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日中戦争の真実:ぶっちゃけ 中国🇨🇳と ドイツ🇩🇪は、似た者同士? 今も昔と変わらぬ蜜月関係。


( 講座PRメルマガよりの転載です。。。✍️🐧💦 )

『空白の戦史 日中戦争』 (ビデオは、長短 複数本有〼)

👇 11月13日まで公開ビデオ…ですが、まだ公開中のビデオも有〼❣️🐧


件名: [解禁] 日米大戦に隠されたもう1つの戦争

< 新シリーズ❣️>

田中英道教授が
「日中近現代史の第一人者」と称し、
これまで信頼してきたという
歴史学者の方の新講座がようやく完成しました。

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真珠湾攻撃から始まった
「日米大戦」については、
これまで多くの研究者より、
その真相が解明されつつありますが、、


そのきっかけをつくった


"もう一つの戦争"については、
なぜか多くは語られていません…


「軍部の暴走」 
「日本の侵略行為」


戦前日本の"悪の象徴"として一括りにされ、
まるで腫れ物を触るかのように、
実態が明かされてこなかった...


総兵力100万 死者数44万
日米大戦をはるかに超える大戦争。


日本を"泥沼"の道へと引き込んだ
日本の教科書に載らない
近代日本 "空白の戦史"の全貌を
ついに公開します...


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件名: 「出会った時は驚きました」by 田中英道

<新シリーズ>
中国近現代史研究の第一人者が暴く
「空白の戦史 日中戦争」
日中開戦を望んだ真犯人編

空白の戦史①_モック

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“彼の研究で、
かつての歴史認識が
どれほど偏ったものかを
痛感させられた。”
ー 櫻井よしこ

“氏の研究によって
南京事件は戦時プロパガンダ
ということが、明らかになった。”
ー 渡部昇一


中国近現代史研究の第一人者として、
今もアカデミアの世界で活躍する...
立命館大学名誉教授・北村稔。

保守言論人、歴史の玄人たちが
こう言うほど、、
日中戦争の歴史観を決定づけてきました。

北村教授について、田中先生もこのように
おっしゃっています…

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From:田中英道

「北村先生を初めて知った時、
こんな方がいるのかと驚きました。

南京大虐殺についても、
緻密な研究をもとに、
左翼的な教科書のおかしな点を
きっちりと指摘されていました。

それ以降、
左翼に対する挑戦状を書いたときには、
北村先生の著作を引用させていただきました。

保守であるというのは、
イデオロギー的な意味合いではなく、
第一に、「事実を見る・ファクトを確認する」
という姿勢が大事になります。

そのためにも、皆さんには、
ぜひ北村先生の講義を
聞いていただきたいと思います。」


研究歴40年、外務省から
「合同勉強会」の講師として招聘され、
歴史認識について官僚にレクチャーするなど
学会や言論界以外にも影響を与えてきた北村教授。

そんな北村教授はある時、
"重要な事実"に気付いた…

第二次大戦の詳細が記された、
・中国共産党側の文書、
・中国国民党側の文書、
・ソ連コミンテルン側の文書

それぞれの文書の中で辻褄が全く合わない、
不可解な記述をいくつも発見したのだ...

それらの文書の中には、
衝撃的な事実が記されていた...

中国が日本人には決して知られたくない
日中戦争の真実が、
彼らがつき通してきた大嘘が、
北村の告発によって、遂に暴かれる…

p.s.
北村教授を推薦する声は他にもあり、、

元防衛大臣:稲田朋美

「北村先生は非常に衝撃的な本を出され、
そもそも日本人と中国人は
価値観を異にするということ、

南京軍事裁判のでたらめさを
立証していただきました。
先生のお話はとても納得のいくものでした。」


東京大学・名誉教授:小堀桂一郎

自然科学的客観性をそなえた歴史論

「北村稔氏の歴史研究の姿勢は、
地震学や気象学を専門とする自然科学者が、
対象とする自然現象を
多年の歳月をかけて精密に観察し、

その結果を蓄積した上で
学説を樹立する方法に似ている。

科学的真実に到達するためには
観察対象である一連の現象の採択に
忌避や好悪があってはならない。

歴史家は一般に研究の前提として
とかく己独自の仮説を立て、
その立証に好都合な史料を選び取って
自己の目指す歴史像を構築する
という方法を取る。

しかし、それでは歴史の真の
客観的現実は把握できない。

北村氏は一切の仮説的前提を排し、
ひたすら、歴史の実像を把握せんがため、
可能な限りの史料を博捜し、

自然科学者の如き冷静さをもって
それを分析し、結果を出してゆく。

そこに氏の業績の、まさに自然科学の
観測成果に対するに似た
信頼が生れるのである。」


これまで、
数多くの日本人研究者たちが、
誰も手をつけなかった、
埋もれて知りもしなかった
国外の一次史料を徹底解読し、

明らかになった事実が今、
暴かれる…


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< 暴露:NHKスペシャルの傲慢さ >

新商品
「空白の戦史 日中戦争」
第1弾 日中開戦を望んだ真犯人

講座の見どころを
ビデオでご紹介していますので、
ぜひ、ご視聴ください。

画像1

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“なぜ、日中戦争は拡大したのか?
なぜ、太平洋戦争への道を
突き進む事になったのか?

その背景を物語る重要な資料が公開された。”

日中戦争
~なぜ戦争は拡大したのか~

これは、2006年に、
NHKが放送した番組なのですが、
そこには、大きな嘘が隠されていました。

番組では、戦争拡大の原因を
日本の主戦派の責任に
帰結させていたのですが、

これに関して、
日中近現代史の研究歴40年、
立命館大学名誉教授の北村先生は
このようにおっしゃいます…

「このように、自ら進んで、
戦争責任を負おうとするのは、
好意なのかもしれない。

しかし、この姿勢は
正しい、正しくない以前に
『傲慢さ』が含まれている。

つまり、
日本だけを日中戦争の主導者とみなし、
日本が戦争を拡大しようと思えば拡大でき、
拡大させまいと思えば、しないこともできた。

戦争の方向は、
日本の意思一つでコントロールできた
と言っているのと同じである。

自発的に進んで戦おうとした
中国人の意思が軽視されている。

まるで、中国側には
何の関係もなかったようである。

NHKのこのような見方は
当時の実情に符号しない。」


このように、戦後教育の結果、
日本では日中戦争が
「軍部の暴走」
「日本の侵略行為」
として片付けられ、

本当はなぜ、戦争が拡大したのか?

