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原産地規則便利ノート

 今回から「原産地規則便利ノート」と題して、原産地規則に接したことがない方、何となく知っているという方に、原産地規則に親近感を持っていただけるような入門書となるよう、原産地規則の「あるある」、今更聞けない原産地規則用語などを解説すべく連載します。本連載で原産地規則に興味を持たれた方で、もう少し深いところまで原産地規則に通じてみたいと思われる方は、有料サイト「実務者向け原産地規則講座」で同時連載している「原産地規則基礎講座」に進んでください。「原産地規則のトリビア」コラムなどを含む、あまり教科書らしくない教科書を心掛けて編集しています。

 さて、人間の場合であれば、国籍は①父親の国籍、②母親の国籍、③生まれた国のいずれかになるかと思いますが、物品の場合にどのように決められるのかが本連載のメインテーマです。人間の場合も、国籍を決定するルールは国によって異なります。物品は、人間以外で地球上に物理的に存在するものすべてを含むので、簡単には決められません。物品の国籍が求められる手続はたくさんあり、その決定方法も様々であったために統一規則を作ろうとの動きもありましたが、未だ実現していません。

 本連載は、以下の5部構成で書きおろしてみたいと思います。

第1部:原産地規則とは

 物品の国籍を決める原産地規則の成立ち、手続によっては特恵原産地規則と非特恵原産地規則として使い分けられることなど、原産地規則の「イロハ」を説明します。

第2部:EPAによる節税

 数年前まではTPP、昨今はRCEPという略称を報道でもネット記事でもよく見かけます。これらは、簡単にいうと物品を輸入する時に支払う関税を無税にしたり、割安にしたりすることができる制度です。関税の節税は、簡単にできる場合とそうでない場合があるので、第2部ではそれぞれについて事例を交えながらお話を進めます。

第3部:節税のための手続き

 第3部は、実務にどっぷりと浸かったお話です。関税を節約するために避けて通れない必要なコストがいくらかかるかの話です。ですので、節税できる金額よりもコストが高くつくようなら、RCEPとかTPPとか、忘れてしまった方がよいというお話です。現在、筆者はこれらの節税策をコンサルタントとして事業者の方々の相談にあずかっていますが、かつては、国際機関や日本の官庁の政策担当者として制度そのものを作り上げ、実施してきたので、両方の立場をよく理解しています。したがって、関税の上手な節税の仕方をお話してみたいと思います。

第4部:一般特恵制度(GPS)

 第4部は、「GSP」と呼ばれる制度を説明します。要は、「開発途上国から輸入すると関税を節税できますよ。最貧国(後発開発途上国)から輸入すれば更に節税の幅が大きくなりますよ」ということです。後発開発途上国とは国連が認定した開発途上国の中でも特に開発が遅れている国々で、アジアであればバングラデシュとかになります。

第5部:非特恵原産地規則

 第5部は、関税の節税ではなく「これイタリア製って書いてあるけど、本当?」といった、まさに物品の国籍の決め方についてのお話です。節税用に使う規則と国籍決定に使う規則は、同じ「原産地規則」ではありますが、似て非なるものです。その違いが分かるようにお話します。  

第1部  原産地規則とは

 第1部では、原産地規則のお話を進めていく上で知っておいていただきたい貿易制度とその背景について書いてみます。少し教科書的な説明調になりますが、ご容赦ください。

「物品の国籍」を定めるルール

 原産地規則は貿易関係の法令として定められています。その名の通り原産地規則は「物品が元々産出された地」である「物品の国籍」を決める規則であると説明されたりします [i]。「原産」地は必ずしも「輸出」地でないこともあります。また、国単位で税率の違う関税の手続では「原産国」という単語が使用されますが、同じ意味になります。

原産地規則を必要とする手続

 物品の貿易では、原産地が特定されていないと輸入できないことがあります。例えば、国連の制裁措置としてある国からの物品が輸入禁止となっている場合、その国を原産地とする物品の輸入は許可されません。そのほかにも、ある国を原産地とする物品を輸入するには経済産業大臣の承認が必要となることがあります。このような場合の原産地を決定するための規則が原産地規則になります。

 また、上記の手続のほかに、原産地がどこかによって結果が変わる手続があります。それが関税です。日本の関税には、基本税率、協定税率、特恵税率、暫定税率の4種類があります。これらの税率の適用は、入場料に例えれば、一般の方(A)であれば1,000円、割引券を持っている方(B)は800円、お年寄り(C)は500円といった場合に似ています。では、関税の事例で見てみましょう。

