見出し画像

第3部 EPAによる節税のための手続き - 輸入国税関による産品の原産資格保持の確認

 前回、開発途上国又はEPA輸出締約国で生産された産品が一般特恵 (GSP) 又はEPA特恵関税制度上の原産品であることを保証する制度として、政府機関ほかの第三者機関が原産地証明書を発給する方法 (第三者証明制度) と輸出者などの事業者が協定で定められた申告文などをインボイス等の商業書類に自ら記載する方法 (自己申告制度) の二つが存在すること、前者の原産地証明書は、標準様式としてGSPに使用されるForm Aを除いて、EPA協定でそれぞれの様式又は記載事項が個別に指定されていることを説明しました。しかしながら、一般的な傾向として第三者証明制度の持つ原産地証明書の原本性が輸入通関手続きの電子化を遅らせる要因となったこと、EUの司法判断の結果として原産地証明書を発給する輸出締約国政府が輸入国税関の要請に従わずに恣意的な発給を続けた場合であっても輸入国 (EU加盟国) 税関は追徴処分を課せなくなったこと、米国のように税関手続きに関する法整備 (「税関近代化法」[1]) を行うことによってすべての税関手続の遂行責任を輸入者に負わせて輸入国 (米国) 税関が輸出国との直接的な関与を不要としたこと、などを背景として先進諸国では自己申告制度が普及してきたことも具体的に説明しました。今回は、こうした産品の原産性を保証する制度の変遷に従って輸入締約国における当該産品の原産性確認の方法、事業者としての望ましい対応について述べていきます。

1. 産品の原産資格を輸入国税関が確認する方法

1-1 第三者証明制度の下での確認

輸入通関時の原産地証明書の記載要件審査

 輸入締約国税関でEPA税率での輸入申告が行われた時に、貨物の同一性確認等の通常の輸入審査をクリアーし、輸入者から記載要件を満たしたEPA原産地証明書が提出されれば、基本的に、輸入締約国税関はEPA税率の適用を認めて貨物の輸入を許可することが一般的です。輸入締約国税関の立場としては、産品が輸出締約国の発給当局によって審査されているという事実に着目し、適正に記載され偽造の疑いのない原産地証明書の提出によって、原則として、産品に原産性は備わっているものと判断できるわけです。これは、開発途上国からの輸入に適用されるGSPにおいても同様です。こうした考え方に基づき、1971年のGSP導入時から自己申告採用に舵を切るまでの間、輸入国税関における特恵税率適用に係る審査においては、原産地証明書の真贋、記載要件の具備が重視されてきたように思います。多くの開発途上国においては、現在においてもこの方式 (通関時の原産地証明書の記載要件審査の重視) を継続しています。

輸入許可後の事後確認

 さらに、特恵税率を適用した輸入の許可後においても、輸入国税関は輸入申告書類のランダムなスポット検査を行ない、疑義のある場合には、輸出国の発給当局に対して原産地証明書の有効性、すなわち産品の原産性及び他の要件充足の確認を行うことが一般的な方法です。したがって、産品の原産性審査は、1回目が輸出国発給当局による原産地証明書の発給時審査、2回目が輸入国税関における輸入申告時審査、3回目が輸入国税関における輸入許可後の事後確認と、都合3回実施されていることになります。

リスク判断に基づく原産性確認

 世界的に経済成長が続き、輸出入申告件数が増大してくると、その変化に対応するために輸出入申告のシステム化が進み、時代の流れとしてリスク判断に基づく検査、審査が行われるようになります。その結果、特に先進国において、低リスクと認められる輸入申告に対して書類審査・貨物検査を省略した即時輸入許可 (日本では簡易審査扱い) が行われるようになると、産品の原産性判断に係る審査は輸出時の発給当局による審査と輸入許可後の輸入国税関による事後確認の2回になる事態が生じます。これはリスク分析の結果を受けての措置なので合理的といえますが、輸入国税関は、必然的に事後確認に一層注力するようになります。しかしながら、関税が財政収入に大きな貢献をしている開発途上国においては徴税と貿易の円滑化との優先度に係るバランスが前者に傾く傾向にあることから、特恵税率での輸入申告には少なくとも書類審査を伴うことが一般的です。

第三者証明制度の質的劣化が及ぼす影響

 ところが、前回述べたように、第三者証明制度の質的な劣化が進み、輸出国発給当局による1回目の審査に信頼を置けない状況では、輸入国税関の立場として、原産地証明書が保証する産品の原産性を不確実なものとして、輸入国税関が行う審査の一層の充実化が必要となります。すなわち、輸入申告時の産品の原産性確認の件数を大幅に増やし、審査の精度を上げて輸出国発給当局が行うべき審査を代替し、かつ、輸入通関後の事後確認を広範囲に行うことが理想的です。そうすれば、特恵関税制度の実施当初の3回審査体制に劣らない、特恵関税制度の健全な運営を確保できます。しかしながら、貿易の円滑化の大きな柱となる通関を含む輸出入手続きの電子化、所要時間の短縮化の動きに逆行するような、リスク判断を無視した原産性確認を優先させるためだけの書類審査件数の増加は合理性を欠きます。したがって、輸入通関時にリスクに応じた対応を維持した上で輸入国税関が産品の原産性確認を本格的に実施できるのは、輸入許可後の事後確認だけとなってしまいます (「1回半」の確認)。これでは、「関所としての機能と徴税機能」を担う税関が徴税官庁として本来果たすべき関税及び消費税の適正な徴収への対応に不安が残ります。そこで、輸入国税関自らが関与し、産品の原産性審査を通関前に行う原産地の事前教示が重要になります。事前教示は輸出締約国に所在する輸出者も申請することができるので、輸出者が事前教示書を取得して輸入申告時に輸入者から提出されれば、輸入締約国税関はこれを尊重します。すなわち、原産地証明書よりも一層強固な原産性保証文書を得ることになります。こうして、事前教示とリスク判断に軸足を移しつつ、特恵関税制度の実施を全般的に見直す制度改革の検討が始まります。

1-2 特恵関税制度の実施に関連する制度改革

米国の輸入者自己申告制度

 米国の「税関近代化法」では、前回述べたとおり、税関法令・規則へのコンプライアンスに係る責任の多くを米国税関 (U. S. Customs and Border Protection: CBP) から輸入者 (importer of record) に移行させ、輸入者は税関手続きを理解し、「周知されたコンプライアンス」 (informed compliance) と「分担された責任」 (shared responsibility) から構成される「合理的な注意」 (reasonable care) をもって、輸入申告を行うことになります。特恵関税制度が通商法的側面と税法的側面があるとするならば、米国の輸入者自己申告制度は後者の税法の側面が強く出ている制度といえます。