なぜ、日本はずるずると8年も続く
戦いになってしまったのか?

その研究は進んできませんでした。


ですが、北村先生の研究によって、
中国だけでなく、
ソ連や欧米にとっても都合の悪い事実が
隠されていたことが明らかになったのです。

旧ソ連、ドイツ、台湾、英米といった
国外に残る一次史料を原文のまま読み解き、

複数の視点から
読み合わることで判明した
これまで全く語られなかった日中戦争の真実…

p.s.

日本の主戦派に戦争拡大の責任がある
という主張に対して、
北村先生はこのように、言います…

「実際には、当時の日本は、
決して戦争の方向を
コントロールしていなかった。

たとえ日本が戦争の拡大を
望んでいなかったとしても、
あの状況では、中国側は日本と
全面戦争を開始しただろう…」

なぜ、日本と中国は
戦うことになったのか?


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< 日中戦争に隠された3つの謎 >

教科書が絶対に教えない
日中戦争 3つの謎

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第二次世界大戦に関して
「日米大戦」の研究は進んできたが、
その陰にかくれていた、
“もう一つの戦い”をあなたは知っていますか?

実際は、
日米大戦よりも犠牲者も多く、
近代日本の対外戦争で
1番長いものだった。

それが…「日中戦争」

にもかかわらず、
教科書でも研究でも、
・日本の侵略戦争、
・満洲での日本軍の暴走で
片付けられてきた。

しかし、ここには重大な謎があった。

日本国内にはない、
海外に残された一次史料を
読み解いていくと、

日中戦争に関して、
これらの不可解な点が見つかった…


謎㈰ なぜ、小さな小競り合いが
史上最長の戦争になったのか?


一般的に、教科書では
日中戦争の開戦のきっかけは、
北京郊外で起きた盧溝橋事件、とされている。

「日本政府および軍中枢は、
 盧溝橋事件が発生すると、
 自衛権の発動を口実に、
 陸海軍を増派、事実上の戦争となった。」

このように言われているが、
実際には、盧溝橋事件は
ごくありふれた小競り合い程度の衝突だった。

1937年7月7日の深夜、
北京郊外の盧溝橋付近で
夜間演習中の日本軍に対し、
数発の実弾が撃ち込まれた。

事件が発生すると、
一瞬は緊張が走ったものの、
犠牲者が出ることはなかったことから、

日本軍、中国軍ともに、
本格的な武力衝突にまで
拡大させる理由は無かった…


小規模の戦闘はあったが、
2日後には、事実上の停戦状態となり、

現地での話し合いが続けられ、
4日後には停戦協定が成立。

日本の内地からの増援も中止され、
この時点で日本と中国の軍事衝突は、
一応の収まりを見せていた。

それでは、なぜ、
その後、日中両国は本格的な全面衝突へと
エスカレートしてしまったのだろうか?

この重要な事実は、教科書では伏せられている。


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< 日中戦争はナチスドイツが仕組んだ? >

日本人が知らない
中国とナチスドイツの蜜月

この不可解な関係を読み解くと、
これまで伏せられてきた
日中戦争の全貌が見えてきました…


昨日のメールで、
日中戦争の本当の発端は、
盧溝橋事件ではなかった
とお伝えしました。

北京郊外で起こった盧溝橋事件が、
日中戦争の発端ではないとしたら、
本当の発端は何だったのか?


謎㈪ なぜ、強かった日本軍が
中国軍に勝てなかったのか?


それは、北京から
およそ1,000kmも離れた、
上海で起こった。

盧溝橋での停戦協定から
ちょうど1ヶ月が経った頃、
上海在住の邦人を保護していた日本軍を、
突如、中国の正規軍が包囲し、
奇襲攻撃してきたのである。


中国軍の奇襲攻撃で、
人質にされた丸腰の日本人約3万人。
彼らを守る日本軍はわずか
2,500人ほどだった。

中国軍は数万人規模で攻め込んで来たうえに、
その背後には20万人の軍隊が動員されていた。

日本人が皆殺しになってしまう…

そこで、日本政府は、
急いで内地から軍隊を増援した。

しかし、上海での闘いが
ただならぬことは上陸したその日に分かった。

中国軍は周到な準備でもって、
日本軍が来るのを待ち構えていたのである。

巨大な砲台が築かれており、
中国軍はその上から、
機関銃で日本軍を苦しめた。

さらには、トーチカと呼ばれる、
分厚いコンクリート壁、出入り口は鉄の扉
という小型の要塞が
大量に配置されていた。

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上海には、堅固な要塞、
防衛陣地が構築されていたのだ。

これは第一次世界大戦時に
ヨーロッパで生まれた戦法で、
これまでの中国軍には見られなかった。
一体いつの間に、身につけたのか?

慣れない戦いに、日本軍は
攻めあぐね、攻めあぐね、
ただ犠牲者が増えるだけだった。

苦戦の末、土鼠退治のように
1つ1つトーチカを占領していったのだが、
これらはすべて、日本軍を嵌めるため、
予め構築されていた罠だった。

上海から首都南京へと進んでいくに連れ、
この計算しつくされた陣地によって、
確実に日本軍の力は弱まっていった。

第一次大戦のヨーロッパで
見られた戦術や戦法が、なぜ中国にあったのか?...


謎㈫ なぜ、中国軍の裏に
ドイツの影が見え隠れするのか?

