨を定めています。
       (1)    商品にラベルを付け、その他標示を施すこと。
       (2)    商品を容器に詰め、又は包装をすること。
       (3)    商品を単に詰合せ、又は組合せること。
       (4)    簡単な部品の組立をすること。

 また、個別の商品の実質的変更行為については、「『商品の原産国に関する不当な表示』の原産国の定義に関する運用細則」 (昭和48年公正取引委員会事務局長通達第14号)[3] (図表1参照) で規定されています。

 日本における国産表示に係る原産国定義と貿易ルールとしての非特恵原産地規則を比較すると、国産表示上の日本原産となる商品は、概ねHS項変更が生じるものであるため、貿易ルールとの齟齬はないようですが、国産表示上の日本原産となる商品の例示は限られており、例示のない商品については概念規定である実質的変更が適用されることになります。その意味で貿易ルールとしての非特恵原産地規則の方が透明性、予見可能性に優れています。また、貿易ルールでは、日本における貿易ルールでは、基本的に「一物、一分類、一原産地」の原則があり、「一物」として分類できない物品は複数の物品として取り扱われ、原産地もそれぞれに認定されますが、国産表示では複数原産国を認めていることが特徴です。

1-2 食品表示法による原料原産地表示

 消費者の健康、衛生に直結する食品における原産地への関心は、他の消費財に比較すると著しく高くなります。2015年から実施されている新たな食品表示制度では、原則として、全ての一般用加工食品等に栄養成分表示を義務付け、個別の原材料や添加物にアレルゲンの表示が必要となりました。こうした消費者の関心の高まりを反映して、原産地分野においても、生鮮食品のみならずすべての加工食品を対象に原料原産地表示を義務付けるべく食品表示法上の食品表示基準が改正され、2017 年9 月1 日から実施されています (経過措置期間も2022年3月31日で終了)。一般用加工食品に関する新制度を簡単に説明すると、以下のとおりです。

 日本の原料原産地制度では、輸入食品がそのまま流通する場合には原産国表示が求められ、その際には (法令に明文規定はありませんが) 通関時の原産地基準である関税法施行令等が参考にされているようです。なお、食品表示基準において、「製造」はその原料として使用したものとは本質的に異なる新たな物を作り出すことで、「加工」とはあるものを材料としてその本質は保持させつつ、新たな属性を付加することを意味します。2017年以降の新制度は、これまで特定の加工食品に対して課されていた原料原産地表示義務をすべての加工食品に対して拡大したわけですが、飲食店で料理を提供する場合、容器に入れずにバルクで販売する場合などは表示の対象外となります。原材料として輸入素材を使用する場合において、当該原材料から加工食品・加工中間材料への変更が「商品の原産国に関する不当な表示」の原産国の定義に関する運用細則でいう「実質的な変更をもたらす行為」であれば、「製造」又は「国内製造」の文言が使用されますが、「国産」と表示することは原料原産地が「国産」と誤認されるおそれがあるため認められません。また、当該変更が「実質的な変更をもたらす行為」と認められない、すなわち、輸入素材の本質が保持される加工食品の場合には、当該輸入素材の原産国の表示が必要となり、使用した原材料に占める重量割合が最も高い原材料 (重量割合上位1 位の原材料)が原料原産地表示の対象となりますので、当該原材料の原産国表示が必要になります[4]

1-3 不正競争防止法上の原産地表示

 不正競争防止法においても原産地誤認表示に対応する規定が置かれており、同法上、「原産地」とは、「商品が生産、製造又は加工され商品価値が付与された地」のことをいうとされます (「逐条解説 不正競争防止法」 経済産業省知的財産政策室編、令和元年7月1日施行版)[5]

不正競争防止法第2 条第1 項第20 号(誤認惹起行為)

二十  商品若しくは役務若しくはその広告若しくは取引に用いる書類若しくは通信にその商品の原産地、品質、内容、製造方法、用途若しくは数量若しくはその役務の質、内容、用途若しくは数量について誤認させるような表示をし、又はその表示をした商品を譲渡し、引き渡し、譲渡若しくは引渡しのために展示し、輸出し、輸入し、若しくは電気通信回線を通じて提供し、若しくはその表示をして役務を提供する行為

 本号は、原産地等の誤認惹起行為を定義し、原産地を誤認させる商品の輸出、輸入、譲渡等をした者に対しては、不正競争防止法第3 条による差止請求、第4 条による損害賠償が認められます。

2. 知的財産権の一分野としての地理的表示 (GI) 及び原産地名称

2-1 地理的表示 (GI)

