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第2部 EPAによる節税:      輸入材料を使用しても原産品になる方法 - 実質的変更基準

 前回まで、輸入品に適用される税率には様々な種類があること、EPA特恵制度を利用することでより低い税率の適用が可能であること、EPA特恵税率を適用するためには輸入される産品が原産品であること、原産品として認められる資格要件は主に次の三つの基準から構成されていることなど、特恵制度全般について解説してきました。

  (i)  完全生産品定義
  (ii)  実質的変更基準
  (iii)  原産材料のみから生産される産品

 完全生産品定義は、農水産品、天然資源などの未加工分野を主対象として適用されます。一方、輸出締約国における産品の生産において輸入された材料を使用した場合に適用される実質的変更基準は、グローバル化した世界で部品・部材の供給が国境を越えて行われている状況下で最も使用頻度が高くなっています。そこで、今回は実質的変更に焦点を当てて説明します。

1.品目別原産地規則の成立ち

 EPA協定の原産地規則は、EPA協定本文に上記の原産品判断のための三つの基準を示して原産品を定義する規定、実際に原産性判断を行なう際の手順及び補助的な規定の適用の原則を示す一般規定が置かれます。品目別規則は、一般的に、EPA協定附属書に置かれ、①関税分類変更、②付加価値、③加工工程などの実質的変更の具体的基準が規定されます。ただし、品目別規則はEPA交渉当事国の国内産業事情などを反映したものとなるため、全体としては似たような規則ではありますが、各協定で微妙に異なっていることが特徴です。また、規則の内容のみならず形式も統一されておらず、EPA協定附属書の品目別規則は、協定本文に規定される一般規定としての「項変更又は40%付加価値」が適用されない例外品目だけを掲載したもの (日アセアン協定) と、HS第1類から第97類までの全品目にルールを規定するもの (例えば、TPP11、日EU・EPA、RCEPなど多数) があります。前者は原則部分と例外部分の二か所を見なければならないのですが、規則のページ数が少ないので、実務上、ある程度の経験者には使い勝手がよいと思います。後者は規則が分厚い辞書のようで、持ち運びに重く、保管にスペースを取りますが、附属書部分だけを参照すれば済むという安心感があると思います。

2.実質的変更と原産品の関係

(1) 原産品:完全生産品と非完全生産品との区分

 原産品について前回の復習も兼ねて簡単におさらいします。まず、産品の生産が一か国で完結しているならば「完全生産品」となりますが、その中には政策的に完全生産品と決められている「くず、リサイクルによる再生品」などもあります。これに対して、産品の生産が一か国で完結せず、二か国以上が生産に関与する場合に原産資格の有無を決定するルールが実質的変更基準です。したがって、産品の素材構成に着目すれば、一か国ですべての素材を揃えたか(完全生産品)、他国の素材も使用して新たな産品に実質的に生まれ変わった(非完全生産品)かの二択になります [1]。

 しかしながら、原産地規則の規定から見ると、原産品として判定する基準に冒頭の三つが存在し、 (iii) の「原産材料のみから生産される産品」の所属が完全生産品であるのか、否であるのか、いま一つ不明確です。「他国の素材を使用したか」という産品の素材構成の観点から区分する場合には、「非完全生産品」として広い意味での実質的に変更された産品のグループに属します。前回、EPA原産地規則には産品の原産性決定方法としての原産性判断基準が「二つ半」存在すると説明したのは、原産品を定義付けるに際して、以下のような区分の整理があるからです。どちらかが正解と言い切れないため、あえてそのように説明しました。

 (2) 直接組み込まれ又は直接加工される材料


 さて、非完全生産品(広い意味での実質的に変更された産品)として整理される上記 (ii) 及び (iii) の二つ原産品の違いを説明します。これらの二つの原産品は非完全生産品として共通ですが、産品の原産性を判断する際に適用する規定に差異が生じます。前述のとおり、実質的変更とは生産に使用された他国の素材が実質的に異なる新たな産品として生まれ変わったかを判断するための基準です。この基準は、通常、生産工程を遡及することなく最終産品に直接組み込まれ(例えば、機械を構成する部品・コンポーネンツ)又は産品へと直接加工されて姿を変える(例えば、窓枠に加工されるアルミのインゴット)材料の中で他国の素材(非原産材料)に対してのみ適用されます。理論的には使用材料の粗原料 [2] の輸入段階にまで遡って(「完全トレーシング」といいます)、厳格に他国素材と自国素材を峻別した上で産品のHS項又は号に設定された品目別規則を適用することが望ましいのですが、なぜ、産品に直接組み込まれ又は産品へと直接加工されて姿を変える材料にその規則を適用することで足りるのでしょうか。その理由は、完全トレーシングを強要すると、極度の事務負担、商業秘の壁、時間的制約などから特恵関税制度の活用を著しく阻害する要因となるためです。