 米国の輸入通関には諸形式がありますが、ACE (Automated Commercial Environment) と呼ばれるシステム通関による一般的な商業輸入においては、以下のプロセスを経ます。

<第1段階> 貨物の引取申告(Filing Entry)

 貨物の米国港湾への到着日から15暦日以内にエントリー申告書、インボイス、B/L、パッキング・リストなどのエントリー書類を提出します (到着日前の提出も可能)。当該貨物は、検査を経て (又は検査を省略して) 関連法令に違背がない場合には引き取ることができます。「エントリーの時」は、次の段階のエントリーサマリーの提出に係る起算日となり、エントリーの時に有効な関税率が当該貨物に適用されます[2]。したがって、この時点では産品の原産性判断に係る審査は行われません。

<第2段階> 貨物の納税・統計申告(Filing Entry Summary)

 貨物の関税分類、関税額等を確定させるための申告であるエントリーサマリー (Entry Summary) 及び関連書類の提出、並びに関税相当額の担保金供託は、輸入貨物の「エントリーの日」から10稼働日 (working days) 以内に行われる必要があります[3]。ただし、関税割当等の特別許可を求める申告が行われた場合には、「国内引取許可 (release) の日」から10稼働日以内にエントリーサマリー・関連書類の提出及び関税相当額の担保金供託が行われなければなりません。この時点で、輸入者は産品が原産品であることを示す書類の保持が求められ、税関からの要請があれば提出しなければなりません。

<第3段階>清算(Liquidation)

 米国税関は、エントリーサマリーを審査した後、関税等の価額を確定させるために清算 (liquidation) を行います[4]。清算によって行政措置としての課税処分はとりあえず完結し、エントリーの日から5年以内に事後調査等によって税額の補正が行われない限り最終的なものとなります。連邦規則パート163.11には事後調査手続き (Audit procedures) に係る規定があり、同パート(c)(1)では、「米国税関の事後調査官 (CBP auditors)は、事後調査に係る期間、調査対象の決定について完全な裁量権を有し、米国税関のみによって決定される十分な取引数の調査を行う」旨規定しています。

 このように、米国の輸入通関システムでは産品の引取申告と納税申告とが別々に行われるため、産品の原産性判断のために引取りが遅延する事態にはなりません。納税申告 (エントリーサマリーの提出) 時に産品が原産品である旨の申告を行ない、税関から産品の原産性に関する資料を求められればこれを提出し、3~4か月の書類審査期間[5]を経て清算に至ります。しかしながら、事後調査による産品の原産性確認が終了するわけではなく、清算によって関税額が確定するのは、エントリーの日から5年以内に事後調査等によって税額の補正が行われない限りとの条件付きのものになります。また、輸入者が通関業者、弁護士等の専門家の助言を得て申告を行ったとしても、税関法令上の責任は輸入者が負うことになります。

 米国のように輸入申告に係る税関手続き全般の挙証責任を輸入者に負わせている法制度の下でのFTA輸入者自己申告制度は、国内法制との整合性の取れた制度といえます。しかしながら、税制として極めて常識的な「受益者が要件の具備を税当局に証明して税の減免を受ける」ものであっても、受益者である輸入者が輸出締約国で生産された産品の生産情報を常に完全に把握できる立場にないことから、原産性の立証に必要な情報を確実に入手できる輸入者しか特恵関税制度を利用させない趣旨で創設された制度といえそうです。したがって、通商法の側面を持つ特恵関税制度としては、輸入者自己申告のみならず、輸出者・生産者の自己申告を併用する制度の方が優れているように思います。米国が実施しているFTA の全15協定のうち日米貿易協定を含む7協定が輸入者自己申告のみを採用しており、他の8協定は最近実施されたUSMCA (Agreement between the United States of America, the United Mexican States, and Canada: 米国・メキシコ・カナダ協定)を含め、輸出者・生産者の自己申告を併用しています[6]。幸いなことに、日米貿易協定では輸出者からの情報提供を認める旨の協定条文があることから、保秘の観点からのFTA活用忌避はある程度避けられると考えられます。

EUの輸出者登録制度

 EUは司法判断で「誠実に(good faith)かつ相当な注意(due care)を払って輸入した者は、輸出国の発給当局による誤りに起因する事由に対して責任を負うべきではない」[7]とされたことから第三者証明制度による特恵関税制度の維持に限界を感じ、EU域内外の官民双方の広範囲にわたる意見を聴取した大規模な検討を行ないました[8]。EUは、前回も説明したとおり、2017年から特恵原産地手続きを、順次、登録輸出者 (Registered Exporter: REX) 自己申告制度に切り替えています。

 EUの輸入通関システムは、EU関税法典 (Union Customs Code) 第127条で輸入申告制度 (Entry summary declaration) が規定され、第128条でリスク分析の実施を義務付けています。また、同法典第16条第1項で電子システムによる情報交換が規定され、委員会実施規則 (Commission Implementing Regulation) [9] 第216条によって加盟国税関のシステム・アップグレードの日時に応じて実施すべきとしています。さらに、同法典第163条 (Supporting documents) 第1項によって、輸入申告に関連する資料 (supporting documents) は申告者が所持し、輸入申告が行われた時に税関当局に提示できるようにしなければなりません。ここで、輸入申告時に関連する資料の税関への提出を求める日本の制度と基本的な相違が生まれます。EUの輸入通関制度は、関税法典及び実施規則で大枠が定められますが、細部については加盟国の裁量に任されるので、具体例としてアイルランド税関の「税関輸入手続きマニュアル (Customs Import Procedures Manual)」から抜粋して紹介します。

〈第1段階〉EORI (Economic Operator Registration and Identification) 番号の取得 (EU共通)

 EUで税関手続きを行う事業者はEORI番号の取得が必要です。一旦取得すると、EU域内のどの加盟国で税関手続きを行う場合でもEU域内共通番号として使用できます。EU域内に登録拠点がある事業者は、当該拠点の所在地を管轄する税関に、域内に登録拠点がない事業者は、初めて輸入申告又は決定申請を行う地を管轄する税関において登録しなければなりません(EU関税法典第9条)。EORI番号は発給国の国コードと各EU加盟国独自のコード又は数字で構成されます。