日本軍の南京占領後の記録映像:
「戦線後方記録映画ー南京」
(東方映画文化映画部製作)を見てみると、

最後の行軍場面のシーンで、
数人の日本兵がドイツ軍のヘルメットを
被っている様子が記録されている。

当時のドイツ製の兵器は
性能が優れていたため、
日本兵は戦利品として手にしていたのだろう。

しかしここで1つ不思議なのは、
なぜ、中国にドイツ軍の兵器があるのか?ということ。

中国で見つかった
ドイツ製兵器はヘルメットだけではなかった…

中国軍はドイツの最新鋭、高性能の武器、
重機関銃、戦車、榴弾砲などを手にしていた。

さらに詳しく見ていくと、
見つかったのは武器だけではなかった…

なんと中国軍を指揮し、
実際に日本との戦いを最前線で
率いていた軍の中に
ドイツ軍事顧問団の顔があったのだ。

しかし、いったいなぜ日本の
「同盟国」ドイツの武器が、
「敵国」中国で見つかるのか?...


・日本の侵略戦争
・軍部の暴走
といった日中戦争に関する通説とは
合わない重要の事実が、

旧ソ連、ドイツ、台湾、英米といった
国外に残る一次史料を紐解くことで、
見えてきました…
>ナチス・ドイツの謀略について知る


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件名: GHQに消された7,000冊の史料

「日本人の証言など
日本側の史料はあえて
見ないようにしてきました。」

立命館大学名誉教授
研究歴40年、日中近現代史研究の第一人者、
北村稔教授は、こうおっしゃっています。


北村教授が研究する資料の多くは、
日本語の文献ではありません。

中国語で書かれた中国国民党の文献や、
ロシア語のソ連コミンテルンの史料、
当時の英語、ドイツ語のニュース記事などです。

一体なぜなのでしょうか?

それには、GHQの占領政策が
関わっていました…

終戦直後、秘密文書が
連合国軍の手に落ちるのを防ぐため、
日本の各地で、大量の公文書が燃やされました。

さらにGHQが入ってきて、
7,000冊に及ぶ書籍を
焚書にしました。

焚書にされた書籍リストを見てみると、
欧米にとってもよほど
不都合な事実が多かったのか、

支那事変(=日中戦争)関連の書籍は、
焚書の中でも、群を抜いて1位だったのです…

こうして、戦後の日本人にとって、
正しい歴史を伝える史料が
失われてしまったため、

歴史研究に巨大な空白が生じ、
日本国内では、中国の主張通りに
「日中戦争は、日本の侵略戦争」
「軍部の暴走が原因」が
通説となってしまいました…

そして教育現場では、
第二次大戦については、
通説に合わない事件は伏せられてきました。

本講座は「日中戦争」について、
・開戦前の国際状況、
・戦況の推移、
・諸外国の思惑や国際情勢の変化などをもとに、
時系列で迫っていきます。

戦前の中国を舞台に
ソ連・ドイツ・中国共産党、英米、
各国が仕掛けた謀略、

そして日本がどのように翻弄されて、
中国との戦争に引きずり込まれていったのか?

さらには、日中戦争がいかにして、
日米の全面衝突のきっかけとなったか?
これらの史実が浮かび上がってくるでしょう。

p.s.
第二次大戦に関して、
通説に合わない事件は
伏せられてきました。

その結果、

日本の勝利に終わった2つの戦争…
「日清・日露戦争」で一括りにされ、
敗戦に終わった「第二次世界大戦」
とは分けて教えられてきました。

ですが、教科書で伏せられてきた事実も
丁寧に拾い上げていくと、

日露戦争が日中戦争の要因に、
そして日中戦争が日米大戦の要因に…という
歴史のつながりが見えてきます。

空白のピースが綺麗にハマり、
バラバラだった点と点が
一本の線につながることを実感できるでしょう…


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件名: 特典もセットで手に入る
「空白の戦史 日中戦争」
第1弾「日中開戦を望んだ真犯人」編
ですが、、

収録の直後、北村教授に
インタビューを行った映像を公開します。

Q 会談を終えての率直な感想… 

Q この講座の特色はなにか?

Q 特にどんな人に聞いて欲しいか?

このような内容を
収録直後にそのまま語っていただきました。

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また、
明日までのリリース記念キャンペーンで
お申込いただけると、こちらの3つの特典も
全員にプレゼントしています。

特典㈰:今さら聞けない文化大革命の真相

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日中戦争の終結後、
中国では戦中よりも激しい混乱が襲った...
国共内戦が再開されたのでした。

その闘いの結果、
毛沢東率いる中国共産党政権が
誕生しましたが、

その本質を最もよく表している事件が、
「文化大革命」だと
北村先生はおっしゃいます。

今では、中国の公式発表で
「十年の災害」と言われ、
研究や文章の発表は禁じられ、
もはやその存在自体が
なかったことにされようとしている...
近いうちに正確な記述もなくなってくるだろう。

そう北村先生が言う、この事件をもとに、
中国共産党の抱える矛盾と
人民の悲劇を読み解いていきます。

習近平が「第二の文化大革命」を
行っていると言われる今、

ここで文化大革命の真相を知ることで、
不可解に見える隣国の動きも、
その指導者の思惑が見えてくることでしょう...


特典㈪:歴史捏造のカラクリ

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南京事件について、北村先生は、
判決の根拠となった決定的な証拠自体が、
実はプロパガンダであったことを
世界で初めて実証しましたが、

どのような手法で発見したのか?
これまで40年間、どのような方法で
研究をしてきたのか?

その研究手法を明かしていただきました。

このインタビュー動画では、
“どんな些細な事実も原典にあたる”という
北村先生の研究スタンスの原点や、

・なぜ、国内の史料を見ないのか?
・なぜ、歴史の捏造が起きるのか?