 地理的表示保護制度は、その地域ならではの自然的、人文的、社会的な要因の中で育まれてきた品質、社会的評価等の特性を有する産品の名称を、地域の知的財産として保護する制度です。本制度によって、登録産品のみが地理的表示とGIマークを独占的に使用することができ、国による取締により、訴訟の負担なく模倣品の排除が可能になり、ブランド価値が守れます。また、相互保護の取極めのある国においても保護されます[6]。世界知的所有権機関 (WIPO) の調査によると、2018年現在で世界に存在するGIの総数は65,900産品で、うち中国が最多で7,247産品、次いでEUの4,968産品、米国は17番目で779産品となっています。ただし、4,968産品というのはEUの地域ベースの保護産品数で、国内法による保護産品を加えると、ドイツがダントツに多く15,566産品となります[7]

 TRIPS 協定第22条1 (地理的表示の保護) は、「地理的表示」を以下のとおり定義しています。

この協定の適用上、「地理的表示」とは、ある商品に関し、その確立した品質、社会的評価その他の特性が当該商品の地理的原産地に主として帰せられる場合において、当該商品が加盟国の領域又はその領域内の地域若しくは地方を原産地とするものであることを特定する表示をいう。

2-2 原産地名称(Appellations of Origin)

 地理的表示の他にも「地理的名称」という制度が存在します。「原産地名称の保護及び国際登録に関するリスボン協定 (以下「リスボン協定」)」[8]第2条 (原産地名称及び原産国の概念の定義) は、「原産地名称」を以下のとおり定義し、要件を定めています。

1   この協定において、「原産地名称」とは、ある国、地方又は土地の地理上の名称であって、その国、地方又は土地から生じる生産物を表示するために用いるものをいう。ただし、当該生産物の品質及び特徴が自然的要因及び人的要因を含む当該国、地方又は土地の環境に専ら又は本質的に由来する場合に限る。
2   原産国とは、その名称が又はその国に所在する地方若しくは土地の名称が、当該生産物に名声を与えている原産地名称を構成している国をいう。

 「地理的表示」と「原産地名称」の違いを整理すると、TRIPS 協定の「地理的表示」は、リスボン協定の「原産地名称」よりも認定要件が緩和されています。すなわち、リスボン協定上の「原産地名称」は「生産物の品質及び特徴が当該国、地方又は土地の環境に専ら又は本質的に由来する場合」に認定されるのに対し、TRIPS 協定上の「地理的表示」は、「商品に関し、品質、特性が地理的原産地に主として帰せられる場合」で足ります。世界知的所有権機関 (WIPO) においてリスボン協定を見直し、2015 年5 月20 日に採択されたリスボン協定に係るジュネーブ・アクト[9]は、第2条1においてその適用対象を地理的表示と原産地名称とし、共に登録、保護する枠組みを提供しています (2020 年発効。ただし、日本は未加盟)。

2-3 日本における地理的表示制度の実施

 日本において地理的表示制度を国内実施するための法的措置としては、①特定農林水産物等の名称の保護に関する法律 (以下「地理的表示法」)と②酒税の保全及び酒類業組合等に関する法律第86 条の6 第1 項に基づく「酒類の地理的表示に関する表示基準」 (国税庁告示第19 号) があります。

①  「地理的表示法」では、次の3 つの指定要件があります。
ⅰ  特定の場所、地域等を生産地とするものであること
ⅱ  品質、社会的評価その他の特性が、自然条件、伝統的製法など生産地域との結び付きを有すること
ⅲ  特性が確立したものであること、すなわち、特性を有した状態で概ね25 年以上の生産実績があること

②  「酒類の地理的表示に関する表示基準」では、次の2 つの指定要件があります。
ⅰ  酒類の産地に主として帰せられる酒類の特性が明確であることとして、酒類の特性があり、確立していること、その特性が産地に主として帰せられること、原料・製法等が明確であること[10]
ⅱ  「酒類の特性を維持するための管理」が行われていること (その産地の自主的な取組みにより、酒類の特性を維持するための確実な管理が行われていることが必要で、例えば、一定の基準を満たす管理機関が設置されており、地理的表示を使用する酒類が、(i) 生産基準で示す酒類の特性を有していること、(ii) 生産基準で示す原料・製法に準拠して製造されていることについて、管理機関により継続的に確認が行われていること)。

 農林水産省及び国税庁のウェブサイトによると、2023年1月31日現在の農林水産品に係る地理的表示登録数は121産品 (図表3参照)で、酒類の地理的表示は22産品 (山梨、山形、長野は清酒とワインでダブル登録)(図表4参照) となっています。

(出典:農林水産省ウェブサイト https://www.maff.go.jp/j/shokusan/gi_act/register/index.html)
(出典:国税庁ウェブサイト https://www.nta.go.jp/publication/pamph/sake/07.pdf)

