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東方地霊殿と近代の目線

 19世紀からの20世紀にかけて、人類の科学の発展は著しかった。科学的・唯物論的な世界の見方の高まりは、人類がそれ以前には認識できていなかった二つの世界の発見へと繋がった。ひとつはミクロの原子核の世界。もうひとつは無意識の世界である。


 東方地霊殿はそのような、19世紀から20世紀にかけての近代化、特に日本の近代化を反復するかのようなシナリオである。明治期の日本の近代化は、舶来の近代思想によって成し遂げられる。同様に東方地霊殿のシナリオも、八坂神奈子ら守矢神社、つまり元幻想郷の外の世界の住人から持ち込まれた太陽を司る八咫烏の力が霊烏路空にインストールされ、その力が暴走した所が始まりである。その霊烏路空にインストールされた八咫烏の力とは、核融合、つまり近代によって発見された原子核のミクロの世界由来であることは周知の事であろう。また、古明地こいしは、無意識を操る程度の能力の持ち主である。無意識も近代の産物であることは先に書いた通りだ。

 原子核の世界も、無意識の世界も近代以前から人類の周り、もしくは内には存在していた。しかしそれらの世界を認識、すなわち見ることができるようになったのが近代以降においてなのである。

 ここで”見る”という言葉を使ったが、東方地霊殿のシナリオにおいて見るという事は重要な意味を持つ。霊烏路空は胸部に赤い目のような物を持つキャラクターデザインである。これは彼女の第三の目であると言っていいだろう。また古明地こいしも第三の目、つまりサードアイを持っているが、彼女のサードアイは閉ざされている。そして、こいしはサードアイを閉ざすことにより無意識の領域を発見したのである。これは人類が近代化によって、原子核や無意識の新しい世界を見ることができるようになった代償に、認識することができなくなってしまった世界があるということの表現であるとみることができるだろう。そしてその認識することができなくなってしまった世界とは、東方地霊殿において第三の目を持つもう一人の登場人物、古明地こいしの姉である古明地さとりが見ている世界であると筆者は考える。

 古明地さとりは地霊殿の主で、旧地獄一の有力者である。旧地獄は幻想郷からすらも忘れられた、嫌われ者たちが住まう地である。そしてその嫌われ者たちとは土蜘蛛や、橋姫や鬼のような、古典的な日本妖怪なのである。古明地さとりの第三の目は、そのような魑魅魍魎が跋扈していた、近代以前の人々の世界認識の内を見つめている。そしてそれは反語的に近代以降の世界において見捨てられてしまった世界であるとも言えるのだ。筆者は東方地霊殿のシナリオで描かれているのは、近代化とそれにより忘れられてしまった世界への郷愁であると感じる。東方Projectの中でも更に東方Projectらしいテーマであるように思う。

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