 生鮮又は冷蔵のアスパラガス(第0709.20号)を2022年5月現在で我が国に輸入するとします。この場合、適用税率は以下のとおりとなります。

基本税率:                           5%
協定(WTO)税率:       3%
特恵税率
 特別特恵(対LDCs)税率:  無税
 経済連携協定(EPA)税率:  無税

基本税率は5%で、すべての国に対して適用されますが、実際には、世界の国々の相当数がWTO(世界貿易機関)[ii] に加盟(164ヵ国)しているだけでなく、WTOに加盟していなくても政策的に協定税率が適用できるようにしており [iii]、大半の国には協定税率3%が適用されます。特別な条件の下で適用される特恵税率にはいくつか種類があり、後発開発途上国(LDCs)の場合は無税、経済連携協定(EPA)締約国の場合は無税となります。

 さて、重要なポイントですが、上の関税率は輸出国が決まれば無条件に適用されるわけではありません。協定税率又は特恵税率の適用には物品の輸入の都度、その物品が原産地規則を満たしていることを証明する必要があります。後に詳しく説明しますが、協定税率適用を決めるのが非特恵原産地規則で、特恵税率の適用には特恵原産地規則が使われます。

 特恵税率、EPA税率などの割引特典の条件となる特恵原産地規則を満たせなかった場合には、WTO加盟国などの資格があれば協定税率(WTO加盟国ほか)が適用され、そのような資格を有しない国の場合には基本税率が適用されます。

協定(WTO)税率

 素朴な疑問として、関税は、なぜ同じ物品にいくつもの異なる税率を設けているのでしょうか。今日の関税の役割は、大きく分けて二つ存在すると考えられています。一つは、国家の財政収入の確保で、もう一つは国内産業の保護です。分かりやすい説明が財務省ウェブサイト「わが国の関税制度の概要」に掲載されているので、以下に引用します。

(URL: https://www.mof.go.jp/policy/customs_tariff/summary/index.html

関税は、他の租税同様、その収入は国庫収入となります。かつては、国家の財源として重要な位置を占めていました。国家間の経済交流が活発化し、貨幣経済が浸透する一方、国家の財政規模が巨大になり、国家の徴収体制が整備されるのに伴い、財源調達手段としての関税の意義は相対的に小さくなっていますが、厳しい財政事情の下でこれを適正に確保することは重要となっています。他方、関税が課せられると、その分だけコストが増加し、国産品に対して競争力が低下することから、関税の国内産業保護という機能が生まれます。現在では、この産業保護が重要な関税の機能となっています。

 つまり、一国には競争力の強い産業と弱い産業があり、弱い産業を守るためには競争力の強い外国製品に対して輸入時に関税をかけて、国内販売の時点で国産品が競争できるようにしています。第二次世界大戦後の世界貿易は、関税及び貿易に関する一般協定(GATT、ガット)に多くの国が加盟することによって発展してきました。1995年からGATTはWTO協定に引き継がれています。GATT/WTOの基本原則は、最も優遇的な措置を他の加盟国に等しく適用する「最恵国待遇」と国内において輸入品と国産品とを等しく取り扱う「内国民待遇」です。したがって、外国製品に対して関税をかける場合も、無差別・平等な取扱いが求められます。関税率が低いほど貿易量が増えることから「皆で一緒に関税を下げていく」多国間交渉が継続して行われてきました。

一般特恵制度(GSP)と特別特恵制度

 特恵関税制度の骨子は、以下のとおりです。

  • 一般特恵関税制度(GSP)は、開発途上国の輸出所得の増大、工業化と経済発展の促進を図るため、開発途上国から輸入される一定の農水産品、鉱工業産品に対し、一般の関税率よりも低い税率(特恵税率)を適用する制度。先進国から途上国への一方的な措置(別な恩)なので、先進国から途上国に「見返り」としての関税引下げを要求されることはない。現在、我が国では127ヵ国、5地域に対して一般特恵関税を適用。

  • 特別(対LDCs)特恵制度は、一般特恵受益国・地域のうちで国連総会決議によって後発開発途上国(Least developed countries:LDCs)とされている国(45ヵ国)に対して特恵関税について一般特恵よりも更に有利な特別の便益(少数の例外品目を除き、無税、無枠)を与えることが適当である場合に適用。 

自由貿易協定(FTA)と経済連携協定(EPA)

