見出し画像

広島閉館に寄せて

画像4

 中国地方唯一のストリップ劇場である広島第一劇場(1975年開館、広島市中区薬研堀)が今年の5月20日をもって閉館する。6月には建物も取り壊されるという。
 路面電車の「銀山町」駅から徒歩しばらく、繁華街を抜けたところに広島第一劇場はある。すぐ近くにはいつも行列のお好み焼き屋「八昌」。この劇場を舞台にした映画『彼女は夢で踊る』は広島での先行公開後、昨年全国公開された。
 2016年に閉館が発表されてから何度かにわたって閉館と営業再開が繰り返され、期間限定の営業が延長された。そのあいだにもこの劇場でしか見られない数々の光景が生まれた。

--------------------------

 最後の日を目前に、さまざまなかたちで劇場を愛するお客さん方から寄稿をいただきました。

僕の一番好きな街

画像1

たなかときみ(第一歴5年、同人誌『踊り子さんの来る街』)
↓『踊り子さんの来る街』についてはこちらをご覧ください!

晴れの日の日記

2‌0‌2‌1年4月 某日

 一泊で広島に行くことにした。
 まだ行ったことないのに、広島第一劇場がなくなってしまうらしい。
 県を跨いだ移動になってしまうので、マスクや消毒液など万全に準備する。いきなり決めたので、同行者なし。いつもより早く起きて、新幹線に乗り込む。

 昼過ぎに広島駅に到着し、宿に荷物を置いて劇場に向かう。お昼はお好み焼きを食べたかったけど、あてにしていたお店が潰れていた。新型コロナの影響かもしれない。
 まだ明るくて静かな”夜の街”を歩いていくと、ツタのはった壁が見えてくる。広島第一劇場に到着した。工事の告知看板によると、解体工事は6月1日から始まり、ホテルが建つそうだ。出入り口付近でタバコを吸っているお客さんが多く、もわもわと煙っている。手を消毒し、手首で検温する。細かいお金が無く1万円札を渡すと、輪ゴムでとめたお札の束から、千円札を7枚戻してくれた。ちょうど休憩中で、2回目は16時半からだと教えてもらう。なんだか気が急いてしまい、明日も来ますと伝える。
 重い扉を引いてロビーから劇場内に入ると、映画『彼女は夢で踊る』で見た、天井の高い空間が広がっていた。2つの盆と、盆に敷かれた赤い絨毯と、広いステージ。ステージの側面は木張りで、長年磨かれてきた木材特有の光沢がある。
 左右の壁には大きい鏡が設置されており、ステージが何重にも見えるようになっている。盆の前の注意書きの末尾に「守れないやつはめいみんパンチ!」との手書き文字があり、映画で殴られていた壁には補修跡がある。演出のためのハリボテの壁だと思い込んでいたが、そうではないのかもしれない。
 荷物で席取りされている場所が少なく、割と良い席に陣取る。かぶりの席はビニールひもで固定され、座れないようになっていた。座面折り畳み式の椅子は古く傷んでいたが、よく手入れされている。それぞれに、場内での携帯取り出し禁止を告げる太いラベルがなぜか2本ずつ貼ってある。
 開演まで10分とすこし。換気で全開になった非常口からの風が心地よい。リボンを巻き取る音だけが劇場内にひびいていた。

 照明が落ちて、ミラーボールが回り出す。いよいよ始まる。ステージ奥のカーテンの起伏をなめる光の粒が、火の玉のように怪しいちらつきと余韻を残しながら走っていく。
 マジックでおなじみの曲が流れ始め、開演のアナウンスがかかる。「広島第一劇場にご来場いただき……」から始まり、鑑賞上の注意等のあとに「エレガントでエキセントリックなファッションステージをお楽しみください」と締め括られる。開演。
 どのステージも楽しくて最高で、毎回、舞台奥のカーテンが開くタイミングで目頭が熱くなる。鏡が広さと奥行きを増幅し、無限の宇宙を感じる。

 3回目くらいからお客さんが増える。お仕事終わりの常連さん達らしい。おかえり、今日は遅かったね、今日は常連さんが少ないね、なんてここでの日常を伺わせる会話が聞こえてくる。
 その日の全てのステージが終わり、トリの踊り子さんに見送られ、ゾロゾロと退場する。出る間際に「明日は2時から!」と声をかけてもらう。劇場の喫煙所でタバコを吸いたくなったので、朝ごはんとタバコを買ってホテルに向かった。

 2日目は早起きして、半分寝ながら宮島に向かう。厳島神社の大鳥居は工事中だったので、そのうちリベンジすることにした。2時すこし前に劇場に到着すると、社長に「連投ありがとうございます」と言ってもらえた。

 1回目が終わり、場外に出る。喫煙所の灰皿は休憩のたびに綺麗になっていて、水滴も灰のこびりつきも無く、何度も磨かれたステンレス特有の鈍い輝きがある。
 ふと社長に袋を差し出され、見ると惣菜パンがたくさん入っている。ひとつ受け取り、ちょうどお腹が空いていたので、いっきに食べる。通り過ぎる社長にごちそうさまでした、と伝えると「とんでもない」と返ってくる。テレビ取材が何件ももう決まってるんだって? 今じゃなくて、盛り上がる5月にやればいいのに。とお客さん同士の会話が聞こえる。

 帰る時間になり、テケツで「なんとかまた来ます」と伝えて出る。昨日とは違う人が、帽子をとって「ありがとうございます」と言ってくれる。貼ったままの「アルバイト募集」の紙を横目に、駅へと向かう。もう一度行けるだろうか。行きたいな。

画像2

中本那由子(近況:女の園の星が新刊も最高です)

