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調和的世界

数年前の年末ふらりと立ち寄った中華料理屋は
今も変わらず営業していて
さっきまであんなに豪快に鍋を振っていたのに
木綿豆腐を刻む手つきはやけに優雅で
店内には微かに聞こえる音量で遥か昔に流行っていたアンダーワールドの曲が流れていて
にこやかに軽やかな足取りで老婆が
お冷やを運んでくる
いらっしゃいませ

ようこそお越しくださいましたぁってね
千と千尋観たいな最近観てないな

隣の個室からは片言の日本語
チャーハン4ツオネガシマス
3人ですが4つでよろしいですか?
ヨロシデスアトラーメン3ツネ
ギョザ2ツギョザハ2ツ
鈴のような可愛らしい声
淀みがなくて凛とした涼やかな声
何故かアオザイを着た少女の姿が頭に浮かぶ

トラン・アン・ユンって誰だっけ
あぁ「夏至」の監督か

ふと窓の外を見やれば背の高いアジア系の男が
携帯電話をしきりに気にしながらペパーミントのような爽やかさで微笑みかけてくるものだから
アルカイックスマイルで微笑みを返す
とりあえず手振っとけほらあんたたちも

待てよもしかして隣か?


少しはましになったんじゃないか?
夕闇迫る窓ガラスには
安堵と諦観と疲労が入り混じった
年相応の自分の顔が映っている
疲れてはいるけれど穏やかな顔だ

えーギョーザ一皿だけー?
ラーメンでお腹いっぱいになるでしょいつも
一皿でちょうどいいの


少しはましになったんじゃないか?
置き去りにされた携帯を
子が嬉々として運んでくる
何度か鳴ってたよ
いいよ置いといて

この小さな頭の中には
現実と回想と妄想と断片的記憶が
バランスよく配置され
諦観の真ん中に埋め込まれた希望を
小さな画面の中に見出す
片時も離せなかったイヤフォンと携帯を
畳の部屋の真ん中に放り投げる

セロハンテープで仮止めされた
今のわたしが生きるのは
調和的世界

ねぇ
少しはましになったんじゃないか?


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