3.関税分類変更による実質的変更判断

(1) 関税分類変更の適用とトレーシング

 それでは、生産工程が比較的簡単で、最終製品、最終製品へと直接加工されて姿を変える材料及びそれらの材料の粗原料などが明確になるような事例として「そば(麺)」を取り上げます(図表1:「そば(麺)の生産工程(素材から製品への関税分類変更の経過)」参照)。

 この事例における最終製品はそば(麺)で、第1902.19号に分類されます。産品であるそば(麺)へと直接加工される材料は、小麦粉(第11.01項)、そば粉(第1104.29号)及び水(第2201.10号)です。水は地下水又は天然の湧き水を使用するので、それ自体が粗原料となりますが、小麦粉及びそば粉は、種から生育した植物(小麦及びそば)を収穫し、脱穀した小麦(第10.01項)及びそばの実(玄そば)(第1008.10号)を製粉することで得られます。さらに、具体的に原産性を把握する事例として、そば(麺)の生産に小麦粉及びそば粉のどちらか又は両方に輸入材料を使用したとして検討してみます。この生産工程についてそれぞれの材料について完全トレーシングを行ない、素材の素性を割り出してみると、次のようになります。

前提: 最終製品の生産工程はすべて日本国内で行われる。
  国産素材と輸入素材は物理的に分離して保管し、混ぜ合わせない設定。

(i)   小麦粉:

  1. 米国産の小麦を輸入して国内で製粉した場合、非原産材 料は小麦。

  2. 日本で成育した小麦(完全生産品)を収穫、脱穀、製粉した場合、小麦粉は完全生産品。

(ii)   そば粉:

  1. 中国産のそばの実を輸入して国内で製粉した場合、非原産材料はそばの実。

  2. 日本で成育したそば(完全生産品)を収穫、脱穀、製粉した場合、そば粉は完全生産品。

(iii)   水: 日本の地下水又は湧き水が使用されるので、水は完全生産品。

(出典:筆者が関税率表から作成したもの)

 それでは、本事例に適用される関税分類変更が次の二つである場合、どのような適用手順になるのか実証してみます(特定のEPAの実例ではなく、説明の便宜のための事例です。)。

そば(麺)の品目別規則が「HS類の変更」である場合

 小麦粉、そば粉及び水の関税分類とそば(麺)の関税分類を比較して類が異なっていれば、産品へと直接加工される材料のすべてが非原産材料であっても最終産品のそば(麺)は原産品となります。水は日本国内の水源から調達した事実を容易に証明できるので、原産材料として立証できます。水を非原産として立証しても類の変更が生じる(第22類から第19類)ので、最終産品の原産性判断に影響を及ぼしません。小麦粉とそば粉についても類の変更が生じる(第11類から第19類)ので、小麦粉とそば粉の原産性如何にかかわらず、最終産品であるそば(麺)は原産品となります。このような場合、小麦粉から小麦、そば粉からそばの実に遡って素性を確認する必要はありません。原産地実務では、原産地規則で求められる要件を満たしていることのみを立証すれば済むので、小麦粉、そば粉及び水の全てが完全生産品であったとしても、事実のとおり立証する必要はありません。

そば(麺)の品目別規則が「HS類の変更。ただし、第11類の穀粉からの変更を除く」である場合

 この場合は、事情が異なってきます。産品へと直接加工される材料である小麦粉とそば粉の二つが第11類に分類されるので、産品へと加工される材料に品目別規則を適用すると、これらの材料のどちらか又は両方が輸入材料であった場合には最終製品であるそば(麺)は非原産となります。生産工程の実態を見ることなく、産品へと直接加工される材料のみに関税分類変更を適用する以外に原産性立証の方法はないのでしょうか。