 EORIは、EU域内事業者の総合的な登録データベースである「EORI中央システム」 (EORI central system) として、欧州委員会、EU加盟各国当局、登録事業者及びEU域内外の外部利用者によって活用されます。外部利用者は、無条件でEORI番号が有効であるか否かをEUウェブサイト[10]で確認することができ、同意が得られている場合には名称及び住所を閲覧することができます。EORI中央システムの構成は、委任規則附属書12-01第1部第3章データ要件表項目の1~5、9~10、14~15について、登録を受けたEU加盟国は欧州委員会が管理するEORI中央システムに定期的にアップロードしなければならず[11]、その他のデータ要素 (6から8まで、11から13まで) は、個々のEU加盟国で収集が求められる場合に当該加盟国からEORI中央システムにアップロードされます。なお、EUはFTA・GSPにおける締約相手国・開発途上国においても同様な制度を採用することを求め、輸出者への管理を徹底させることを求めることとしています(日EU・EPAでは国税庁の法人番号がこれに該当します。)。

〈第2段階〉輸入申告 (Entry summary declaration) 及び輸入審査 (アイルランド税関の例)

 アイルランドでは、AIS (Automated Import System) と呼ばれる通関システムで輸入申告を行ない、貨物が到着すると、次の4通りの区分が払い出されます。

·      グリーン: 書類審査及び貨物検査を省略
·      オレンジ: 輸入申告に関連するすべての書類を提出
·      赤:   輸入申告に関連するすべての書類を提出し、貨物検査を実施
·      黄色:   農業・食糧・水産部が所掌する生きた動物の輸入に関連

 「オレンジ」と「赤」の区分は、リスク・プロファイルによって決定されます。このプロファイルは個々の税関官署又は本署のリスク・ユニットによって設定されますが、個々の税関官署で設定された場合、当該官署に申告される貨物のみに適用され、リスク・ユニットで設定された場合、アイルランド全域で適用されます。

 「オレンジ」区分で書類審査を指定された場合、輸入者はAISを通じて電子情報を税関に提出します。関連書類は輸入申告と同時に提出することもできます。税関の輸入審査官は関連書類の審査を始める前に当該申告が「オレンジ」として指定された理由を、例えば、プロファイル、義務的検査などとして、AISに記録し、必要な書類 (例えば、特恵原産地証明書又は輸入ライセンス) がすべてそろっているかチェックします。関連情報には、インボイス、特恵原産地証明書を含む恒久的又は一時的な免税の申請書、INF (情報証明書) フォーム[12]、エアウェイビル、関税評価フォーム及びVAT免税許可書などを含みます[13]。申告書及び関連書類の提出に問題がなければ、AISはアップデートされますが、必要な関連書類が添付されていない場合にはAISを通じて提出要求されます。輸入審査官は、関税分類、原産地、関税評価、輸入制限その他の貨物リリース要件について、適正な決定が下せるように十分に精緻に、詳細に、深く書類審査を行なわねばなりません。その結果、輸入審査官が問題ないと認めるならば、その所見の詳細をAISに記録し、貨物をリリースします。これらの書類審査は、必要な書類が揃ってから4時間以内に終了するようにしています。

〈第3段階〉事後確認 (Verification) (EU共通)

 犯則調査、事後確認についての情報は通常公開されず、アイルランド税関も同様に非公開の取扱いをしているので、EU関税法典の規定から事後確認に関連する条文の内容を紹介します。EU関税法典第15条 (税関当局への情報提供) は、事業者の一般的な義務として、輸入申告を含む税関手続きの申告内容が正確で要件のすべてを満たすことに責任を負い、税関手続きに関連して行われた申告等に関する情報を税関の要請に応じて提供しなければならないことを規定しています。また、同法典第51条 (書類その他の情報の保管) は、輸入申告を含む税関手続きが許可された暦年の最終日から起算して少なくとも3年間、輸入者は、輸入申告に関する書類及び関連情報を保管する義務を規定しています。

 事後確認の直接的な根拠規定はEU関税法典第188条 (税関申告の事後確認) に求められ、この規定により税関当局は、許可された税関への申告に含まれる内容の正確性を確認する目的で、(a) 申告書及び関連書類の調査、(b) 申告した者に対する追加書類の提出要求、(c) 貨物の調査、(d)貨物の分析用サンプルの抽出及び細部に至る調査を行うことができます。

 これらをまとめると、EUの通関制度は、事業者をEORI中央システムに登録させることでその素性を詳細に把握し、通関システムに蓄積された輸出入実績及び書類審査、貨物検査の実施記録を基に事業者の申告に係るリスク分析を行なっています。輸出国においてもEORIシステムに類似した輸出者登録システムの構築を求め、輸出国政府による特恵輸出者への管理を確実なものとすることで、従来原産地証明書の発給で担保していた当局としての管理を放置させないようにしています。また、米国のように申告を貨物のリリースと納税に分けずに、輸入申告時に輸入申告書と関連資料を電子的に提出するか、書類審査の区分が払い出された時に税関の求めに応じて提出するようにしています。

自己申告制度導入に当っての日本国税関の対応

 日本では米国のように引取申告と納税申告を分離させておらず、輸入に際して輸入(納税)申告として両者を一括して行う方法を採用しています。この方法はEUの輸入通関制度に類似しており、リスク分析により審査方法を簡易審査扱い (区分1)、書類審査扱い (区分2)、検査扱い (区分3) に分けていることもアイルランド税関の「グリーン」、「オレンジ」、「赤」の区分と似ています。当然のことながら、輸入通関時審査は原産地関連の審査だけを行うわけではなく、輸入許可に必要なすべての要件充足を審査します。

 第三者証明制度の劣化への日本の対応は、特恵制度の枠組みをそのまま維持しつつ、特恵関税制度の実施国としてのメリットを失わないように「不備のある(EPA/GSP)原産地証明書等の取扱い[14]」を協定・法律の枠内の裁量行為として実務的に採用し、原産地証明書の証明印の脱落などの明らかな無効要因を除くほか、輸入申告に際して提出される関連資料などから日本国税関が実質的な原産性審査を行ない、原産性が認められれば特恵輸入を認める取扱いをしています。残念ながら、原産地証明書の証明印に関連する輸出国当局の過失事例に対しては、日本国税関の裁量で対応することは法的に困難です。そのため、これらの救済には、輸入者自己申告制度の追加的導入が必要かもしれません。