私のホーム

 広島第一劇場の盆に乗った踊り子さんの体は、手前から赤く、奥から青く照らされ、高い天井が作る濃い闇の中に浮かんで見える。そして目を遠くにやると大きな鏡が斜め上から舞台と客席を映し出している。下から見上げる眼差しと、上から見下ろす眼差しが交錯して、妙にやるせない気持ちになる。「ロマンティック」とでもいうほかない、あの甘美な、魔法のような空間にいつまでも浸っていたかった。
 私のストリップ歴はまだとても浅いが、開眼したのは、広島で宇佐美なつさんを見た時のことだ。今まで味わったことのない種類の感動に出会った。ポラの撮り方もその時に覚えた。以来、どこの劇場であろうと宇佐美さんを見ている間は心のどこかで薬研堀に少しトリップしている気がする。だから自分のホームは広島第一劇場だと思う。
 ここまでストリップを支えてきてくださった、そして自分にストリップを教えてくださった広島第一劇場に、心からお礼を言いたい。ありがとうございました。

画像3

武藤大祐(研究者・舞踊学)

赤い扉のそとがわで

 場内でのステージは言うまでもなく、ロビーもまた私にとって楽しくてしょうがない空間でした。

 劇場に入ると、まず投光さんが「いらっしゃい」と声をかけてくれます。
「今週やけに来るじゃない、どうしたの!?(笑)」と嬉しそうに言われたり、泊まるホテルまでの行き方を尋ねるともぎりを放置して少し一緒に歩いて案内してくれたり、いろんな投光さんに出会いました。

 常連さんも遠征さんもみんな和気あいあいと、おねえさんの魅力やさまざまな劇場の話などに花を咲かせてたくさんの笑顔があふれていました。私も会話に加わったり、飴やお土産、ときにはおねえさんの手作り豚汁がのる机の上でステージの感想のお手紙を書いたりしていました。

「おう! よくきたのう!!」
 パジャマ姿の社長の登場です。
 私たちのことをよく気にかけてくださってる社長は、常にサービス精神や優しさにあふれていて、会うたびにあたたかい気持ちになりました。

 この劇場の雰囲気やあたたかさ、居心地の良さが出会ったときから、そしてこれからもずっと大好きです。

りんりん(ストリップ大好きおじさん)

一度きりの夏の夢

 好きな踊り子さんがA級小倉劇場に乗ると知り、往復の飛行機とホテルを取った。土日と有休を合わせて楽日、初日、2日目の2泊3日。同じ劇場で違う香盤を楽しみ、最終日には小倉観光もできる。完璧なプランのはずだった。……が、次の週に彼女は広島に乗ると決まった。関東拠点の踊り子は移動の都合で小倉と広島連投になることが多いのだとあとから聞いた。
 ステージは関東でも観られるし、広島はまたの機会でもいいか。そう思いつつ小倉へ飛んだ。暑い7月だった。日傘を忘れて駅ビルで帽子を買った。
 小倉で過ごすうち、この人が広島で踊る姿を観たいという気持ちが諦めきれなくなった。とうとう帰りの飛行機はふいにして、新幹線で広島へ行くことにした。朝早めに起きて門司港に寄り、絵はがきを買って手紙を書いた。小倉の感想、すすめてくれたラーメン屋に行ったこと、広島にも来ちゃった、いうことを。
 私にとっては2度目、一人で来るのは初めての広島第一劇場。開演を待つ間に常連らしきお客さんに話しかけられた。この劇場は初めてか、誰を観に来たのかなど、昨日までの小倉でもしていたような客同士の定番の話。初乗りの彼女を観たことはないらしい。
 舞台の上から彼女はいつものようにすぐ私を見つけ、思いきり目線をくれた。広い舞台で身体が跳ね、木の盆の上で汗が光っていた。天井にある斜めの鏡に反射する像で、見慣れた演目が万華鏡のように見えた。この人は全国どこの劇場でも、惜しみなく前のめりに、観る人を抱きしめるように踊っているのだと知った。
 ステージが終わってから、さっきのお客さんがもう一度話しかけてきた。「彼女、すごいねえ!」もう世間話の距離感じゃなかった。
 八昌のお好み焼きを詰め込むように食べ、関東へ戻る新幹線に間に合うよう劇場を出た。星のついたミラーボールを入れて撮った写真の裏には、「客席にいる**ちゃんを見たとき、夢を見ているのかと思いました」と書かれていた。
 数か月後、彼女はひっそりと引退した。広島に乗るのはあの夏が最初で最後になった。

うさぎ(イルミナ編集部)

拍手と祈り――映画『彼女は夢で踊る』に寄せて

『彼女は夢で踊る』は男女の恋愛を軸にしつつも、人が何かに強く焦がれる様が丁寧に描かれていて、万人におすすめしたい作品だ。海辺で踊るサラの姿、メロディーの最後の一言には胸がいっぱいになり、思いを掬われたように涙した。ストリップ好きとしては切ない台詞もありつつ、けれどそれも、長い歴史の中で多くの方が闘ってきた言葉なのだろう。
 始まれば、終わりは必ず来る。この映画を観る前に、ある踊り子さんの引退週を観に行っていたから、現実と虚構が混じって余計に胸が苦しくなった。ヨウコが踊りながらポーズを切る瞬間、私はいつもストリップ劇場でそうしているように、指先のみで音のない拍手をした。ヨウコと矢沢ようこは別人だが、同じ肉体を持つ。
 踊り子が持つ、指先ひとつ目線ひとつで人を惹きつけてやまない引力は、映像の中でも抜群に発揮されていて美しかった。拍手し終えた指先を胸の前で組むと、それは祈りの形にも似ていた。

みよし(スト大学3年生。八重歯と黒子フェチ)

---------

🌟あなたの思い出もぜひお寄せください🌟



サポートはZINE制作費にあてさせていただきます。