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小説 無題4/4【完結】

頑張ってるね。

普段私の仕事について自ら触れてくることはない夫。

細かい話をしたのは今が初めて。

逆光で表情が半分に分かれている。彼は食べ終わった皿のフォークを見ている。

今まで常識や枠に囚われ過ぎていたのかもしれないな。でも、これからはそういうものは必要なくなっていくだろう。いや、もうすでにそうなりつつある。僕はそれを肌で感じる。誰かの経験や知識、特性は必ず誰かが必要としている。例えそれがどんな内容でも。世間的に、はもう通用しない。誰かが必要としてるんだ。お互いに必要なものをやりとりしながら交換していく社会になるんだろう。

そんな循環の世界に移行するためには感覚を開いておかないといけない。完全にだ。もちろん何かを成すためには積み重ねが必要なことに変わりはない。でもそれは命を削って無理に頑張ることとは違う。とにかく混じり気のない状態で拡大していくこと。僕たちに必要なことはそれだけなんだ。

――実は私も同じことを常々感じていた。世間的に、という言葉は近いうちに死語になるだろう。少数派だと思っていたけど、夫が言うといことはそろそろスタンダードになりつつあるのかな。そうなればみんなが生きやすくなる。

僕もね、やっと気づいたんだよ。

夫の目は、私の背後を見ている。

振り返ると、食材やドライフラワーが雑多に置かれた台の上ににんにくがぶら下がっている。

カメラのピントが合うみたいに、ぼやけたにんにくの束が輪郭をあらわにする。

一気に。

ドクン、と一度心臓が波打ってから周囲が歪み、そのまま高速で全てのものがクリアになっていく。同時に、今までまわりがぼやけていたことに気付かされる。

テーブル、椅子、外国人客の話し声、笑い声、カップとソーサーがぶつかる音、パスタソースの匂い、生ぬるい空気、陽光と影、ありとあらゆるものに生命が宿り、現実味を増していく――

なんだろうこの感覚!

その時

娘の笑顔が

浮かんで


もうそろそろ いったん かえろう


夫と私は

会計をして外に出た。


この街には大きな遊園地がひとつある。

誰かの想像と創造がつくり出した楽園の片隅にある小さな乗り場。

上を見上げる。

空。

いくつかの流れが見える。エネルギーが、境界線が、混ざり合っていく。

娘へのお土産を選びながら、私たちは向かっている。










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