 一方、自己申告制度導入に対しては、日本独自の制度を創設することで対応しています。筆者が個人的意見として整理した内容は次のとおりです。まず、検討に当って前提となる事象は、(i) 輸出時に発給当局の原産性審査が行われないこと、(ii) 輸入通関時にはリスクに応じた対応を行うことで貿易の円滑化に資すること、(iii) 産品の原産性確認の本格的な実施は輸入許可後の事後確認だけとなる (「1回半」の確認)ことです。そこで、(i) の事前審査の代替措置として輸入者に「原産地の事前教示」を積極的に取得してもらうこと、(ii) のリスク判断に応じて書類審査を行う措置は維持すること、(iii) の輸入許可後の事後確認は充実させつつも、輸入者に対して過度な負担を負わさない措置を採ること、などが求められたと考えます。

 輸出者・生産者は産品が原産品である根拠を承知しているはずで、第三者証明制度の下で日本からのEPA輸出に際して原産地証明書の発給申請を行う際に、発給当局である日本商工会議所に原産地証明書の記載内容の正確性を裏付ける総部品表、付加価値の計算根拠、加工工程表などの追加情報を提出し、それらの情報に基づいて発給当局が産品の原産性判断を行ないます。したがって、輸入国税関として最高の制度は、発給当局の位置にそのまま納まり、輸出者が発給当局に提出する申請書類に加えて追加情報を輸出者から特恵輸入申告の都度、提出してもらうことですが、当該追加情報には商業秘が含まれることから、輸出国の当局・事業者の立場に立つならば、これは到底受け容れることはできません。このような諸点を考慮し、最低限、原産地証明書の記載内容と同程度の情報を自己申告の必要的記載事項として輸出者が作成し、日本国税関への輸入申告に添付してもらうことは第三者証明でも実施されていたことであり、輸出国当局・事業者も問題なく受け容れてくれます。日本が締結したEPAにおいては、協定上に自己申告文に含むべき記載内容が確保されています。RCEPを除き、この点が原産品である事実のみの申告文記載を求める認定輸出者自己証明と大きく異なります。 

 このようにして提出された自己申告書類は原産地証明書と同程度の内容が記載されていたとしても輸出国で審査、記載内容の正確性が保障されるわけではないので、輸入国税関は、実質的な原産性審査を輸入許可後の事後確認で集中的に実施する必要があります。輸入者は、輸入の許可の日の翌日から5年間、書類の保存義務が課せられ、数年前に輸入申告された産品の原産性について事後調査の際に税関に説明しなければなりません。輸入者・輸出者双方にとって記憶が鮮明で、正確な詳細情報を入手できるのは当該産品を輸入申告する時であることは、経験則上、明らかです。それならば、協定上の自己申告書類に加えて、申告時に入手可能な (輸出者が提供できる範囲での) 情報の概要を記載したサマリーとしての「原産品申告明細書」及びその原資料を提出してもらえれば、日本国税関には発給当局が入手していた詳細情報には及ばないまでも、原産性を判断するに十分な資料が提供されることになります。また、輸入者のメリットとして、充分な資料に裏打ちされた自己申告を行うことで当該申告が事後確認の対象となる確率が著しく低下するであろうことに加え、原産性の判断に必要な書類の保存義務が輸入者から税関に転換され、提出された書類については保管義務が解除されます。

 第三者証明から自己申告への転換を踏まえた原産性確認のための制度的取組みを、日・米・EUのそれぞれについて概要を述べてきました。次に、日本独自となる自己申告書 (国内法では「原産品申告書」) に加えて「原産品申告明細書」及びその原資料を輸入申告時に提出する制度と、米国、EUの制度を比較してみましょう。

1-3 原産性判断に必要な資料・情報の提出に関する制度比較

 日本の制度と比較した米国の制度は、日本では輸入申告時に入手可能な原産性証明のための資料を求めるのに対し、米国では引取申告時には特段の準備を要せず、納税申告から清算までの審査期間に米国税関から要求された原資料又は産品の生産に係る情報を輸入者が米国税関に提出します。

 日本の制度と比較したEUの制度は、EU税関に対する資料又は産品の生産に係る情報の提出時期は、輸入申告時 (アイルランド税関の例。日本では標準) でも、税関から要求された時でも構いません。

 米・EUの制度との差異は、輸入国税関が産品の原産性審査に必要な追加資料・情報を求めることについて、具体例を公開した上で当該資料の提出を輸入申告時に求めるか (日本国税関)、具体例を予め公開せずに税関の資料提出要求時に具体的な資料・情報を指定して提出を求めるか (米・EU税関) にあり、また、税関が求める資料・情報の内容は、あくまでも輸出者・生産者が任意に提供することが可能な情報に限られる点において同じです。また、輸入者が所持していない資料又は情報の提出を求められた場合、FTA協定で直接提出できる旨の規定がない限り、輸入者は輸出者・生産者から任意の提供を受け、税関に提出しなければならない点も同じです。

 日EU・EPAの実施時に、EU側から日本国税関の手続きに対する不満が寄せられました。それらは、自己申告 (原産品申告) 書、自己申告明細書の作成を誠実に行おうとする日本の輸入者から輸出者への情報提供要請がEUの輸出者としては過大な要求と感じられたためでした。その背景として、EUの輸出者は、輸入国税関からの事後確認 (検認・検証) であれば輸出者として必要な情報の (輸出国税関への) 提供には慣れ親しんでいるのですが、輸入国サイドへの情報提供に違和感を覚え、更には輸入許可後の事後確認ではなく、通関時審査に際して輸入者から協定上の原産地に関する申告文 (附属書3-D) 以上の内容について照会される必要性について理解できなかったことにあると考えます。これは、EU側が協定第3.21条1で「・・・ 輸入締約国の税関当局は、税関への輸入申告の時、産品の引取りの前又は産品の引取りの後に確認を行うことができる」と合意している以上、日本国側にしてみれば理屈の立たない苦情でしかありません。こうした軋轢が生じる原因を考えてみたのですが、以前、JASTPRO月刊誌に「原産地手続きにおける日欧文化の衝突」と題して掲載した小論の最終部分で引用した以下の文章がよく本質をとらえているように思います。