(2) 関税分類を満たす素材までトレースする手法

 関税分類変更を要件とする規則の下で産品が原産品となるためには、トレーシング手法を使用しなければなりません。すなわち、日本国内でのそば (麺) の生産に使用する非原産の出発材料が第11類に分類される小麦粉及びそば粉以前の(分類される項が異なる)材料から始まっていればよいのです。上の図のとおり、非原産の小麦 (第10.01項)、非原産のそばの実 (第1008.10号) から国内生産を開始すれば、第11類の穀粉からの変更ではなく第10類の穀物からの変更となるので、最終産品のそば (麺) は原産品となります。これが、関税分類変更基準の一般的な解釈になります。

出発材料としての使用が許されない非原産材料を国内生産し、原産品とする手法

 ところが、この一般的な解釈が適用できないEPAも存在します。例えば、以下の規定が置かれている場合です。

品目別原産地規則が統一システムの特定の材料を除外する場合には、当該品目別原産地規則は、産品が原産品となるために、除外された当該特定の材料が原産品であることを要求することを意味するものとする。[3]

 この方式の要件は、トレーシングによる出発材料変更と似ているようで、少し異なります。実質的変更を決定する原産地規則は非原産材料に対してのみ適用されるので、産品に直接組み込まれ又は産品へと直接加工される材料が原産材料であれば要件から外れるので、理屈は通っています。そのため、この方式を適用する際には(使用が許されない特定の)材料に適用される品目別規則を把握し、その規則を満たす必要があります。

 小麦粉及びそば粉に適用される規則が「HS類の変更」であれば、小麦粉及びそば粉がそれぞれ類変更を満たす原産材料となり、上記の一般的な解釈と同じ結果となります。ところが、万一の話ですが、「HS類の変更。ただし、第10類の穀物からの変更を除く」という規定が設定されているならばどうでしょうか。小麦粉及びそば粉を原産材料とするためには、植物としての小麦、そばの段階まで国内の生産工程を引き上げなければなりません。すなわち、小麦、そばが日本国内で生育した完全生産品でなければなりません。小麦粉、そば粉及び水のすべてが完全生産品であれば、そば(麺)も完全生産品となります。したがって、「出発材料としての使用が許されない非原産材料を国内生産することが原産品とする要件」の下ではそば(麺)が原産品となるのは、以下のとおりです。

 これらの、「関税分類を満たす素材までトレースする手法」と「出発材料としての使用が許されない非原産材料を国内生産し、原産品とする手法」の違いは、前者が、生産工程の上流に向かってトレースを続け、関税分類が異なる素材が国内生産の出発材料とすれば足りるのに対し、後者は、それに加えて当該素材が原産材料に転化することが求められることです。念のために付言しておくと、全品目を検証したわけではありませんが、品目別規則は、この両者の適用結果が同じになるように設定されていることが多いようです。

(3) 関税分類変更のまとめ

 関税分類変更は、非原産材料への実質的変更の有無を判断する方法として最も広く使われる方式で、産品の生産に使用された全ての非原産材料の関税分類(HS類、項又は号)が産品の関税分類(HS類、項又は号)と異なることで実質的変更を判断します。変更の幅は、号、項、類の順によりHS番号のカバレッジが広くなり、変更の程度がより大きく、規則としてはより厳格になります。

4.付加価値による実質的変更判断

 次に、付加価値による実質的変更判断を説明します。関税分類変更と付加価値による実質的変更の差異は、関税分類変更の場合、すべての非原産材料と最終製品の関税分類番号が異なることで判断されるのに対し、付加価値の場合、非原産材料と最終製品の価額差の比率で判断されることにあります。この非原産材料と最終製品との価額差比率は基本型としてほぼ全ての計算式で使用されますが、例外が一つあります。その例外が、TPP11と日チリ協定で使用される原産材料と最終製品の価額差比率で判断する方法です。前者の基本型には単純変形型と合理的進化型も存在するので、次に詳しく説明します。

(1) 付加価値計算に必要な基礎知識Q&A

Q:付加価値計算の対象は工場単位か?ロット単位か?

