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8月2日まで公開ビデオ : 「なぜ🇯🇵は、(他のアジア諸国のように、メチャメチャに植民地化)されなかったのか⁉️」 / 🍊ツイート🍊

…✍️🐧💦:
なるほどね〜。
西鋭夫氏の解釈も面黒いけど、渡辺惣樹氏の説明も あり なんでしょうね。。。

( 下記は、メルマガより〜。)

<< 8月2日まで >>

【渡辺惣樹】日米外交裏面史 ~ 謀略の100年戦争 (8月3日?)
https://in.newhistory.jp/wani2_2307_nowani1

🔴 日本が植民地にならなかったワケ

日米近現代史研究家の渡辺 惣樹先生の
大人気講座シリーズ 
『日米外交裏面史 〜 謀略の100年戦争』
第2弾が本日、ついに公開となりました!

米英側の一次史料が示す、
幕末〜明治維新の“裏の真相”とは…

>今すぐ新講座の詳細を見る

日本が植民地に されなかった 驚愕の理由

アジアの歴史は侵略の歴史です。

19世紀当時、世界の4分の1を
植民地として支配するほど繁栄したイギリス。

隣国の清はその魔の手にかかっていましたが…
日本は、その植民地支配を受けませんでした。

なぜ日本は、欧米列強からの
圧力に屈して植民地になることなく、

たった数十年で近代化を果たし、
強国と肩を並べるまでに至ったのでしょうか。

アメリカの一次史料を読み解くと、
そこには、日本を救うために尽力した、
たった一人の外交官による
苦悩と努力があったのです…

>詳しくはこちら


🔴 今日は何の日? ← ヒント:幕末

本日、7月29日。

この日、日本の歴史を動かす、
“ある大事件”が起きたのですが…

何の日かご存じですか…?

少しヒントをお伝えすると…

「この日を境に日本は、
外国に対して“不平等”な関係を持たされた」

歴史の教科書ではこのように必ず習います。

外国人は日本で罪を犯しても、
日本の法律で裁かれなかったり、

輸入品にかける関税を決める権利が
日本にはなかったり…

日本が半世紀以上もの間、
外交で不利となった“ある条約”を、
一方的に結ばされた日と
学校では教えています。

あなたは分かりましたか?

答えは、こちらをご確認ください↓

>日本の運命が変わった日とは

p.s.
こちらの動画では、教科書が語らない
その日の真相を暴き出しています。

真相を暴いてみると、そこには、
幕末の日本をめぐり、ある二大国が
水面下で戦争をしていたことがわかったのです…

>幕末日本の裏歴史を知る


🔴 [クイズ]渋沢栄一が感謝するこの男は誰?

こちらのビデオはもうご覧になりましたか?

19世紀、清を陥れたイギリスの植民地化作戦は、
なぜか開国直後の日本には全く通用しなかった…

一体なぜ、イギリスの常套手段は
日本に通じなかったのだろうか?

>ビデオをチェックする

*********

突然ですが、クイズです!

Q.この男が誰か分かりますか?

<ヒント1>
教科書に絶対出てくる外交官

彼は、開国したばかりの日本が、
外国と平和的な貿易ができるよう、
力を尽くした人物。

教科書でも、必ずその名前は登場します。

<ヒント2>
渋沢栄一が、彼の功績を讃える記念碑を建てた

彼の活躍は死後も讃えられ、
「日本資本主義の父」とも言われる、
あの渋沢栄一が、記念碑を建てました。

また渋沢栄一は、記念碑完成の際、
「日本が資源乏しい国ながら
産業・貿易も盛んになったのは、彼のお陰」
とスピーチを行ったのです。

<ヒント3>
幕末日本をイギリスの植民地化から守った

世界を植民地と化し、迫り来るイギリスの魔の手が、
開国直後の日本のすぐそこまで迫っていましたが…

彼の努力と功績によって、日本は
イギリスの植民地になることはありませんでした。

さて、この人物が誰か、
あなたは分かりましたか?

坂本龍馬でも、西郷隆盛でもない…

渋沢栄一が記念碑を建てるほどの感謝を寄せる
幕末の日本を救った男の正体は、

こちらをクリックしてご確認ください。

>答えはこちらをクリック


🔴 [暴露]“不平等条約”の大嘘

こちらの画像をご覧ください。↓

これは、日本の重要文化財の一つ。
「日米修好通商条約」の条約書です。

日米修好通商条約といえば、
「関税自主権」がなかったり、

日本が苦しめられた「不平等な条約」と
学校では教えられますよね。

しかし…
あなたはご存知でしたか?

「不平等条約」が、本当は、
“不平等”ではなかったことを。

一体どういうことだ?と思いますよね。

この条約が不平等とされる理由の一つが、
「日本には関税を決める権利がなかったから」です。

結果、不平等であったと一般的には知られています。

しかし、実際は、日本にとってのメリットを
考慮し、関税は取り決められていたのです…

この条約を取り決めたのは、
アメリカ人外交官:タウンゼント・ハリス。

関税率も、もちろんハリスが決めました。

ハリスは、日本に、特殊品目を例外として、
20%の一般関税率を設定。

この頃のアメリカの一般関税は17%でしたから、
ハリスは本国よりも高い関税率を
認めたことになります。

なぜハリスはそんなに高い関税を
設けたのでしょうか?