2. 輸入国税関による輸入許可後の事後確認

 輸入許可後の事後確認は、(i) リスク判断に基づき、書類審査省略で即時許可となった産品又は (ii) 通関時審査用に提出される書類、貨物検査の結果に矛盾点、疑義を生じさせる点がなく輸入許可された産品に対する、最終的な「原産品であること」に関する確認です。GSPは、先進国としての特恵供与国が一方的に特恵関税を供与する制度であるので、供与国の国内法によって確認手続きも一方的に定めることができ、それに従わない場合には特恵税率の適用を否認できます。ところが、EPA・FTAは協定によって同一の確認手続きを双務的な権利・義務として規定するので、一方の締約国が協定で合意された内容と異なる手続きを取ることはできず、協定の範囲内で国内手続きに従って確認手続きを実施します。以下に、EPA・FTA協定の確認手続きを述べていきます。

2-1. 事後確認の対象

 確認手続きとは「産品が原産品であること」を確認する手続きですが、協定によって「原産品」の定義が異なります[15]。事後確認ではEPA・FTA税率での輸入申告について協定要件との整合性がチェックされるので、産品の原産性 (どの原産性基準を満たしたか) 及び他のすべての協定要件 (例えば、積送要件、第三者証明であれば証明に係る要件) の適正性が対象となります。輸入締約国税関の行う事後確認の形態は様々で、特恵税率の適用に焦点を当てた原産地規則及び同手続きに関するチェックのみの場合もあれば、HS分類、関税評価などすべての税関手続きに係る要件を総合してチェックする場合もあります。

 輸入者からの資料・情報提供で輸入締約国税関に十分な疎明ができればよいのですが、場合によって輸入者は、輸出者・生産者から「特恵輸出された産品は当該特恵原産地規則上の原産品である」との情報しか通知されないことがあります。このような場合でも特恵税率の適用は可能ですが、輸入締約国税関は更に事実関係を疎明する情報を輸出国側に求めることがあります。通常は、確認したい内容を明確にし、輸入申告に使用された原産地証明書、自己申告書などのコピーを添付した確認依頼書面を作成し、必要情報の提供を受けて事後確認手続きは完結しますが、それでも事実関係の疎明が十分でない場合には、稀ではありますが、輸出国の輸出者の事業所、生産者の工場などを訪問して現地確認を行うこともあります。

2-2. 書面による事後確認の流れ

 書面による事後確認の流れを、図表 (輸入許可後の書面による事後確認プロセス) を参照しつつ以下に簡単に説明します。まず、言葉の使い方ですが、日本においては協定条文の「verification (確認)」を、第三者証明制度において輸入締約国税関から発給当局に対して照会することを「検認」、自己申告制度において輸入締約国税関から輸出国 (税関などの当局又は輸出者・生産者) に照会することを「検証」と呼んで、それぞれを区別するようにしています。

    図表:輸入許可後の書面による事後確認プロセス

 第三者証明制度の場合は、発給当局が産品の原産性判断に必要な情報を輸出者・生産者から提供を受けて原産地証明書を発給し、発給後も一定期間保存しているので、輸入締約国税関の照会先として最も適任であるのは発給当局です。したがって、輸入締約国税関が照会できる相手は自国の輸入者と輸出国の発給当局に限られます (図表の「1」・「2」のプロセス)。照会を受けた発給当局は、原産地証明書の発給申請を行った輸出者・生産者から事実関係の疎明を受けて、発給時の原産性判断に誤りがないと判断すれば「当該産品は原産品である」旨を輸入締約国税関に各協定で定められた期限内に回答します。その際、発給当局は自国の輸出者・生産者の商業秘・生産ノウハウが漏洩しないように、細心の注意を払って (あまり詳しすぎないように) 回答します。

 この回答に対して輸入締約国税関が原産性を立証する情報として不十分であると判断する場合、同税関は特定の事実関係について更に具体的な質問を送付することもあります。輸出者・生産者は、秘密情報の漏洩を防止するために詳細情報の提供を求める質問に敢えて回答しないことも可能ですが、協定で定められた期限内に回答を行わない場合には、輸入締約国税関は当該産品に対する特恵待遇を否認することができます。

 認定輸出者自己証明は、第三者証明制度の特例措置として認識されているので、輸入締約国税関の事後確認も自国の輸入者及び当該認定を行った発給当局に対して行われます (図表の「1」・「2」のプロセス)。

 輸出者・生産者自己申告の場合は、大きく分けて二通りの方法 (図表の「1」・「3」、「1」・「4」のプロセス) があります。輸入締約国税関が自国の輸入者に照会できることは当然のことで、正式ルートで輸出国に照会する前に輸入者を介して必要な情報を得られれば、輸入締約国税関としては問題なく事後確認を終えることができます。特に、産品が輸出された後の積送要件については、通常、輸入者が詳細情報を有しています。しかしながら、輸出者・生産者の立場としては、輸入者には可能な限り産品の生産に係る情報を開示しなくないのが本音であり、輸入者経由で輸入締約国税関が得られる情報は限定的なものとなります。したがって、守秘義務を厳守するとの条件で、輸入締約国税関は、産品の原産性に係る情報を最も多く有している輸出者又は生産者に直接照会して産品の原産性確認を行うことができます。

 一般的に、国の行政機関は、予め同意した案件以外について他国の官憲が直接自国の事業者に照会し、回答を求めることを忌避しようとします。そのため、協定上の義務として、輸入締約国税関は自己申告を行った輸出者・生産者に対して文書照会を行うことができること、その照会に対して期限内に回答しなければならないことを協定条文に盛り込みます。ここで、輸出締約国の税関又は他の権限ある当局の関与度は二分化し、輸出者・生産者に適切な助言を行うべく、少なくとも輸入締約国から書面照会を行った旨の通報を受けるものの、輸入締約国税関への対応は輸出者・生産者が直接行う (直接検証:図表の「4」のプロセス) 方式と、輸入締約国の照会窓口として輸出締約国の税関又は権限ある当局が仲介し、自己申告を行った輸出者・生産者から必要な情報を入手し、輸出者・生産者に代わって輸入締約国税関に回答する (間接検証:図表の「3」のプロセス) 方式があります。どちらの方式であっても、英語で適切な内容の回答文書を限られた期間内に作成するのは容易ではないので、輸出締約国の税関又は他の権限ある当局は、自国の事業者を支援できる仕組みとなっています。世界的な傾向として、北米のNAFTA (USMCA協定の前身) をモデルに策定された協定は直接検証を採用しているのに対し、EUのFTAをモデルとしている協定では間接検証が採用されています。日本が実施しているEPAでは、日豪協定、TPP11で直接方式、日EU・EPA、日英EPAで税関を窓口とした間接方式が採用されています。RCEPでも間接方式が採用され、日本では税関が窓口を担当しています。