 地理的表示と非特恵原産地規則で、原産資格要件においてどれくらいの差異があるかというと、例えば、一般の清酒 (Sake)、非特恵原産地規則の清酒、地理的表示としての日本国の「日本酒」、石川県の「白山」の生産基準を比較すると、図表5のとおりになります。

 酒類を含む農産品における地理的表示で有名なのは、シャンパン、ボルドー、カフェ・ド・コロンビアなど、工業品では、ボヘミア・クリスタル (チェコ)、スイス時計、ゾーリンゲン刃物 (ドイツ)などがあり、その保護は、独自の国内法 (sui generis system)、商標法、不正競争防止法及び消費者保護法で実施されることが多いようです[11]。商標法などは、属地主義の原則によるため、保護は国単位となり、国際的な保護のためのリスボン協定の加盟国はまだ少なく、TRIPs協定の着実な実施、FTA・EPAなどによる相互保護規定の設置が必要になります。特に、先に登録されてしまった地理的表示を他国の「本家」が後から取消すことは容易ではありません。TRIPs協定第22条3の規定によって「地理的表示を含むか又は地理的表示から構成される商標の登録であって、当該地理的表示に係る領域を原産地としない商品についてのものを拒絶し又は無効とする」ことができるようになっていますが、「商標中に当該地理的表示を使用することが、真正の原産地について公衆を誤認させるような場合に限る」との条件付きです。


[1]  消費者庁ウェブサイト: https://www.caa.go.jp/policies/policy/representation/fair_labeling/public_notice/pdf/100121premiums_14.pdf 

[2]  消費者庁ウェブサイト: https://www.caa.go.jp/policies/policy/representation/fair_labeling/representation_regulation/case_005/

[3]  昭和52 年12 月16 日事務局長通達第20 号、昭和56 年6 月29 日事務局長通達第3 号において2度改正。この他にも、「商品の原産国に関する不当な表示」の衣料品の表示に関する運用細則(昭和48年12 月5 日事務局長通達第15 号)で具体的な衣類の表示方法を規定。
消費者庁ウェブサイト: https://www.caa.go.jp/policies/policy/representation/fair_labeling/guideline/pdf/100121premiums_27.pdf 

[4]   「食品表示基準Q&A」平成27年3月、(最終改正 令和4年6月15日消食表第243号)、消費者庁 食品表示企画課  https://www.caa.go.jp/policies/policy/food_labeling/food_labeling_act/assets/food_labeling_cms201_220615_13.pdf 
o  「別添 原料原産地表示 (別表15の1~6) https://www.caa.go.jp/policies/policy/food_labeling/food_labeling_act/assets/food_labeling_cms201_220615_09.pdf 
o   「別添 新たな原料原産地表示制度」https://www.caa.go.jp/policies/policy/food_labeling/food_labeling_act/assets/food_labeling_cms201_220615_10.pdf 
「新しい原料原産地表示制度-事業者向け活用マニュアル」平成30年1月 (平成30年11月改訂, 令和4年3月修正), 農林水産省 https://www.maff.go.jp/j/syouan/hyoji/attach/pdf/gengen_hyoji-6.pdf 

[5]   原石ベルギーダイヤ事件(東京高判昭53.5.23刑月10巻4・5号857頁)では、「天然の産物であってもダイヤモンドのように加工のいかんによって商品価値が大きく左右されるものについては、その加工地が一般に『原産地』と言われている」と、商品価値が付与された地を基準として原産地を判断しているとされている(脚注152、p. 143。https://www.meti.go.jp/policy/economy/chizai/chiteki/pdf/20190701Chikujyou.pdf 

[6]  農林水産省ウェブサイト: https://www.maff.go.jp/j/shokusan/gi_act/ 

[7]   WIPO資料: https://www.wipo.int/edocs/pubdocs/en/wipo_pub_941_2019-chapter5.pdf 

[8] 正式名称は、「1967 年 7 月 14 日にストックホルムで改正され,1979 年 9 月 28 日に修正された原産地名称の保護及び国際登録に関する 1958 年 10 月 31 日の協定」。WIPOウェブサイト情報では、2022年12月15日現在の加盟国は40か国。https://www.wipo.int/export/sites/www/treaties/en/docs/pdf/lisbon.pdf 

[9]   Geneva Act of the Lisbon Agreement on Appellations of Origin and Geographical Indications and Regulations Under the Geneva Act of the Lisbon Agreement of May 20, 2015

[10]  例えば、ワインであれば、産地内で収穫されたぶどうが85%以上使用され、産地内で醸造が行われること等。清酒であれば、原料の米・米こうじとして国産米が使用され、産地内で採水した水が使用され、産地内で醸造が行われること等になります。

[11]  WIPO資料: https://www.wipo.int/edocs/pubdocs/en/wipo_pub_941_2017-chapter6.pdf 


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