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第2話 積送基準を考える ー 日EU・EPA原産地規則条文を読んで見つけたこと

(2018年4月6日、第18話として公開。2021年12月14日、noteに再掲。)

 原産地オタクにとっては、新しい原産地規則が合意されたとなると、一刻も早く内容を知りたくなります。この心情は、新しいゲームソフトを買ってほしいとねだる子供とあまり変わらないかもしれません。我が国のメガEPAの嚆矢となるTPP11(正式には、CPTPP「環太平洋パートナーシップに関する包括的及び先進的な協定」)はついに署名され、日EU・EPAも昨年末、交渉妥結となりました。TPP11の原産地規則部分は、一昨年2月に署名されたTPP12のものと同じということなので、すでに基本的な情報は十分に入手可能となっています。

 一方、日EU・EPA原産地規則は未だ協定条文が公表されず、その日を待っているところです。ところが、少し前のことになりますが、思わぬところから条文の閲覧が可能であることを知らされました。もちろん、我が国の外務省等のウェブサイトではありません。何と、交渉相手方の欧州委員会のウェブサイトに、交渉が妥結した時のままの英文テキストが公表されています(http://trade.ec.europa.eu/doclib/)。署名を前にした現段階では、日・EU双方の法律専門家がチェックを入れ、整合性の観点から表現振りが若干変更されることはあるそうですが、合意内容は変わらないそうです。

 さて、英文テキストとはいえ、初めて読む時のワクワク感は邦文の場合と変わりません。まず、条文に付されたタイトルから、原産地規則の教科書に必ず出てくる、①原産地基準、②積送基準 及び ③原産地手続きを追ってみました。①と③は直ぐに見つかったのですが、②が出てきません。これは不思議なこともあるものと、第[X1]条(定義)から順に読んでいったところ、第[X9]条(セット)の次に、第[X10]条(Non-alteration:仮訳として「不改変」としておきます。)を見つけました。この条文を読んだ後の感想は、「さすが、メガ協定。これで特恵実務は大きく変わるな。」というものでした。

 では、何がそれほどすごいのか。以下に解説してみたいと思います。ただし、協定の条文は「may(できる。してもよい。)」規定であって「shall(ねばならない。)」規定ではありませんので、締約者(我が国又はEU)が国内法制で一定の条件を付することがあると考えるべきでしょう。

 第1項は、原産品が輸出国を発してから輸入国で輸入申告されるまでに、当該原産品に何らの変更も加工も加えてはならないとの規定です。ここまでは標準的なものですが、例外的な場合として、輸送中の産品を「良好な状態に保存」するための処置に加え、輸入国法令で求められるマーク、レーベル、シール又はその他の書類の貼付、添付を認めています。アジア型の多くの既存協定の協定本文においては、産品の「良好な状態に保存」の部分のみを規定し、後段の第三国において許容される作業内容については、国内の実施規定により規律されています。

 第2項は、第三国での蔵置又は展示を税関当局の管理の下で許容しています。ここで重要なのは、「一時的に」という、通常、積送基準を論じる上でよく見かける修飾語が見当たりません。これは、逆読みをすると、長期蔵置された産品であっても、当該産品が第三国の税関管理下で保管され、何らの変更も加えられず、すり替えの防止対策がなされていれば、特恵輸入が認められうることを意味すると理解しました。

 第3項では、輸出者の指図又は責任による第三国税関管理下での貨物の仕分けが認められ、積荷を分割して別々の仕向国に輸出することが可能になっています。

 第4項は、輸入国税関が上記の条件の充足に疑義がある場合には、同税関は、輸入者に対して条件具備のための証拠を求めることができる旨を定めています。そして、高く評価すべきことは、この項において「税関当局等」の第三者による証明が求められていないことでしょう。したがって、入手困難であった第三国税関当局による証明書に代えて、これらの証拠が当事者間の契約書類(例えば、運送契約、マークの貼付、産品の小売包装に係る契約等)であってもよいとされています。当然のことながら、第三国税関の証明書類が入手できれば、その書類は証拠となりえるものと解釈すべきと思います。

 この規定を、既に積送要件が緩和されているTPP11の規定と合わせて物流戦略を構築すると、これまでの常識がひっくり返ります。例えば、TPP11と日EU・EPA双方の原産地規則を満たす原産品を、税関当局の管理がしっかりしている第三国の物流拠点(例えば、欧州、TPP11加盟国の主要マーケットと我が国を結ぶ三角形の内側に位置する場所)に蔵置しておき、TPP11加盟国又はEU構成国から商機をにらんだ引き合いがあり次第、当該第三国から直ちに原産品である貨物を特恵輸出することが可能となります。

 こうした方式を可能にするには、輸入者による自己申告(証明)の採用を待たねばならなかったのかもしれません。第三者証明制度においては、産品が輸出国を出る段階で輸出国の発給当局が原産品であることを証明する訳ですが、原産地証明書発給後に、運送途上での何らの加工、すり替えが行われていないことを証明するには、やはり、経由した第三国の税関当局等の信頼できる第三者による証明書を得ることが望ましかった訳です。その場合、輸入国税関当局としては、第三国で行われる作業が限定的(可能であれば何もせずに)であるほど、安心感が増すことになります。

 一方、輸入者自己申告であれば、産品が生産された時から輸入申告を行うまでの期間を通して産品が原産品であり続けたことを証明できます。言い換えれば、産品が輸出国を離れた後のことを、当該EPAとは無関係の第三国当局等に委ねることなく、当該産品が無加工であったことを、輸入者自らが「輸入者の知識をベースに」証明できます。また、日EU・EPA原産地規則においては、輸出者・生産者が作成した原産地申告書によるEPA特恵申請も可能です。この場合においても、積送要件の証明に係る負担について言えば、輸出者・生産者は輸出国において産品が原産品であったことの証明のみに責任を負い、輸送途上において当該産品が原産性を維持したことは、輸入者が証明責任を負うことになります。完全自己申告(証明)を採用したメガ協定が特恵貿易の柱となる、新たな時代に入ったということなのでしょう。

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