など、歴史を正しく知る上で
欠かすことのできない視点をお伝えしています。

きっと、この動画講座をご覧頂くことで、
北村先生の歴史観や物の見方がより深く理解でき、
本講義の面白さが格段に増すことでしょう。


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件名: [本日〆]空白の戦史・日中戦争

新講座「空白の戦史・日中戦争」
第1弾「日中開戦を望んだ真犯人」
+ 3つの限定特典セットで

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空白の戦史①_モック-1

新講座シリーズ
「空白の戦史 日中戦争」は、
中国近現代史研究の第一人者、
立命館大学名誉教授の北村稔氏が、

旧ソ連、ドイツ、台湾、英米といった
国外に残る一次史料をもとに、
戦後長らく隠されてきた
「日中戦争」の真実を解き明かした講座です。

近年、数多くの研究者によって
日米大戦についての原因が解明されつつあります。

しかし、その日米大戦のきっかけを作った
“もう1つの戦争”…

「日中戦争」については、
国内に文献資料がほとんど残っておらず、
実態が明かされてきませんでした。

そのため、戦後は
「軍部の暴走」
「日本の侵略行為」と一括りにされ、
中国や左翼学者らによって
好き放題に捏造されてきました。

本講座では、自虐史観や
過剰な日本礼賛などの
イデオロギーに染まった研究スタンスから離れ、
北村教授が一次史料に記された
歴史的事実だけを徹底的に追求。

・一体、誰が日本を中国との戦争へと
引きずり込んだのか?

・なぜ中国大陸での闘いは泥沼化し、
その結果、真珠湾攻撃、日米大戦へと
繋がってしまったのか?

そのような戦後の日本人が決して知ることを
許されなかった日中戦争の裏側を白日の下に晒します。

本講座を視聴することで、
これまで空白となり欠けていた
近代日本史の重要なピースが埋まり、
まるで目の前にかかった霧が晴れるように、
すっきりと戦争の全貌が見えてくることでしょう。

そして中国や左翼学者らが声高に叫ぶことの
おかしな点が徹底的に立証されるので、
左翼にイライラして、血圧を上げてしまう…
なんていうことはなくなるでしょう。

これでもう、謝り続けるだけの
日本外交は終わりにしましょう。

本講座で北村教授が、
揺るぎの無い決定的証拠をもとに、、
戦後の日本人を苦しめてきた
「歴史問題」に終止符を打ちます。


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< この事実をあなたはどう判断しますか? >

「私は裁判長でもないし
押し付けもしません。
最後に、判断するのはあなたです。」

立命館大学名誉教授
北村教授はこのようにおっしゃいます。

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「ぜひ陪審員という立ち場で、
この講義を受けてください。

講義の中では、
戦後どういった経緯で、
歴史の空白が生まれ、

その空白を埋めるよう
歴史捏造が行われたのか?

どのようにして、
今日の通説ができあがったのか?

その背景を順序立てて確認していきます。

よく「戦争責任」を果たせと言われますが、
そもそも「責任を取る」とは、
「ひたすら謝る」ことでも
「一方的に自己の正当性を言い募る」
ことでもありません。

なぜそのようなことが起きたのか?
正確な「事実認識」を行い、
きちんと「申し開きをする」ことです。

そのため、この講座では、
侵略行為だったのかどうかという判断を
論ずるのではなく、

歴史認識がどのように出現したかを
厳密な史料批判と客観的事実から紐解きました。

あの戦争は本当に日本の侵略行為だったのか?

最後に判断するのはあなたです。」

p.s.
「また、説明責任を果たすことで、
私たち日本人としてのアイデンティティを
取り戻すことにも繋がります。

何を言われても、殴られても、
ひたすら謝るだけの人間は
個人でもバカにされるだけですが、
これは国家でも同じことです。」


この講座は、戦後、空白になった
日中戦争の真実を明らかにする取り組みです。

本講座の内容をきっかけとして、

・過去の日本のこと、
・軍国主義だったと片付けられているが、
戦前の日本はどんな国だったのか?

それらを正しく理解することで、
私たちの子や孫の世代、
その先何百年と続く未来の日本人へ
本当の「日本の歴史」を
あなたと一緒に繋いでいけるとしたら、
この上ない幸せです。


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当時、南京では、元中国軍将校達が、難民に紛れ込んで略奪・強姦などをし、日本軍のせいにした。👈 中国のいつもの汚い手‼️  自虐史観の日本人はいい加減に、目を覚まさないと、将来の日本が日本で無くなっているかもしれません… 🐧💦(下記に日本語訳があります)

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              👇日本語訳👇

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『空白の戦史 日中戦争』

教科書が絶対に教えない
日中戦争に隠された“3つの謎”

『空白の戦史・日中戦争』
日中開戦を望んだ真犯人

新講座シリーズ「空白の戦史 日中戦争」は、中国近現代史研究の第一人者、立命館大学名誉教授の北村稔氏が、旧ソ連、ドイツ、台湾、英米といった国外に残る一次史料をもとに、戦後長らく隠されてきた「日中戦争」の真実を解き明かした講座です。

近年、数多くの研究者によって日米大戦についての原因が解明されつつあります。しかし、その日米大戦のきっかけを作った“もう1つの戦争”…「日中戦争」については、国内に文献資料がほとんど残っておらず、実態が明かされてきませんでした。そのため、戦後は「軍部の暴走」「日本の侵略行為」と一括りにされ、中国や左翼学者らによって好き放題に捏造されてきました。

本講座では、自虐史観や過剰な日本礼賛などのイデオロギーに染まった研究スタンスから離れ、北村教授が一次史料に記された歴史的事実だけを徹底的に追求。

一体誰が日本を中国との戦争へと引きずり込んだのか? なぜ中国大陸での闘いは泥沼化し、その結果、真珠湾攻撃、日米大戦へと繋がってしまったのか?... そのような戦後の日本人が決して知ることを許されなかった日中戦争の裏側を白日の下に晒します。

本講座を視聴することで、これまで空白となり欠けていた近代日本史の重要なピースが埋まり、まるで目の前にかかった霧が晴れるように、すっきりと戦争の全貌が見えてくることでしょう。