 自由貿易協定(FTA)とは、2つ以上の国・地域が関税や貿易制限的な措置を一定の期間内に撤廃・削減する協定ですが、競争、投資、電子商取引(e-commerce)などの幅広い分野を含めた自由貿易協定を、我が国では「経済連携協定(EPA)」と名付け、単なる物品、サービスのみの自由貿易協定との差別化を図っています。しかしながら、物品の貿易の部分のみを切り分けるならば、それは物品の自由貿易協定(FTA)であることに疑いはありません。

原産地規則とは

 さて、まとめに入ります。近年、日本も多くの国と経済連携協定を結び、同じ相手国から同じ物品を輸入する場合であっても適用できる特恵関税率が複数ある物品が増えてきています。どの関税率を適用するかによって満たすべき原産地規則が異なり、たとえ特恵税率を適用するための特恵原産地規則を満たせなくても1ランク下の関税率(例えば、協定(WTO)税率)を適用するための非特恵原産地規則を満たせば、協定(WTO)税率を適用して輸入通関できます。

 見方を変えると、「特恵原産地規則は、輸入された産品が関税上の特恵待遇を受けるために必要な原産品として認められるための要件を定めた規則」であると言えます。したがって、原産品と認められれば特恵税率の適用が受けられ、認められなければ通常の協定(WTO)税率(国によっては基本税率)を支払った上で輸入することになります。特恵税率には一般特恵(GSP)税率、特別特恵(対LDCs)税率、EPA税率の3種類があり、EPA税率はそれぞれの協定(我が国では20協定)によって個別に定められることから、その資格審査を行なうために1本の一般特恵(特別特恵)原産地規則と20本のEPA原産地規則が存在します。

 輸入された産品に対して特恵待遇が認められなかった場合、特恵原産地規則の役割は終了し、次の段階(1ランク下の特典)の協定(WTO)税率を適用するための原産国審査が行われます。ここで適用される原産地規則は非特恵原産地規則と呼ばれます。関税上の特典がより大きい特恵税率の適用資格を定める特恵原産地規則と今日では「ほぼ全ての国に適用される協定(WTO)税率」の適用資格を定める非特恵原産地規則とは性格が異なります。非特恵原産地規則に関しては、基本税率との差が大きい品目がまだ数多く残されており、協定(WTO)税率適用のメリットがないわけではありませんが、「ほぼ全ての国」に協定(WTO)税率が適用される状況においては、「当該物品がWTO加盟国を原産国とするか」との質問にはおそらくほぼ全ての回答が「Yes」となるでしょうから、本当の原産国はX国かY国かをギリギリと審査する必要がなくなります。


[i]  似たような言葉に「地理的表示 (Geographical Indication: GI)」があります。これは「ある商品に関し、その確立した品質、社会的評価その他の特性が当該商品の地理的原産地に主として帰せられる場合において、当該商品が加盟国の領域又はその領域内の地域若しくは地方を原産地とするものであることを特定する表示を意味します(知的所有権の貿易関連の側面に関する協定 第22条1(地理的表示の保護))。したがって、貿易手続上の「原産国」よりも更に厳格な要件が定められています。

[ii]  1930年代の不況後、世界経済のブロック化が進み各国が保護主義的貿易政策を設けたことが、第二次世界大戦の一因となったという反省から、1947年にガット(関税及び貿易に関する一般協定)が作成され、ガット体制が1948年に発足しました(日本は1955年に加入)。貿易における無差別原則(最恵国待遇、内国民待遇)等の基本的ルールを規定したガットは、多角的貿易体制の基礎を築き、貿易の自由化の促進を通じて日本経済を含む世界経済の成長に貢献してきました。1986年に開始されたウルグアイ・ラウンド交渉において、貿易ルールの大幅な拡充が行われるとともに、これらを運営するため、より強固な基盤をもつ国際機関を設立する必要性が強く認識されるようになり、1994年のウルグアイ・ラウンド交渉の妥結の際に世界貿易機関(WTO)の設立が合意され、1995年1月1日に設立されました。WTO協定(WTO設立協定及びその附属協定) は、貿易に関連する様々な国際ルールを定めており、WTOはこうした協定の実施・運用を行うと同時に新たな貿易課題への取り組みを行い、多角的貿易体制の中核を担っています。(外務省資料から編集)

[iii] WTO加盟国の他にも、関税定率法第5条(便益関税)の規定に基づいてWTO未加盟国であっても協定税率を適用することができます。


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