A:ロット。付加価値判断の対象物ですが、輸出される産品の原産性判断が目的なので、生産者の工場で月間1万個の商品を生産するラインが3つあるとしても、輸出される産品が2千個であるならば、当該2千個の一つ一つについて原産性があることを立証することになります。2千個全ての商品が完全に同じ材料から同じ製品が生産されるのであれば計算は容易ですが、使用される材料が微妙に異なり100個ずつ異なる性能、異なる配色がされる製品が生産される場合、HS番号が同じであっても、別の商品としてインボイスに記載されるとおり、それぞれのロット毎に原産性判断を行なう必要があります。工場単位又は四半期単位で平均値を使用してよいとする、利用者に都合のよい規則は非常に限られており、日本が実施しているEPAの中では、TPP11で自動車関連産品にのみ適用されます。

Q:算出すべき付加価値は実値?閾値を超えるという事実?

A:閾値を超えるという事実。付加価値による原産性判断を行なうに当たって間違えてはいけない重要なポイントは、付加価値の算定とは産品の生産に係る内国付加価値が閾値以上であることの立証であって、産品の生産に係る内国付加価値の実値を出すことではありません。すなわち、当該産品の内国付加価値の実値が80%を超えていたとしても、例えば40%と設定される閾値をある程度の余裕を持って上回ることを立証すればよいのです。したがって、コストをかければ原産材料であることが立証できる材料であっても、これを原産性不明の材料として非原産扱いすることは何ら問題ありません。

(2) 付加価値計算の基本型としての非原産材料と最終製品との価額比率

 さて、次に計算式の説明に進みます。付加価値計算の基本型としての非原産材料と最終製品との価額比率を、次のような非原産材料のみに焦点を当てた最も直截的な方法で算出する方法が控除方式で、多くのEPA協定で採用されています。

控除方式:スタンダード (日スイス以外のすべて)

 控除方式の特徴は、FOB価額を構成する要素のうち非原産材料以外のすべてを締約国内での付加価値とみなすことにあります。したがって、FOB価額に占める材料費の割合が高く、その大半を自ら輸入している生産者にとっては、産品が非原産となる可能性があるものの、実に簡単に原産性判断ができます。一方、材料費の割合が高く、その大半を国内調達している生産者にとっては、それらの調達材料のある程度の部分が原産材料であることを立証できなければ産品が非原産となる確率が高まります。

 原産材料であることの確認はサプライヤーの協力如何にかかっています。輸出者・生産者限りで行なうことができず、当該材料のサプライヤー、場合によってはその前段階の素材のサプライヤーからの情報提供が不可欠です。ところが、サプライヤー側も取引相手に自らの販売価格の構成が透けて見えるような情報を出したがりません。一見、簡素な計算式で実施も容易に思うかもしれませんが、使用材料の調達状況によっては、大きな立証負担を負うことになりかねません。

【非原産材料の最大限の割合:控除方式を逆方向から実施 (日EU・日英・日スイス)】

 この方式は、非原産材料の価額だけに焦点を当てる意味でスタンダードである控除方式と全く同じですが、分子に非原産材料の価額そのものを据えています。したがって、一定の内国付加価値の付与を求めるのではなく、生産に使用できる非原産材料の最大限度を示しています。そのため、閾値を超えるのではなく、非原産材料の価額の総額が工場渡し価額の一定比率(許容限度としてのX%)を超えないことが求められます。欧州の特恵原産地規則でよく用いられる方法で、欧州では分母もFOB価額ではなく工場渡し価額(ex works)が使用されることが一般的です。

積上げ方式:RCEP型

 スタンダードな控除方式と非原産材料の最大限の割合が非原産材料の価額に焦点をあてるのに対して、RCEP型の積上げ方式は、非原産材料以外のFOB価額構成要素すべてに焦点を当てて内国付加価値を算出します。したがって、これらの3方式は、非原産材料のみを取り上げるか、除外するかの違いはあっても、実際同じ内容を異なる手順で又は逆の方向から立証する方法といえます。計算式の分子がなぜこのような構成になるかというと、原産地規則においては、

という前提条件で付加価値計算を行なうので、Bの構成要素を積み上げた総額をFOB価額で除すことで、控除方式と同じ結果が得られることになります。積上げ方式による付加価値算定は、FOB価額に占める材料費の割合が低い場合、例えば自社限りで(サプライヤーを煩わせずに)詳細を把握できる直接労務費、直接経費及び利益のみで付加価値基準を満たす場合に便利な方法であるといえます。前述のとおり、付加価値基準の閾値を満たすだけの立証を行なえばよいので、実値を出すために余計なコストをかける必要はありません。