 輸入者自己申告の場合は、輸入者が全責任をもって輸入締約国税関からの照会にすべて回答することになっているので、図表の「1」のプロセスで終了します。したがって、輸入者自己申告は、輸入者が産品の原産性に係るすべての情報を入手しているか、輸入国税関から照会を受けた場合に必要とされるすべての情報を輸出者・生産者から入手できることを前提に行うべきです。原則として、輸入締約国税関は輸出者・生産者からの直接的な情報提供は受けませんが、輸入者自己申告のみを採用している日米貿易協定は、例外的に、輸出者・生産者が相手国税関に対して直接 (輸入者を介さずに) 原産性を疎明する資料を送付することができます。

2-3. 訪問による事後確認

 輸入締約国税関にとって産品の原産性審査のための最終的な手段が輸出締約国の輸出者・生産者に対する訪問確認です。他国の国家機関が自国内で公権力を行使することは主権侵害となるので、輸入締約国税関の職員が輸出締約国の輸出者・生産者の施設で輸出入関連書類、生産関連書類を閲覧し、工場などの生産設備の確認をするためには、前提条件として、協定に明確かつ相互的な権限規定が存在しなければなりません。また、その規定には、輸入締約国税関が輸出者・生産者 (及び、場合によっては輸出国当局) に対して、訪問先の場所、期日、訪問する職員の役職・氏名、訪問先で確認したい内容などを書面で要請し、これらの当事者が同意する旨の書面による回答を得ることを条件とすることが一般的です。日EU・EPA、日英EPAなどではこのような規定が置かれていないため、輸入締約国税関の職員が訪問確認を行うことはできません。

 また、訪問に当って輸出者・生産者に対して行う質問は、輸出締約国の政府職員が輸入締約国の税関職員の立ち合いの下で行う場合 (例えば、日タイ協定など多数) と、輸出締約国の政府職員の立会を得ながらも輸入締約国の税関職員が直接行う場合 (例えば、TPP11) があります。日EU・EPA、日英EPAでは、ほぼ同様な内容を輸出締約国税関の職員が (輸入締約国の税関職員の立会なしで) 行うことを輸出者・生産者に要請できる旨の規定があるので、当該要請への同意があれば輸出締約国税関職員による訪問確認が可能です。

 輸入センシティブな品目を関税撤廃の対象とするために特恵制度の厳格な運用が強く要求され (例えば、TPPにおける米国の繊維分野)、輸出締約国当局に信頼を置けないために強硬な検証手段を確保することが協定案の議会承認を得るために必須であるような国内事情がある場合、極端に輸出締約国に有利な条件で訪問確認を行なえるような規定が盛り込まれることもあります (例えば、TPP繊維章では、輸出締約国に対して、訪問の20日前までに訪問希望日、訪問先の数などを通報すればよく、最初の訪問の前日に当該訪問先の名称・住所のリストを通報する等が規定されています。)。

3. 輸入国税関による事後確認への事業者の対応

3-1. 特恵関税制度の濫用に対して支払うべき代償

 本来、WTOの多角的貿易体制が上手く機能して更なる関税の撤廃・引下げが実現していれば、EPA・FTAなどは不要で、特恵原産地規則などに煩わされずに貿易の拡大を謳歌することができたことでしょう。しかしながら、現時点でWTOに代わって貿易の自由化を牽引しているEPA・FTAを上手く活用できれば、輸出者・生産者は特恵貿易への対応をセールスポイントとして事業拡大に取り組むことができ、輸入者は都度支払っていた関税を節税することで一層のコスト削減に寄与することができます。ところが、特恵関税制度は、輸出者・生産者が手間とコストのかかる原産性立証を行った結果として、輸入者が特恵マージンという名の果実を美味しくいただくという図式になっています。このような現実に不満を抱く輸出者・生産者が原産性立証に係る手間とコストを惜しみ、体裁だけを整えた書類の山を築いたらどうなるか。輸入国税関の事後確認への対応を誤ると、両者とも大きな損失を被ることになります。

 まず、直接的な損失を被るのは輸入者です。輸入許可の数年後に事後確認があったとして、特恵否認の結果追徴処分を課された場合、WTO税率との差額分のみならず、過少申告加算税が課せられることがあります。国によっては、更に罰金の色彩が強い科料となったりします。しかも、商品は既に販売済で、それらの金額を当該商品の販売価格に上乗せすることもできず、中小企業であれば資金繰りに困る事態に陥ることもあるでしょう。

 一方、輸出者・生産者も無傷ではいられません。特恵貿易を前提とした契約を締約していたのであれば、損害賠償を求められることがあるかもしれません。また、第三者証明であれば発給当局から、自己申告であれば輸入国税関から、コンプライアンスの緩い信用できない輸出者・生産者として取り扱われると、原産地証明書の発給に手間と時間を要し、輸入国税関では書類審査にかけられる頻度が高くなることが想定できます。したがって、特恵関税制度が関係するビジネスでは競合他社に対して大きく後れを取ることになりかねません。

 そこで、事業者としてどのような対応を取ることが望ましいかについて述べることで、本編を締めくくることにします。

3-2. 特恵関税制度の適正な活用へ向けた事業者の望ましい対応

事前教示の活用

 原産地の事前教示の取得が輸入締約国税関による事後確認への対応で最も有効な手段といえます。なぜならば、事前教示の内容は当該教示を行った税関当局を拘束することから、事前教示を得た産品が継続して輸入される場合には、輸入締約国税関は産品の原産性に関して疑義を持つことはありません。ただし、事前教示は、使用された材料のHS番号・価額、生産工程などの原産性の立証に必要な資料を提出した上で、書面による決定を受けなければなりません。しかも、継続して輸入される当該産品の生産工程、生産に使用される材料などが事前教示を得た産品のものと同じでなければならないので、事前教示を受けた際の前提条件と異なる産品については有効な事前教示と認められません。

 原産地の事前教示は、多数国間の国際協定においては、WTO原産地規則協定第2条 (経過期間における規律) (h)で、輸出者、輸入者又は正当な事由を有する者が事前教示を申請することが可能で、150日以内に原産地認定が行われ、その効力は3年間有効とされます。また、WTO貿易円滑化協定第3条 (事前教示) では、事前教示に関する包括的な規定が置かれ、原産地以外にも関税分類について実施すべきことが定められ、関税評価、減免税、関税割当てなどについても実施することが慫慂されています。EPA・FTA協定においても通常、税関手続き章に事前教示に関する規定が置かれ、具体的な要件を書き込んでいる協定と、事前教示の実施義務を盛り込むだけの協定に分かれます。また、事前教示の具体的な申請手続きは国内法令で定められているので、それに従って申請を行うことが求められます。