中国や左翼学者らが声高に叫ぶことのおかしな点が徹底的に立証されるので、左翼にイライラして、血圧を上げてしまう…なんていうことはなくなるでしょう。

これでもう謝り続けるだけの日本外交は終わりにしましょう。本講座で北村教授が、揺るぎの無い決定的証拠をもとに、、戦後の日本人を苦しめてきた「歴史問題」に終止符を打ちます。

・・・

* 第1章:
錯綜する国際政治と国内政治

第1節「なぜ今、日中戦争史を知るべきか」
北村稔が目の当たりにした中国人『愛国虚言』の実態

第2節「日中戦争への道」
満州利権を手放したくない日本、
国内の派閥争いを止められない中国

第3節「中国とナチスドイツの不可解な関係」
中国へ“1億マルク”の借款?同盟国ドイツの裏切り

第4節「戦争を止めたかった日本軍」
和平交渉の記録が明かす…
“軍部の暴走”という通説の大ウソ


* 第2章:
「抗日民族統一戦線」は存在せず

第1節「抗日民族統一戦線のウソ」
実態は“統一”ではなく“内部分裂”?捏造された中国建国神話

第2節「無統制な中国内部」
飢えた中国人に日本軍が食料提供?米国人学者が見た酷い実態

第3節「歴史から紐解く中国人の強かさ」
なぜ弱軍の中国が『戦勝国』になれたのか?

第4節「日中戦争から日米戦争へ」
日本が模索し続けた和平交渉と米ルーズベルト政権の策略

第5節「日中戦争を望んだのは誰か」
大国の思惑に飲み込まれた日本・歴史に学ぶ外交の教訓


* 第3章:
毛沢東「抗日なき」勝利と国共内戦の再開

第1節「私は日本軍に感謝している」
外務省資料に残る、毛沢東の本音

第2節「50万人のシベリア抑留はなぜ起きたか?」
日本政府が“ソ連の裏切り”を見抜けなかったワケ

第3節「アメリカに見捨てられた蒋介石の悲劇」
戦後、国民党支援をやめたワケ

第4節「毛沢東と蒋介石の違い」
レーニン直伝?
共産党が強い組織をつくり上げる秘訣

第5節「台湾に移った国民党の変化」
なぜ、共産党に歩み寄り始めたのか?


* 第4章:
日本の敗戦と満洲国-国共内戦の主戦場

第1節 ラストエンペラー・
溥儀はなぜ満州国皇帝になったのか?

第2節「東京よりも60年近代化が早かった?」
日本人が知らない満洲国の真実

第3節「文部省が隠したい満州国成立の背景」
教科書に載らない “4ヶ月の秘密戦争”の真実

第4節「ソ連解体で暴かれた事実」
張作霖爆殺事件の真相

第5節「終戦後の満洲で兵糧攻め」
毛沢東が実践、現代版・孫子の兵法


* 第5章:
「総括 日中戦争の真実」

第1節「統一抗日民族戦線の大嘘」
バラバラだった国民党と共産党

第2節「日本が望んでいなかった戦争」
戦後中国で最も得をした男

第3節「日中戦争で宣戦布告が無かったワケ」
日本の卑怯ではない?
背後にあったルーズベルトの思惑

第4節 革命の父・孫文の後継者はだれか?
毛沢東と蒋介石が奪い合ったもの

第5節「なぜ中国人に騙されるのか?」
日本人が知らない中国ルールの正体

第6節「一次史料で養うニュートラルな歴史観」
国際社会で闘うためのダブル・スタンダード戦略


* 補講:
「蒋介石とナチス・ドイツの蜜月」

補講1「中独関係が隠された2つの理由」
蒋介石軍を育てたナチスの謀略

補講2「情報戦に弱い日本」
ドイツの二股外交を見抜けなかったワケ


本講座を学んでいただくことで、戦前の中国を舞台にソ連・ドイツ・中国共産党、英米、各国が仕掛けた謀略、そして日本がどのように翻弄されて、中国との戦争に引きずり込まれていったか?さらには、日中戦争がいかにして日米の全面衝突のきっかけとなったか?

これまでの「日本が一方的に侵略戦争を仕掛けた」という通説からは程遠い、戦勝国にとって不都合な歴史の真相を知ることができるでしょう。
全ての講義を見終わった後には、これまで空白の状態だった歴史のピースが綺麗にハマり、バラバラだった点と点が一本の線につながることを実感できるはずです… それだけでなく、正しい歴史を知ることで、左翼史観に騙されない確固たる歴史観が身に付き、内なる芯を強く持った日本人としての生き方もできるようになるでしょう。


『空白の戦史・日中戦争』3つの違い

<1>
日本国外に残る一次史料をもとにした研究
北村先生が研究する資料の多くは、日本語の文献ではありません。中国語で書かれた中国国民党の文献や、ロシア語のソ連コミンテルンの史料、当時の英語、ドイツ語のニュース記事などです。これらの一次史料の多くは、ソ連崩壊後にようやく解禁され、日本人研究者にとっては、手つかずのまま残されていました。

中国語、英語、ロシア語、ドイツ語で書かれたこれらの重要史料を読み合わることで、初めて事実が分かってくる。そう北村先生はおっしゃいます。例えば、中国語の史料ではしばしば辻褄が合わない箇所があるそうです。そういったときには、他言語の史料を複数読み合わせを行い、歴史の捏造や歪曲を見抜きます。

このように国外史料をもとに日中戦争を見ていくことで、実際は「日本vs中国」という単純な構造ではなく、ソ連・ドイツ・英米、中国国民党といったそれぞれの立ち場の利害関係、思惑などが絡んだ、極めて複雑な構造だったことがわかります。「日中戦争は日本の侵略戦争」と決めつける日本の教科書には載せられない事件から、戦後の日中戦争の通説とは全く異なる新事実がたくさんあること、全く知らされてなかった諸外国の謀略が分かります。

そして、日本人がいかに国際政治に翻弄されて来たか、それが現代にまで続いてるかが分かり、講座を見終わった後には、過去の歴史だけでなく、今の国際政治も新たな視点から見ることができているでしょう...