(3) 基本型の単純変形型

【積上げ方式:日印・日蒙型】

 この方式は、RCEP型とほぼ同じですが、計算式の分子の部分においてRCEP型にある「他の費用」が入っていません。「他の費用」の内訳は、産品が生産された工場から当該産品が輸送船舶の舷側を通過するまでのコストに加えて、販売費及び一般管理費を当該産品に割り当てた額を含むと理解されていることから、より数値の確定が容易な項目を残したものと考えられます。RCEP型に比較すると内国付加価値として計上できる額が少なくなりますが、前述のとおり、実値ではなく閾値を超える立証を行なうことが目的なので、「その他」を含まないことで立証が困難になったという声は聞こえてきません。

(4) 付加価値計算の進化型

 「重点価額方式」は、原文の「Focused value method」の翻訳です。原文の意味に忠実に「焦点を当てた(非原産材料の)価額」とFOB価額との価額比率と考える方が理解しやすいように思います。ここで何に焦点を当てているかというと、「関税分類変更を満たさない材料」がその対象となります。TPP11の品目別規則から例示すると、第8211.91号のテーブルナイフ(固定刃のもの)に対して、

類変更、又は RVC [4] 35% (積上げ方式)、45% (控除方式)、55% (重点価額方式)

という規則が設定されています。このように、重点価額方式が規定される場合、必ず関税分類変更が併用され、単独で規定されることはなく、例示にように3方式が併用される場合と控除方式との2方式が併用される場合があります。この方式がなぜ進化型であるかというと、関税分類を満たさない材料とは、産品そのものに分類される未完成品、関税分類変更から除外される重要部品・素材などの数品目に限られるので、総部品表/材料一覧表の作成が楽になるからです。

【純費用方式:TPP11】

 純費用方式は、純粋に産品の生産に直接要したコストのみを対象として内国付加価値を計算するものなので、利益、販売費又は一般管理費のような産品の生産に直接関係しないコストを排除します。ただし、計算式のみならず、各項目にいたるまで厳密に定義されているので、企業会計の専門家の関与なしに付加価値計算を行なうことは容易ではありません。

(5) 原産材料使用義務要件

【積上げ方式:TPP11・日チリ型】

 上記 (2) から (4) までは、いずれも非原産材料の価額を軸に運用される計算式ですが、この積上げ方式は原産材料に焦点を当てて数値を出すので、付加価値を求めるものではなく、一定比率以上の国産材料の使用を義務化するローカルコンテント(local content)要件です。前述したとおり、国産(原産)材料はサプライヤーの協力が得られなければ立証が困難になるのに対して、自社で基幹部品を製造している企業が最終製品を同時に製造している場合などでは、非常に容易に原産性を立証できます。

(6) 付加価値・原産材料使用義務要件のまとめ

 付加価値及び原産材料使用義務要件は、関税分類変更に比較して特恵貿易の効果としての締約国への投資を呼び込み、輸出増大を図る「貿易転換」を数値的に強要する意味もあるために、産品の原産性判断の基準としてはオーソドックスなものといえます。付加価値のみを実質的変更の要件とする特恵制度も存在します(例えば、米国、加、豪、NZのGSP、導入当初のアセアン域内特恵規則など)。

 付加価値の計算式は数種類存在するものの、産品の価額(FOB価額)と非原産材料の価額の比率を算出し、一定数値(閾値)以上であれば実質的変更があったとみなす控除方式がスタンダードとして日スイス協定を除く全てのEPAで使用されています。実務上、付加価値は計算式に数値を入れるだけで判断できる簡素な方法に見えますが、自社における産品の価額のみならず、他社から調達した材料の原産性の把握も併せて行わなければならないので、自社限りで産品の原産性を判断できないという煩わしさがあります。そのため、自社の労務費、直接生産経費、自社製造の材料費など、他社の関与を要しない積上げ方式が役立つこともあります。

5.加工工程による実質的変更判断

 加工工程は、非原産材料に対して特定の加工又は作業が行われることを実質的変更判断の要件とします。ただし、近年のメガ協定(TPP11、日EU・EPA、RCEPなど)では、適用対象を非原産材料に限るとの規定を置いていません。これは、非原産材料と原産材料の両方を使用して指定された加工工程を行なった場合でも原産性を付与することをより明確にしたものと考えられます。

