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幕引き

廃墟になったリサイクルショップの
窓際に置かれた花瓶には
薔薇の造花が生けられていて
その道を通るといつも確認してしまう。
がらんとした店内に取り残された花瓶。
いつまでも枯れることのない薔薇。
いつかあの建物は取り壊されるのだろう。

忽然と消えたバルーンショップ。古びた看板にうっすらと残る文字。使われなくなった駐車場を飲み込んでゆく雑草。サドルのない錆びた自転車。
何の意味もない風景、何の意味もない偶然の重なり、そういうものに何らかの意味を持たせたくなるのは幕引きがしたいからなのかもしれない。
はいこれでおしまい。終わりましたよ。
全ては朽ちてゆくのですよ。
それではみなさんさようなら。
蛹はね一度溶けてなくなるのですよ。
あの空へ羽ばたくために。
飛べるのだろうか。
絡みつく蔦の葉が邪魔で自信がない。

この香りが部屋から消えたらこの花が枯れたら
全てを終わりにしよう全てを。
そうやって何度も何度も幕引きを試みる。
あの更新が途絶えたら常に頭の片隅で鳴り響いているあの音があの声が聞こえなくなったら。
蝉の鳴き声が聞こえたら。焼けるような喉の痛みが嘘のように消え去ったら。

生かされてきた自覚があるから死にたいなんて思わない今は。
それでもカリブーの角が生え変わるように自分の核にある何かがカチッと音を立てて切り替わればいいのにと漠然と考えてしまう。

いつまでも縋りついていつまでも甘えていて
いつまで経っても忘れられない。
どこまでも纏わりついてどこまでも憶えていて
どこまで行っても消えてくれない。
引き金に指をかけたままこめかみに銃を突きつける。全てを終わらせるのは今なのか。
遠くにぶら下がる人参が見えたかと思えば
目の前が滲んで見えなくなった。
いつまでもどこまでも優しすぎるんだよ。
不甲斐ない自分が浮き彫りになっていく。

言いたいことを言わずにいたら
ついには声が出なくなった。
叫ぼうにも喉が締めつけられて
ろくに言葉になりゃしない。

繰り返される日常と変わらない現実と
抗い難い欲望とふいに顔を出す激情を
全部箱に詰め込んで丁寧に封をする。
がらくたばっかりだねと誰かが嗤う。

もういいだろう。
これ以上惨めな姿を晒すなよ。

そろりそろりとカーテンを引く音がする。
明日までに熱は下がるだろう。






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