<2>
科学研究的なアプローチでタブーに切り込む
京都大学法学部で博士号を取得した北村先生の研究アプローチは、「裁判」に近いものになっています。先生のスタンスは、裁判官に対して、判断材料を提示することです。そのため、主義主張やイデオロギーを排除して、中立な立ち場から事実を迫っていきます。例えば、南京大虐殺については、北村先生は、判決の根拠となった証拠や証言を丹念に調査し、中立的な第三者による報告とされている重要な証拠資料が、実は中国国民党による宣伝であったことを証明。世界で初めて嘘を実証しました。

今回の講座も特定の歴史観を強要するものではなく、正確な認識を持って欲しい。との想いで、これまで40年間の研究成果をまとめていただきました。そのため、講座の中では、日本のよかったことだけでなく、よくなかったことも見えてきます。ですが、北村先生はこのようにおっしゃいます。「今回、従来の歴史研究ではタブー視されてきた日本の“戦争責任”に対する申し開きを行った。」

日本が良かったのか悪かったのかという善悪論ではなく、日本の侵略行為だったのかどうか、南京事件があったのかどうか、という結論を求めるのでもなく、

なぜ日本の侵略行為と言われるのか?なぜ30万人虐殺と言われるのか?そういった主張がどのようにして生まれたのか?その背景を見ていくことで、自虐史観や過剰な日本礼賛などのイデオロギーに左右されない、ニュートラルな歴史観を持つことができるでしょう...

<3>
歴史の空白が埋まり、点と点が繋がる

終戦直後、秘密文書が連合国軍の手に落ちるのを防ぐため、日本の各地で、大量の公文書が燃やされ、さらにGHQが入ってきて、7,000冊に及ぶ書籍を焚書にしました。焚書にされた書籍リストを見てみると、欧米にとってもよほど不都合な事実が多いのか、支那事変(=日中戦争)関連の書籍は、焚書の中でも、群を抜いて1位だったのです…

こうして、戦後の日本人にとって、正しい歴史を伝える史料が失われてしまったため、歴史研究に巨大な空白が生じ、日本国内では中国の主張通りに「日中戦争は、日本の侵略戦争」「軍部の暴走が原因」が通説となってしまいました。

そして教育現場では、第二次大戦については、通説に合わない事件は伏せられてきました。その結果、日本の勝利に終わった2つの戦争…「日清・日露戦争」でひとくくりにされ、敗戦に終わった「第二次世界大戦」とは分けて教えられてきました。

本講座は「日中戦争」について、開戦前の国際状況、戦況の推移、諸外国の思惑や国際情勢の変化などをもとに、時系列で迫っていきます。

戦前の中国を舞台にソ連・ドイツ・中国共産党、英米、各国が仕掛けた謀略、そして日本がどのように翻弄されて、中国との戦争に引きずり込まれていったのか?さらには、日中戦争がいかにして、日米の全面衝突のきっかけとなったか?これらの史実が浮かび上がってくるでしょう。

教科書で伏せられてきた事実も丁寧に拾い上げていくと、日露戦争が日中戦争の要因に、そして日中戦争が日米大戦の要因に…という歴史のつながりが見えてきます。空白のピースが綺麗にハマり、バラバラだった点と点が一本の線につながることを実感できるでしょう…


<< 講師紹介 >>
立命館大学名誉教授:北村 稔
〜どんな些細な事実も原典にあたる〜

北村教授は、京都大学文学部史学科卒業、京都大学大学院で博士号を取得。三重大学助教授、立命館大学文学部教授、立命館大学名誉教授という経歴をお持ちで、「日中近現代史の第一人者」と呼ばれています。

大学院時代から 「ソ連コミンテルン」や「中国近現代史」の研究に専念。研究歴40年の日中戦争、南京事件に関する著作・論文は英語や中国語、韓国語にも翻訳され、一流学者が引用する国際的な文献となり、日中近現代史研究における世界的権威です。

そんな北村教授の研究手法は「どんな些細な事実も原典にあたる」こと。その信念のもと、特定の歴史観にも影響されることなく、イデオロギーとは一定の距離をおいて、日中の近現代史を批判的に考察。英語や中国語はもちろん、ロシア語やドイツ語といったさまざまな外国語の重要資料を世界中から取り寄せ、細かい事実確認まで徹底的にこだわってきました。

専門の中国近現代史の道に足を踏み入れたのは大学4年の頃。ソ連の政治家:トロツキーの著作『中国革命論』を読んだ時、これまで教えられてきた歴史と異なることに気づき、不審を抱いた。歴史の真相を解明してやろうと思ったと言います。その後、自身の研究対象を「日中戦争」へと移行し、旧ソ連、ドイツ、台湾、英米といった国外に残る一次史料を解読し、それまで全く語られなかった日中戦争の真実を、多数の研究論文や書籍で発表してきました。

あの悪名高き「南京事件」については、決定的な証拠資料から「大虐殺という通説が意図的に捏造されていたこと」を初めて実証。著書「南京事件の探究」は、米国で教科書を作っている大手出版社「United Press」で翻訳出版され(「The Politics of Nanjing」)日本の立場を初めて本格的に世界に発信する一冊となりました。平成27年、中国が「南京大虐殺」のユネスコ世界記憶遺産登録に動き出した際には、外務省との「合同勉強会」に講師として招請され、政府高官らに歴史認識についてレクチャーするなど、北村先生の研究成果は、学会や言論界以外にも多大な影響を与え、日中の歴史問題の方向性を、戦後の歴史観をガラリと変える一翼を担ってきました。