当時、イギリスが、他国に関税率を低く設定させ、
自国の製品を大量に売りつける…

そうすることで相手国の工業を破壊し、
植民地にする政策をとっていました。

ハリスは開国することによって
日本がヨーロッパ諸国に植民地化される
危険性を見ていたのです。

だからこそ他国との条約が結ばれる前に、
日本に有利な関税を認めたのです。

このように日米修好通商条約は
決して不平等ではなかった…
むしろ日本を守るためのものだったことがわかります。

実は、不平等条約が日本を守っていたのは、
この話だけではありませんでした。

これまで教科書では語られてこなかった、
幕末・明治維新の裏歴史を暴いています。

>続きはこちら

p.s.
ハリスは、個人の日記の中で、
日本に対して、このような想いを綴っていました。

「私は日本にとって初めての外交官となる。

アメリカは、東アジアを植民地にせず、
平和的な通商関係を樹立する。
それを実現することこそが私のミッションなのだ。

私は将来の日本の歴史書の中で、恥ずかしくない、
栄誉ある描写がなされるよう行動したい」

そのような想いを持った彼は、
日本をイギリスの植民地の魔の手から救うための、
条約締結を行います。

一体、なぜわざわざ日本を
守るようなことをしたのでしょうか?

そこには、日本をめぐる、
アメリカとイギリス、それぞれの
ある思惑が隠されていたのです…

>2大国の思惑とは


🔴 リンカーン大統領の裏の顔

こちらのビデオはもう
ご覧になりましたか?↓

なぜ日本は欧米列強からの圧力に屈して
植民地になることなく、たった数十年で近代化を果たし、
強国と肩を並べるまでに至ったのでしょうか?

そこには、たった一人の外交官による苦悩と努力があったのです…

>ビデオを見る

********

彼は、「史上最高の大統領」として誰もが知る、
アメリカの大統領:リンカーン。

あなたは、このリンカーン大統領に、
世界を欺いた、“裏の顔”があることを
知っていましたか?

リンカーンといえば、
「奴隷解放宣言」で有名です。

まだ黒人奴隷が多かったアメリカで
奴隷を完全解放すると宣言しました。

その宣言を実現させたのが、
アメリカ南北戦争でした。

黒人奴隷たちからしたら、
リンカーンは英雄に映ったはずです。

しかし、リンカーンには裏の顔があったのです…

<リンカーンの裏の顔>

「私は黒人の投票権などに賛成したことはない。
 黒人が白人と結婚できることにも反対だ。
 白人の優位性を疑ったことはない」

この黒人を差別する発言…
それを行ったのが
リンカーンだったのです。

彼は、南北戦争が起こる前まで、白人優位主義者であり、
黒人差別発言をずっとしていました。

しかし南北戦争が始まると突然「奴隷解放」を宣言…

一体なぜ、リンカーンは突如として
奴隷解放宣言をしたのでしょうか?

<奴隷解放はタテマエだった>

実はリンカーンは、自身の
「白人優位主義」の考え方を歪めてでも、
奴隷解放宣言をする必要があったのです。

その理由は、アメリカ南北戦争の裏にいた
「イギリス」という国の存在を見ていくとわかります。

もともと農業国のアメリカは、当時、
工業製品をイギリスに頼りっぱなし。

ゆえに、アメリカはイギリスよりも弱かったのです。

そこで、リンカーンはアメリカの工業化を進めるべく、
農業国からの脱却を決意。

それに反発したのが、アメリカをずっと農業国にして
おきたかったイギリスでした。

しかし、アメリカも一枚岩ではありません。

アメリカ南部は、農業国であり続けることを主張していました。
そしてリンカーン率いる北部と対立。

イギリスは、そんなアメリカ南部を陰から操り、
武器の提供などを行いました。

こうして起こったのが南北戦争です。

さらに、イギリス国内でも「南北戦争に介入すべき」
という声が高まっていた。

絶対、イギリスに介入させてはいけない…
そこでリンカーンは、奴隷制度に目を付けたのです。

イギリスは1833年に奴隷制度廃止法が
成立するほど奴隷制度を嫌っていました。

そのような世論に向けて「奴隷解放」を謳うことで、
イギリスが南北戦争に介入できなくしたのです。

つまり、イギリスに参戦させないためのタテマエが、
「奴隷解放」だったということです。

このように、南北戦争は内紛ではなく、
アメリカとイギリスの戦いだったのです。

しかし、これは対岸の火事ではありません。

日本をめぐって、その戦いが起こっていました。

このアメリカとイギリスの戦いに巻き込まれ、
日本ではあの“不平等条約”が締結…

倒幕運動が起こるなど、国内は荒れ果て、
激動の明治維新へと向かっていったのです…

果たして、日本で起こっていた米英の戦いとは?

>動画で続きを見る

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【元気の学校】(8月2日まで?)歯周病か、死か(新動画)
https://utage.genki.ac/p/KM8qP3cZ16Pt?rid=wtAH9szBV03P

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