 産品の輸出時に、輸出国において事前教示を行う国がないわけではありませんが、これは単なる行政サービスとしての助言にすぎません。特恵関税の適用の是非は輸入締約国税関によって決定されるので、輸出国が出した事前教示書を輸入国税関に提出しても単なる参考資料でしかありません。輸出者として得るべき事前教示は、あくまでも輸入国税関の事後確認であることを留意してください。

的確な社内体制の構築

 特恵関税の適用を受けた輸入事案について輸入国税関から事後調査を受けることは、制度上、避けることはできません。これは、特恵関税が税であって、特定の要件を満たした場合にのみ減免税される制度であるので、その要件の具備について税当局に説明できることが条件となるのは当然のことといえます。ただし、内国税と異なり、その要件の具備の説明に最も適した者が輸出者・生産者であって、輸入国税関に説明責任を負う輸入者が必ずしも全ての詳細を承知していないことが制度の運用を複雑にしています。そのため、輸入者が特恵待遇の否認による不利益を生じさせないためには、適切な社内体制の構築が必要です。

 特恵関税適用上の要は、(i) 産品の原産性の保持、(ii) 積送要件の具備、(iii) 証明又は自己申告に係る書類事務の3点です。このうち、(ii) の積送要件は、変則な輸送ルートでの輸入、積替地での不自然に長い蔵置など、通常の貨物輸送と異なる場合には、輸入国税関の質問に的確に回答するためのメモを記録として残しておくことが望ましいと考えます。積送要件の具備を証明するための証明書類も、最近の協定では船積書類などでの立証が可能となっています。(iii) の証明書類、自己申告書類は、通常原本などを輸入国税関に提出するので、そのコピーを電子ファイルで保管しておくことが肝要です。日本国税関の場合は、税関に提出した段階で証明・自己申告書類及び関連資料の保管義務が解除されるので、税関から保管についての責任を追及されることはありませんが、産品の原産性の保持についての立証の際に参照すべき書類であれば、電子ファイルでの保存は必要となります。

 (i) の産品の原産性保持に係る立証が事後確認への対応のコアな部分となりますが、これは、原産性基準をどのように満たしたかをペーパー1枚程度で輸入国税関に説明又は提出できるように、記憶が鮮明な輸入申告の都度作成しておくことが最も効率的な方法であると考えます。このような概要ペーパー (日本の「原産品申告明細書」に相当) を作成するには、その根拠となる資料があるはずなので、それらの資料も一緒に電子ファイルで保存しておくことが肝要です。輸入締約国税関の事後調査は、概要ペーパーで納得する場合とその根拠となった資料の提示を求められる場合があるので、データベース化して対応できるようにしておくべきです。これらの電子ファイル情報をどのように保存しておくかについては、輸出者であれば日本商工会議所に対して提出している発給申請書及び関連資料に加え、元資料を必要な時に簡単に検索して、参照できるような方法で保管しておくことが基本です。自己申告であっても、自己申告に必要な情報を同様な方法で保管しておくべきです。この際に、できる限り自社・関連会社だけで立証できる方法を工夫しておくことが肝要です。サプライヤーの宣誓書に原産性判断を依拠する場合、当局の照会に回答できる旨の確約が必要です。輸入者の場合、必要な情報がすべて入手済みであれば問題がありませんが、輸出者・生産者に情報提供を依頼する必要があるならば、そのルート (輸入国税関に直接提出するか、輸入者経由でかまわないか) についても、予め文書で確認しておくことが必要です。特に、生産者の技術情報保秘に関係して情報提供が困難な場合、技術情報の開示が不要な方法での立証 (例えば、粗原料から製品への関税分類変更での立証など) を心掛けるべきです。 

おわりに 

 4年ほど前のことになりますが、平成30年度JASTPRO調査報告書として『EU特恵原産地制度における証明及び確認実務に関する調査』をまとめるために、筆者は、ベルギー、フランス、スペイン、ドイツに出張し、官民の実務者、特恵輸出を行なっている事業者との面談を重ねました。その際に印象に残ったのは、EUにおける数十年にわたる特恵制度の実施による経験の蓄積で、原産地規則はどこまで徹底して遵守すべきかについて、各事業者が一定の「相場観」を持っているということでした。この背景には、サプライヤー宣誓制度がEU全域をカバーする民間制度として確立し、EU域内のどの企業であっても素材、部品、コンポーネンツの提供を受ける際に同宣誓書を受領し、加工を終えて他の企業に販売する際には同宣誓書を作成してバリューチェーンの次の事業者に引き継ぐという基本動作が身についていることがあると思います。

 その一方で、迂回商品を特恵輸入しながら「逃げ切り」を図ろうとする事業者が存在することも事実で、欧州委員会・加盟国税関はこのような逃げ切りを許さないためにも登録制度で極力「素性把握」を行なっているとのことです。また、事業者との面談の際に事後確認に関連して注意している点は何かと尋ねたところ、「サプライヤー宣誓の提供を求めたところ『原産地はどこにしますか』などと論外なことをいう事業者、欧州で事業を始めたばかりで特恵制度にも不案内な様子にもかかわらずサプライヤー宣誓の作成はすぐにできるなどという外国籍の事業者からのサプライヤー宣誓については、受け取っても信頼せず、非原産扱いする」というコメントが印象的でした。

 筆者の率直な見立てでは、こうした欧州企業の平均的な意識は、日本の一般的な事業者の意識よりも高いように思いますが、日本の某大手企業が総力を挙げて取り組んでいる精緻なデータベース構築とその実施のためにグループ企業、下請け企業を巻き込んだ大規模かつ強固な原産性立証体制のレベルと、世界的に有名な某欧州企業の原産地管理に係る管理体制を比較すると、日本企業の「職人技」ともいえる細部に至るまで厳格な管理体制には遠く及ばず、欧州では甘さの残る認識に基づく運用を行なっているように感じました。日本の当該大手企業の責任者に運営方針を伺ったところ、将来的にどのような事後確認が行われても原産性審査には絶対的な自信を持てるレベルに引き上げるとのことで、データベース構築にも相当な金額の投資を行ったそうです。会社の名前を汚さないという企業人の誇りを垣間見た気がしました。売上高が大きな企業であるからできることかもしれませんが、中小規模の企業であってもむしろ関係先が少ない分だけ、規模に見合った、より的確な管理を行う体制の構築が可能であり、そのための努力は惜しむべきではないと考えます。