今回の新講座『空白の戦史 日中戦争』は、これまでの研究の集大成のような内容で、最新の研究成果もあわせて、あなたのもとに真実の歴史をお届けします。


< 主な北村先生の著書 >

本の画像:👇 に、画像が有り〼〜。


<< 推薦の言葉 >>

* 東北大学・名誉教授:田中 英道
「北村先生を初めて知った時、こんな方がいるのかと驚きました。
南京大虐殺についても、緻密な研究をもとに、左翼的な教科書のおかしな点をきっちりと指摘されていました。それ以降、左翼に対する挑戦状を書いたときには、北村先生の著作を引用させていただきました。保守であるというのは、イデオロギー的な意味合いではなく、第一に、「事実を見る・ファクトを確認する」という姿勢が大事になります。そのためにも、皆さんには、ぜひ北村先生の講義を聞いていただきたいと思います。」

* 元防衛大臣:稲田朋美
「北村先生は非常に衝撃的な本を出され、そもそも日本人と中国人は価値観を異にするということ、南京軍事裁判のでたらめさを立証していただきました。先生のお話はとても納得のいくものでした。」

* 上智大学名誉教授:渡部昇一
「氏の研究によって、南京事件は戦時プロパガンダということが明らかになった」

* 「国家基本問題研究所」所長:櫻井よしこ
「彼の研究でかつての歴史認識がどれほど偏ったものかを痛感させられた」
「中国の実相は日本人の想像を絶する。その真実の姿を、北村氏の話を通して知ってほしい」

* 東京大学・名誉教授:小堀桂一郎
自然科学的客観性をそなえた歴史論
「北村稔氏の歴史研究の姿勢は、地震学や気象学を専門とする自然科学者が、対象とする自然現象を多年の歳月をかけて精密に観察し、その結果を蓄積し上で学説を樹立する方法に似ている。科学的真実に到達するためには観察対象である一連の現象の採択に忌避や好悪があってはならない。歴史家は一般に研究の前提としてとかく己独自の仮説を立て、その立証に好都合な史料を選び取って自己の目指す歴史像を構築するという方法を取る。しかし、それでは歴史の真の客観的現実は把握できない。北村氏は一切の仮説的前提を排し、ひたすら、歴史の実像を把握せんがため、可能な限りの史料を博捜し、自然科学者の如き冷静さをもってそれを分析し、結果を出してゆく。そこに氏の業績の、まさに自然科学の観測成果に対するに似た信頼が生れるのである。」


📚「北村先生の書籍」日中戦争の「不都合な真実」

・「平和に対する罪」とは何か?
なぜ、日本の「侵略戦争」と言われるのか
・国際法を歪めた真犯人
「NHKスペシャル」の傲慢
・中国人の「歴史観」
〜日本人が知らない「罪と罰」〜
など、、この書籍は、新講座『空白の戦史 日中戦争』第一弾「日中開戦を望んだ真犯人」編と合わせてお読みいただくことで、戦後の通説になっていた「日本の侵略戦争」という主張の出現について、より理解が深まり、講座の内容をより一層楽しむことができるでしょう。


<全コース共通>【動画講義】
「今さら聞けない文化大革命の真相」

日中戦争の終結後、中国では戦中よりも激しい混乱が襲った。国共内戦が再開されたのだ。
その闘いの結果、毛沢東率いる中国共産党政権が誕生したが、その本質を最もよく表している事件が、「文化大革命」だと北村先生はおっしゃいます。
今では、中国の公式発表で「十年の災害」と言われ、研究や文章の発表は禁じられ、もはやその存在自体がなかったことにされようとしている...近いうちに正確な記述もなくなってくるだろう。
そう北村先生が言う、この事件をもとに、中国共産党の抱える矛盾と人民の悲劇を読み解いていきます。
習近平が「第二の文化大革命」を行っていると言われる今、ここで文化大革命の真相を知ることで、不可解に見える隣国の動きも、その指導者の思惑が見えてくることでしょう...


<全コース共通>【動画講義】
「歴史捏造のカラクリ」

南京事件について、北村先生は、判決の根拠となった決定的な証拠自体が、実はプロパガンダであったことを世界で初めて実証しましたが、
どのような手法で発見したのか?これまで40年間、どのような方法で研究をしてきたのか?その研究手法を明かしていただきました。
このインタビュー動画では、“どんな些細な事実も原典にあたる”という北村先生の研究スタンスの原点や、
なぜ、国内の史料を見ないのか?
なぜ、歴史の捏造が起きるのか?
など、歴史を正しく知る上で欠かすことのできない視点をお伝えしています。
きっと、この動画講座をご覧頂くことで、北村先生の歴史観や物の見方がより深く理解でき、本講義の面白さが格段に増すことでしょう。


* この事実を知ってあなたはどう判断しますか?
北村先生はこのようにおっしゃいます。

「ぜひ陪審員という立ち場で、この講義を受けて欲しいと思います。講義の中では、戦後どういった経緯で、歴史の空白が生まれ、その空白を埋めるよう歴史捏造が行われたのか?どのようにして、今日の通説ができあがったのか?その背景を順序立てて確認していきます。

よく「戦争責任」を果たせと言われますが、そもそも「責任を取る」とは、「ひたすら謝る」ことでも「一方的に自己の正当性を言い募る」ことではありません。なぜそのようなことが起きたのか?正確な「事実認識」を行い、きちんと「申し開きをする」ことです。
そのため、この講座では、侵略行為だったのかどうかという判断を論ずるのではなく、歴史認識がどのように出現したかを厳密な史料批判と客観的事実から紐解きました。あの戦争は本当に日本の侵略行為だったのか?…最後に判断するのはあなたです。」

「また、説明責任を果たすことで、私たち日本人としてのアイデンティティを取り戻すことにも繋がります。何を言われても、殴られても、ひたすら謝るだけの人間は個人でもバカにされるだけですが、これは国でも同じことです。」

この講座は、戦後、空白になった日中戦争の真実を明らかにする取り組みです。本講座の内容をきっかけとして、過去の日本のこと、軍国主義だったと片付けられているが、戦前の日本はどんな国だったのか?正しく理解することで、私たちの子や孫の世代、その先何百年と続く未来の日本人へ、本当の「日本の歴史」を、あなたと一緒に繋いでいけるとしたら、この上ない幸せです。

