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第11話 分ちゃんと原ちゃんの会話(2)- 製品に付与した付加価値に応じた関税徴収の発想

(2019年9月19日、第34話として公開。2021年12月9日、note に再掲。)

 先日、某セミナーでの質疑応答で大変興味深い議論に接しました。質問に対する講師の回答は必ずしも正確なものではありませんでしたが、その回答を引き出した発想が面白かったので、それを少し発展させて頭の体操をしてみたいと思います。せっかくの機会なので、2018年1月に登場したHS商会の若手エースで何事にもクールな関税分類オタクの分太郎(分ちゃん)と、原産商事の(両親は日本人だけど)テキサス生まれシカゴ育ちで飲むと声が大きくなる原産地オタクの原乃介(原ちゃん)に再度登場していただきましょう。場所は、もちろん八丁堀の焼き鳥屋になります。

(分ちゃん) 今日のセミナーの質疑応答は面白かったですね。素朴な疑問ですけど、グローバル・バリューチェーンの展開によって、1ヵ国で粗原料から製品までの一貫生産を行うことはほぼ無くなっていますよね。このような状況で、最終製品の組立国を「原産国」として関税徴収することは理にかなっているのでしょうかね。

(原ちゃん)  分ちゃん、もう酔ったのかい。バカなことを言っちゃいけないよ。輸出国イコール原産国とする非特恵原産地の取扱いは世界中いたるところで行われているんだぜ。するってーと、何かい。最終製品の生産に関与した国々の中から「本当の原産国」を見つけてきて、その国の税率を適用しようっていうのかい。

(分ちゃん) 原ちゃん、声が大きいですよ。八丁堀はJASTPROという有名な財団法人がある場所だから、皆紳士的に静かに飲んでいるでしょう。我々浮いちゃってますよ。僕の言いたいことは、最終製品の輸出国は当該製品の輸出代金のすべてが国内に留まる訳ではなく、最終製品の価格の相当部分は調達部品の代金、知的財産権使用に係るロイヤルティ支払い等、様々な理由で他国に出て行ってしまいますよね。だから、単に部品の組立てのみを行っている輸出国の税率を適用するのではなくて、その製品に対する付加価値を付与した複数国に対して付加価値比率に応じて課税したらいいのはないかと思ったんですよ。

(原ちゃん)  俺はテキサス生まれで毎日ステーキを食べて育ったんで、こんな声なんだよ。それにしても、分ちゃんは分類オタクにしては「1物、1分類、1原産地」の原則を知らないのかい。分類の世界でも分離課税という取扱いがあるだろ。

(分ちゃん)  分離課税とは少し意味が違うんです。分離課税を適用するのは、高関税品目と低関税品目を混合して、低関税品目として通関した後に2つの品目を分離するという手法に対応するための措置ですね。その意味では、1物として提示される物品を2つの1物に分離した上で、それぞれの関税分類と原産地を確定した上で課税するということですね。
原ちゃん わかってるじゃないか。分類の世界でも1物に複数分類はないだろう。

(分ちゃん)  それはそうですけどね。今日のセミナーの質疑応答での、あの発想が面白いと思ったまでです。

(原ちゃん)  じゃ、具体的にどうやって複数国に課税するんだい。輸入される物品はあくまでも1つの製品だし、関税を納付するのは関係する国の輸出者ではなくて、輸入者だぜ。

(分ちゃん)  話を簡単にするために、1,000ドルの最終製品の生産に関与した国が、最終組立国のA国、500ドルの主要部品を提供したB国、そして合計300ドルのその他諸々の部品・附属品を提供したC国の3ヵ国だったとします。その場合、これら3ヵ国に適用される関税率はA国が3%、B国が5%、C国が無税であったとします。したがって、最終製品への付加価値貢献比率は、A国が20%、B国が50%、C国が30%になりますね。ですから、最終製品の課税価格1,000ドルを按分して、それぞれの税率を適用すると、最終輸出国のA国分として(200ドルx3%で)6ドル、主要部品を提供したB国分として(500ドルx5%)25ドル、その他の部品等を提供したC国分として(300ドルx無税)無税を合計した31ドルを徴収するというアイデアは面白いと思ったんです。

(原ちゃん)  それって、危ない発想じゃないか。その事例でB国に適用される関税率が25%だったとすれば、実際にどこかの国で起こりそうな話だね。最終組立の拠点を第三国に移したとしても、主要部品をB国から調達する限り、B国による付加価値貢献率の分だけ25%の高関税が課せられるということだろ。君はそんな理屈に感心してるのかい。

(分ちゃん)  原ちゃんの見方は甘くないですか。付加価値基準で「生産に関与した国のうち、製品に対する付加価値の付与が最も大きい国を原産国とする」という規則ができたら、今の事例では1,000ドルに対して25%の関税率がかかってしまうことになりますよ。按分した方がまだ合理的ではないですか。

(原ちゃん)  うーん。なるほど・・・。

 ここで焼き鳥屋での2人の会話は終わります。

 原ちゃんが声を張り上げて主張したように、現時点においては、多くの国の税関実務で「1物、1分類、1原産地」の原則を守っています。しかしながら、分ちゃんが指摘したように、特定国をターゲットとした高関税率が設定されている場合には、付加価値按分方式はむしろ合理的な課税方法となるかもしれません。といっても、あくまでも頭の体操の世界での話になります。現実の話として、すべての生産関与国がWTO加盟国でMFN税率のみが適用され、かつ、MFN税率と国定税率との税率差もほとんどないような品目事例では、按分しても意味がなくなってしまいます。また、生産関与国の付加価値貢献を正確に把握するには完全トレーシングを行うことが必要となりますが、原産地実務の観点から考えても、実施はほぼ不可能となります。

 新聞紙上で「関税」に関連する記事が途切れることがない今日、この頃。こんな頭の体操でリフレッシュするのも一案かもしれません。もっとも、「瓢箪から駒」で本気で悩むようなことになったら一大事ですが・・・。

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