 従来の二国間EPAとメガ協定で加工工程規定の書き方が変わったからといって、規定の取扱いが変わるわけではありません。基本原則として、原産品が一国内でどのように加工、変造されようとも原産材料のみから生産された産品として原産資格を維持するので、実質的変更判断の有無は、あくまで非原産材料が新たな別の産品に生まれ変わるかということに焦点があてられます。

 また、囲み記事の通り、加工工程は、HSが原産地規則目的で策定されていないことから、HS関税分類変更で対応できない場合の実質的変更を補完的に表現できます。一方、技術革新による生産技術の進化が著しい製品分野においては、特定の加工又は作業を指定しても時を待たずに陳腐化することもあり、規則の頻繁な見直しが必要となります。また、原産性判断に主観が介在するような規定を置くと、輸出国と輸入国とで判断が異なることにもなるため、明確な定義及び判断基準を定めないと実務が混乱することになります。

(1) 加工工程の種類

 加工工程が実質的変更の判断基準として最も広範囲に適用される分野は、化学品関連分野です。代表的な加工工程は、次のとおりです。

【化学反応】

 最も広範囲な適用があるのはTPP11で、第27類から第39類までの品目分野において、関税分類の如何にかかわらず 「化学反応」 によって非原産材料が他の産品に変転したことを証明することで原産性が付与されます。なお、加工工程の採用が最も少ない協定はRCEPで、「化学反応」 のみを品目限定で認めています。「化学反応」 は、協定横断的に次の定義が使用されます。

分子内の結合を切断し、かつ、新たな分子内の結合を形成すること又は分子内の原子の空間的配列を変更することにより、新たな構造を有する分子を生ずる工程(生化学的なものを含む。)をいう。

 ただし、(i) 水その他の溶媒への溶解、(ii) 溶媒(溶媒水を含む。)の除去、(iii) 結晶水の追加又は除去は化学反応とはみなさないという除外規定が置かれます。

【混合及び調合】

 適用される品目分野は第30類の医薬品が典型的で、TPP11の規定を引用すると、次のとおりです。

所定の仕様と合致させるための材料の意図的なかつ比例して制御された混合又は調合(分散を含む。)であって、当該産品の用途に関係し、かつ、投入された材料と異なる物理的又は化学的特徴を当該産品に与えるものが一又は二以上の締約国の領域において行われる場合には、原産品とする。

 この規定の適用に当たっては、「意図的なかつ比例して制御された混合又は調合」を示す具体的な数値等は何ら定められておらず、生産者の意図と実施された比例による制御を輸入国税関が信頼し、投入された非原産材料と異なる産品が生産され、投入材料とは異なる物理的又は化学的特徴を与えていると判断すれば原産品となり、疑義があれば原産資格が失われることになります。

【精製】

 最も広範囲に適用されるTPP11の規定を引用すると、第28類から第35類まで、及び第38類の産品に対して、

存在する不純物の含有量の80% 以上の除去をもたらす

精製工程が非原産材料に対して行われた場合に、原産品となります。明確な数値が規定されているので、使い勝手のよい規定です。

【異性体分離】

 最も広範囲に適用されるTPP11では、第28類から第38類までの産品に対して、

異性体の混合物からの異性体の単離又は分離

が行われる場合には、原産品となります。

【粒径の変更】

 日EU・EPAで適用される規定を引用すると、第30.01項から第30.06項までの産品に対して、

産品の粒径の意図的なかつ制御された改変(破砕又は圧縮のみによるものを除く。)であって、当該変更の結果として生ずる産品の用途に関係する特定の粒径、粒径分布又は表面積を有し、及び投入された材料と異なる物理的又は化学的特徴を生ずる

場合には、原産品となります。

 混合及び調合の規定と同様、「意図的なかつ制御された改変」を示す具体的な数値等は何ら定められていないものの、意図的なかつ制御された改変を行った結果として特定の粒径、粒径分布又は表面積を有することになり、投入された非原産材料と異なる産品が生産され、投入材料とは異なる物理的又は化学的特徴を与えていると輸入国税関が判断すれば原産品となります。

(2) 加工工程と関税分類変更の相互互換性

 HSの特定項の構成が、例えば第52.08項の綿織物で、漂白していないもの、漂白したもの、浸染したもの、異なる色の糸から成るもの、及びなせんしたものに分類がグループ化されるので、漂白、浸染、なせんなどの加工を原産性付与工程とするならば、号変更規定を設定することで、事実上、加工工程に対応した規則を関税分類変更で置き換えることができます。