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< 主な北村先生の著書 >

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📚 主要参考文献一覧 📚

〈清末から中華民国成立にいたる政治動向〉

・李剣農「戊以後三十年中国政治史』(中華書局、1965年)
・市古宙三『近代中国の政治と社会』(東京大学出版会、1971年)
・小野川秀美・島田虔次編「辛亥革命の研究』(筑摩書房、1978年)
・ジェローム・チェン(陳志譲)『軍紳政権一軍閥支配下の中国』(北村稔・岩井茂樹憲治訊、岩波書店、1984年)
・李新 李宗一主編『中華民国史』第二編第一巻(中華書局、1987年)
・史遠芹・曹貴民・貴李玉著『中国近代政治体制的演変』(中共党史資料出版社、1990年)
・山田辰雄編「歴史のなかの現代中国』(勁草書房、1996年)

〈マルクス主義とロシア革命、および中国への影響〉

・森岡清美・塩原勉·本間康平編『新社会学辞典』(有斐閣、1993年)
・三石善吉『中国の千年王国』(東京大学出版会、1991年)
・E・H・カー『ボリシェヴィキ革命1917-1923』(原田三郎ほか訳、みすず書房、1967年)
・G・ボッファ「ソ連邦史』第一巻<1917-1927坂井信義・大久保昭男訳、大月書店、1979年)
・H・カレール=ダンコース『ソ連邦の歴史・レーニン一革命と権力』(石崎晴己訳、新評論、1985年)
・村田陽一編訳『コミンテルン資料集』第一巻(大月書店、1978年)
・丁守和、殷叙著『従五四啓蒙運動到馬克思主義的伝播』<五四啓蒙運動からマルクス主義の伝播へ>(燎原書店、1978年再版、東京。原版:三聯書店、1963年、北京)
・モーリス・メイスナー「中国マルクス主義の源流』(丸山松幸・上野恵司訳、平凡社、1971年)
・スチュァート・シュラム『毛沢東の思想』(北村訳、蒼蒼社、1989年)

〈第一次国共合作から国共内戦の展開へ〉

・北村稔『第一次国共合作の研究一現代中国を形成した二大勢力の出現』(岩波書店、1998年)
・福本勝清『中国革命を駆け抜けたアウトローたち一土匪と流氓の世界』(中公新書、1998年)
・曹伯一『江西維埃之建立及其崩壊(1931-1934)』国立政治大学研究1969年、台北)
・龔楚「龔楚将軍回憶錄』下巻(明報月刊社、1978年、香港
・アレン・メリクセトフ『中国における官僚資本1927-37年の国民党経済政策と展』(ソ連科学アカデミー、1972年。中嶌太一訳、アジア経済研究所、料、1975年)
・沢豊編『中国の幣制改革と国際関係』(東京大学出版会、1981年)
・郭緒印主国民党派系斗争史』(上海人民出版社、1992年)
・狭間直樹編「1920年代の中国』(汲古書院、1995年)

〈第二次国共合作の成立と日中戦争〉

・蔣介石秘録12『日中全面戦争』(サンケイ新聞社、1976年)
・蔣介石秘録13『大東亜戦争』(サンケイ新聞社、1977年)
・蔣介石秘録14『日本降伏』(サンケイ新聞社、1977年)
・THE CAMBRIDGE HISTORY OF CHINA, Vol.13, Republican China 1912-1949, part2,Cambridge University Press, 1986
・王健民『中国共産党史稿』(中文図書供応、1974年、香港)
・中共中央党史研究室『中国共産党歴史』上巻(人民出版社、1991年)
・廷以華民国史事日第三冊(中央研究院近代史研究所、1984年、台北)
・菊池貴晴『中国第三力史論』(汲古書院、1987年)
・村稔・林思雲『日中戦争一戦争を望んだ中国、望まなかった日本』(PHP研、2008年。2014年には同書に加筆した「日中戦争の「不都合な真実」』がPHP文庫として出版された)

〈国共内戦の再開から中華人民共和国の成立へ〉

・THE CAMBRIDGE HISTORY OF CHINA, Vol.13, Republican China 1912-1949, part2,Cambridge University Press, 1986
・蔣介石秘録15『大陸奪還の誓い』(サンケイ新聞社、1977年)
・軍事科学院軍事歴史研究部「中国人民解放军全国解放戦争史』第一~三巻(軍事科学出版社、1993〜97年)
・中共中央党史研究室『中国共産党歴史』第一巻、上·下(中共党史出版社、2002年)
・劉熙明「偽軍一強競逐下的卒子」(1937-1949)(稲郷出版社、2002年、台北)

〈中華人民共和国の成立とその展開〉

・新中国資料集成]第一〜五巻(日本国際題研究所·中国部会、1963~71年)
・『毛沢東選集』第五巻(人民出版社、1977年)
・中国研究会訳·竹内実監修「解題·注积一毛沢东選集第五巻』(三一書房、1978年)
・周鯨文『風暴十年』(池田篤紀、時事通信社、1959年)
・内閣官房内閣調査室編集「中共人民内部の矛盾と整風運動』(大蔵省印刷局、1957年)
・趙德馨編「中華人民共和国済史(19491966)』河南人民出版社、1988年)
・安藤正士・太田勝洪辻康吾『文化大革命と現代中国』(岩波新書、1986年)
・矢吹晋『文化大革命』(講談社現代新書、1989年)
・吉田富夫・萩野脩二編「原典中国現代史』第五巻思想·文学岩波書店、1994年)
・渡辺利夫・小島朋之『毛沢東と鄧小平』(NTT出版、1994年)
・小島麗逸『現代中国の経済』(岩波新書、1997年)
・『中国プロレタリア化大革資料集成』第一〜五、別巻(東方書店、1970~71年)
・司馬長風「文革後的中共』(時報文化出版、1977年、台北)
・王海光「劉少奇與四清運動」(中共央献研究室·中央档案館『党的文献』第五期、1999年)


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https://twitter.com/mei_m298748/status/1459473524523888648?s=20














 



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