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交換日記 (2) 世界の終りと君と夕焼け

<1周目のお題:世界の終りと>

「明日世界が終わるなら、あなたはどうする?」

実にありふれた、もしも話の定番。あの頃の私は、「会いたい人に会いにゆく」と答えていた。会いたい人ってなんだ。そもそもそんな行動力なんて持ち合わせていないだろう。今でこそそんなことを言いたくなってしまうけれど、当時まだ夢見るロマンチスト思考を抱えていた私は、平然とそんな答えを口にしていた。

人との関係を深めるたびに終わりを恐れてしまうのは、この世界が終わらないからだ。誰かとの関係が終わったって、それが大切な存在であったって、わたしは、わたしたちは、生きてしまう。この世界は、この命は、今もなお呼吸している。大切な人を失う絶望で、息絶えてしまえたらよかった。けれどもどのみち生きてしまうのならば、できる限り、楽に生きてゆきたい。必要以上に傷つきたくない。酸素は多いほうがいいけれど、結果として失ってしまうのならば、はじめから必要最低限の量だけを身に纏っていたい。未来に向かって生きるのに、過去を引き合いに出してしまうのが、人間の悲しい性であり、だから記憶は少ない方がいいのだと、誰かが言っていた。

生存することは容易いが、生きてゆくことは難しい。一概には言えないけれど、少なくとも私はそう結論づけた。ひとりで生きてゆこうと思った。私の人生に、誰かを道連れにするわけにはいかない。それはあまりに重荷であった。自分ひとりの人生ですら手一杯であるというのに、他者の人生をも背負うなんて、もう。

「それって、緩やかな自殺みたいだ」
燻る紫煙を眺めながら呟いたのは、あなただった。自らの命を削るように、それを慈しむように。ゆっくりと、けれども確かに、酸素の濃度を薄めてゆくみたいに。今でも憶えている。それはまさに、私の人生だったから。

二酸化炭素を含んだ水に、甘味料と香料を少々。酸素不足でこの生に幕を下ろすなら、じりじりと灼けるような痛みを肌に感じながら、ほんの少しの甘味に溺れて、息絶えたい。あなたとともに沈むならば、いっそ骨まで溶かして欲しい。あなたと私がともにいたこと、それをふたりだけの秘密にしたい。

散り散りになった記憶を掻き集めて、あなたの断片を探してみる。拾った欠片は小瓶に入れて持ち歩く。ほんのひと握りだけ、海に撒くのだ。それを私は散骨と呼ぼう。

「明日世界が終わるなら、あなたはどうする?」

「私は、燃えるような美しい夕焼けを、ただただ眺めていたいよ」

おやすみ、あなたの愛した世界。