  1.  1993年12月8日、1930年関税法及び関連法令を修正する「北米自由貿易協定(NAFTA)実施法の第6章(Title VI)」(Pub. L. 103-182, 107 Stat. 2057)として発効しています。詳細は、本講座第3章第2節2. 「米国における自己申告の採用」参照。

  2.  「エントリーの時」として認められるのは一律ではなく、以下のとおりです。
    ⅰ 国内引取許可(release)の時、又は
    ⅱ エントリー申告書 (CBP Form 3461) が提出された時:貨物が輸入港に到着済みで、同申告書が提出された時に輸入者がその旨を申告書上で要求した場合、又は
    ⅲ 貨物が輸入港に到着した時:エントリー書類が貨物の到着前に提出されており、同書類が提出された時に輸入者がその旨を書類上で要求した場合。
    詳細は、拙著「日米貿易協定 – 原産地規則の概要と実務」(日本関税協会、2020年8月25日) 121-130頁参照。

  3.  エントリーサマリーは常にそのまま米国税関に受け入れられるわけではなく、入力された情報が米国統計局で通常得ている統計情報と齟齬をきたす場合には、エラーメッセージ的な「統計上の警告 (census warning)」が発せられます。その場合、警告に従って修正するか、警告を無視して元の情報をそのまま再入力することも可能です。また、「書類要求 (documents required)」メッセージが発せられる場合は、米国税関又は関係政府機関が事実を裏付ける疎明資料を求めていることを示しているので、それらの資料がさらに審査されます

  4.   連邦規則パート159.1(清算の定義)「清算は、国内引取・消費のための輸入又はドローバックの輸入に賦課される関税の最終的な計算又は確定である。」Title 19, Chapter I, Part 159(Liquidation of duties)

  5.  田阪幹雄「第7章第1節: 北米」『国際複合輸送業務の手引き』第10版(2020年10月, (一社) 国際フレイトフォワーダーズ協会)294頁。

  6.  詳細は、今川、前掲『日米貿易協定』、117-119頁参照。

  7.  2001年5月10日、EC第一審裁判所(Court of First Instance)による判決(Kaufring AG and Others v Commission of the European Communities; Joined Cases T-186/97, T-187/97, T-190/97 to T-192/97, T-210/97, T-211/97, T-216/97 to T-218/97, T-279/97, T-280/97, T-293/97 and T-147/99)。細は、本講座第3章第2節1. 「第三者証明制度の劣化とその原因」脚注4参照。

  8.  欧州委員会グリーンペーパー「特恵原産地規則の将来 (The Future of Rules of Origin in Preferential Trade Arrangements) – サマリーレポート」COM(2003)787 final of 18 December 2003, 2004年8月24日。結果を要約すると、以下のとおりです。
    • EUの輸入者としては輸出国側に起因する原産地証明の誤りによって追徴されることは避けたいが、EU税関当局は追徴できる制度を確保したい。
    • 産品の原産性を誤る判断の最大の理由は特恵原産地規則の複雑さにある。したがって、特恵原産地規則の簡易化、調和化 (複数の原産地規則の一本化) を実施すべき。
    • 第三者証明制度を廃した場合、すべての輸出者に無条件で自己申告を認めるのは行き過ぎで、認定輸出者又は登録輸出者による自己申告制度が望ましい。
    • 輸出締約国の当局は、輸出者のコンプライアンスを監視すべきで、コンプライアンスの弱い輸出者・輸出国への特恵供与停止によって制度の健全性を担保すべき。

  9.   Commission Implementing Regulation (EU) 2015/2447 of 24 November 2015 laying down detailed rules for implementing certain provisions of Regulation (EU) No 952/2013 of the European Parliament and of the Council laying down the Union Customs Code

  10.  URL 〔https://ec.europa.eu/taxation_customs/dds2/eos/eori_validation.jsp?Lang=en

  11.  登録が義務付けられるデータ要素は、1. EORI番号、2. 事業者の正式な氏名・名称、3. 本拠地・住居の住所、4. EU域内における設立、5. (加盟国から取得している場合) VAT認識番号、9. 1から3までの個人情報の開示に係る同意、10. 略した氏名・名称、14. EORI番号の開始日、15. EORI番号の失効日の各データ要素。「委任規則」は、Data Requirements Table of Chapter 3, Title I, Annex 12-01 to the Commission Delegated Regulation (EU) 2015/2446 of 28 July 2015 supplementing Regulation (EU) No 952/2013 of the European Parliament and of the Council as regards detailed rules concerning certain provisions of the Union Customs Codeの略称。

  12.  例えば、「情報証明書INF 3」は再輸入される貨物について発給される書類で、「情報証明書INF 4」はEU域内の材料供給者が作成したサプライヤー宣誓の真正性をその地を管轄する税関当局が証明する書類です。後者については、平成30年度JASTPRO調査研究報告書「EU特恵原産地制度における証明及び確認実務に関する調査」30-36頁参照。

  13.  民間企業 (SHIPHUB社、ドイツ) ウェブサイトでは、これらの書類の他にB/L、パッキングリスト、SWB (Sea Waybill)、鉄道の場合のCIM/SMGS鉄道輸送契約書を例示しています。(検索日:2022年9月13日)〔https://www.shiphub.co/customs-procedure-for-import-to-the-eu/

  14.  「不備のある一般特恵(GSP)原産地証明書等の取扱い」 〔https://www.customs.go.jp/roo/text/fubi_gsp.pdf
    「不備のある経済連携協定(EPA)原産地証明書等の取扱い」 〔https://www.customs.go.jp/roo/procedure/fubi_epa.pdf
    「<重要>「不備のある(EPA/GSP)原産地証明書等の取扱い」について (ご利用になる前にお読みください。)」〔https://www.customs.go.jp/roo/procedure/fubi_shuchi.pdf

  15.  例えば、実質的変更などの狭義の原産性判断基準を満たす産品を「原産品」と定義する協定 (日インド協定など)、累積規定など原産性判断に関連する要件を加えた広義の原産性判断基準を満たす産品を「原産品」と定義する協定 (例えば、アセアン諸国とのバイ協定など)、積送要件など協定で求められるすべての要件を満たした産品を「原産品」と定義する協定 (例えば、TPP11、日EU・EPAなど) があります。詳細は、今川『メガEPA原産地規則 - 自己申告制度に備えて -』(日本関税協会、2019年) 53-58頁参照。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?