 日EU・EPAで規定される定義に従って一覧図にすると、図表3「繊維素材・半製品の関税分類と繊維加工工程」、図表4「関税分類変更から工程ルールへの書き換え例」のとおりです。

(3) 加工工程のまとめ

 加工工程は、付加価値と同様に、関税分類変更が機能しない品目分野で補完的な判断基準として使用されます。実質的変更基準のうち最も生産工程、生産技術に着目した決定方法であるので、原産地規則として最も適しているといえます。しかしながら、日進月歩の技術革新に原産地規則の改正が追い付けず、古い生産技術でしか原産性を付与しないということが起こり得ます。

6.その他の変則的要件による実質的変更判断

 上記の三つの判断基準の他にも、特定自国産原料の使用義務、特定非原産材料の使用禁止、原産材料と非原産材料の比率などが併設されることがあるので、以下に例示しておきます。

·  特定自国産原料の使用義務
第1108.12号の「とうもろこしでん粉(コーンスターチ)及び第1108.13号のばれいしょでん粉」に対し、関税分類変更(類変更)と同時に、米国で収穫された材料から米国で生産することを要件とする(日米貿易協定)。

·  特定非原産材料の使用禁止
第2類の「肉」に対し、関税分類変更(類変更)を設定しながらも、その原材料となる第1類の生きている動物からの変更を除外するため、事実上、域内産の動物の屠畜による肉の生産を要件とする(RCEP)。

·  特定非原産材料の使用義務
第1602.50号の「その他の調製をし又は保存に適する処理をした肉、くず肉及び血で、牛のもの」に対し、関税分類変更(類変更)を設定しながらも、第2類の非原産材料(肉など)を使用する場合には、締約国である日米とは無関係であるTPP11締約国の完全生産品であることを要件とする(日米貿易協定)。隣国であり、TPP11の加盟国であるカナダ及びメキシコ産の肉などの使用を許容するもの。

·  特定非原産材料の使用比率
第18.05項及び第1806.10号の「ココア粉」に対し、関税分類変更(項変更)を求めるが、非原産材料である第18.01項のカカオ豆を使用する場合には、ASEAN加盟国の第三国において収穫され、採取され、又は採集されるカカオ豆の重量が、産品の重量の50%以上であることを要件とする(日マレーシア)。高品質のアフリカ産カカオ豆の使用比率を制限するもの。

·  原産材料と非原産材料の比率
第85.18項の「マイクロフォン等」に対し、非原産材料の総額が製品の価額の40%を超えず、かつ、非原産材料の総額が原産材料の総額を超えないことを要件とする(EEA:欧州経済地域)。緩やかなローカルコンテントを要求するもの。

 これらの変則的な要件は、その国の国内事情を反映して策定されています。EPA特恵制度における物品貿易は、締約国の双方が自国の産業の競争力が強い分野では相手国に関税撤廃を求め、弱い分野では関税撤廃からの除外を求めます。そのような場合に、関税で妥協する代わりに原産地規則を厳格化させたりすることがあります。日本のEPA原産地規則では、農水産品の分野でこのような変則規則が多くみられます。 

 次回は、原産性判断基準の中で最も難解な累積規定とデミニミス規定と呼ばれる原産性基準を満たさない場合の救済規定について、原産性判断を行なう領域的範囲に関する「国原産」、「地域原産」の相違と併せて説明する予定です。



[1] 非特恵原産地の世界基準となる(はずであった)調和規則の策定を求めたWTO原産地規則協定(1995年発効)では、原産国決定の基準として、一か国が生産に関与した完全生産品定義と二か国以上が生産に関与した場合に実質的な変更が行われたと認めるための基準の二つに分けて原産地規則を策定すべきとしています(第9条1 (b))。

[2]  粗原料とは、生産工程の最上流で使用された材料です。例えば、そば(麺)の粗原料は小麦とそばの実、水です。

[3]  この規則は、「品目別規則が類、項又は号の変更を求めながら、特定のHS類、項又は号の物品からの変更を除いている場合、当該品目別規則の要件を満たすためには、当該変更が許されない類、項又は号の特定材料が原産品となることを要求している」ことを意味します。

[4] Regional Value Contentの略語で、域内原産割合を意味します。


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