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アンディ・ウィアー『卵』日本語訳

アメリカのSF作家アンディ・ウィアーのショートショート『(原題:The Egg)』が面白かったのだが、ネットにある邦訳が本家サイトのものも含めてどれも残念な感じだったので私訳する。原文(英語)はこちら


◇ ◆ ◇


きみは帰宅中に死んだ。

交通事故だった。
なんの変哲もない、致命的な事故。
妻と2人の子どもを遺して、きみは即死した。
救急隊の尽力も虚しく、きみの体は粉々になっていたし、むしろそうであって良かった。

そうして、きみは私のところに来た。

「な……何が起きた?」
きみは尋ねる。
「ここはどこですか?」

『きみは死んだ』
私はそっけなく言った。気を遣っても仕方ない。

「トラックが……滑ってきて……」

『うん』

「死ん……だんですか?」

『そう。でも落ち込まないで。みんな死ぬものだから』

きみは辺りを見渡した。
そこは虚空だった。
いるのはきみと私だけだ。

「この場所は?死後の世界ですか?」

『そんな感じ』

「あなたは神様?」

『うん』
と答える。
『私は神』

「僕の子どもたちは……妻は、」
きみは言った。

『彼らがなにか?』

「これから大丈夫でしょうか?」

『いいねえ』
私は言った。
『死んで真っ先に家族を心配するなんて、立派なもんだ』

きみは私をまじまじと見る。
きみの目に、私は神のように映らない。
ただの男、あるいは女のように見える。
なんとなく偉そうな、全知全能というより国語の先生のような誰かに。

『心配いらないよ』
私は言った。
『子どもたちはきみを完璧な父親として憶えている。成長して嫌いになる前だったからね。奥さんは表向きは悲しむはずだが、内心ほっとするだろう。客観的に言って、きみたちの結婚生活は限界だったから。彼女もそういう内心をとても後ろめたく思っている、と言えば慰めになるかな』

「そうですか、」
きみは呟いた。
「で、これからどうなるんですか?僕は天国とか地獄に行くんでしょうか?」

『どちらにも行かない』
私は答えた。
『きみは転生するんだ』

「へえ。するとヒンドゥー教が正しかったのか」

『どんな教えもそれぞれの意味で正しいんだ。少し歩こうか』

我々は虚空の中を進んだ。
「どこへ向かってるんですか?」

『別に。歩きながら喋るのもいいじゃないか』

「でも、なんの意味があるんです?」
きみは尋ねた。
「生まれ変わったら、僕は白紙の状態に戻るんですよね?赤ちゃんに。そしたら、そこまでやってきたこと、経験してきたことは全部、無意味になる」

『そうじゃない!』
私は言った。
『きみの中には、前世までで得たすべての知と経験が蓄えられている。今はただ思い出せないだけだ』

私は足を止めて、きみの肩を抱いた。
『きみの魂は、きみが想像もできないほど立派で美しく、巨大なものなんだ。人間の体には“きみ”のほんの一部しか入らない。コップの水の温かさを指先を浸けて確かめるように、きみはきみ自身の一部を渦中に入れては戻し、それが得た経験を自分のものにするんだ』

そしてこう付け加えた。
『きみはここ48年人間の中にいたから大きな意識に戻りきれていないが、しばらくここにいれば全てを思い出すだろう。ただ、それは人生と人生の間ではする意味のないことだ』

「それじゃ、僕はこれまで何回転生してきたんですか?」

『それはもう、たくさんだよ。たくさんのたくさんの違う人間だった。次は西暦540年の中国の農家の娘だ』

「え?ちょっと待って」
きみは言葉を詰まらせた。
「過去に戻されるんですか?」

『まあ、そうだね。きみの言う“時間”は、きみの宇宙のものでしかない。私のところでは勝手が違うんだ』

「あなたのところって?」

『ここではないどこかだよ。私のような者がほかにもいる場所だ。詳しく知りたいだろうが、正直きみには難しい』

「はあ」
きみは少し落胆した。
「でも、待ってください。ばらばらの時点に転生するなら、僕はどこかで僕自身に出会っていたかもしれない」

『もちろん。日常茶飯事だよ。しかし両者とも現世しか憶えていないから、そうとは気づかない』

「それって、何の意味があるんですか?」

『意味って?』
私は訊き返した。
『本気で?人生の意味を訊いているのか?ちょっとベタじゃないか?』

「でも、もっともな質問でしょう」
ときみは言い張った。

私はきみの目を見つめた。
『人生の意味、私がこの宇宙を作った意味はね、きみに成熟してもらうことだ』

「人類のことですか?僕たちに成熟してほしいと?」

『いや、きみだけだ。私はきみのためにこの宇宙を作った。新しい人生のたびにきみは成長し、成熟し、より偉大な知性になっていく』

「僕だけ?ほかのみんなは?」

『ほかはいない。この宇宙にいるのはきみと私だけだ』

きみはぽかんとして私を見る。
「でも、地球にいるみんなは……」

『みんなきみだ。きみの違う生まれ変わりだ』

「待って、みんな僕!?」

『やっとわかってきたね』
私はきみの背中をぽんと叩いた。

「今まで生きていた全ての人間が僕なんですか?」

『そしてこれから生まれる全ての、ね』

「リンカーンも僕?」

『彼を殺したジョン・ウィルクス・ブースも』

「ヒトラーも?」

『彼が殺した何百万の人々も』

「キリストも?」

『彼を信じたすべての人々もだ』

きみは黙り込んだ。

『きみが誰かを蔑ろにするたび、きみが蔑ろにされる。きみがしてきたすべての親切は、きみに届いている。世界のどこかで誰かが経験したあらゆる幸福や悲劇はすべて、きみが経験してきた、あるいはこれからすることになるものだ』

きみはしばらく考えて尋ねた。
「なぜ?なぜこんなことを?」

『きみもいつか私のようになるからだよ。きみがそういう存在だからだ。きみは私の同類、私の子どもだ』

「わあ、」
きみは信じられないように言った。
「僕も神様ってこと?」

『まだ違う。きみは成長中の胎児だ。すべての時代のすべての人を生きて初めて、きみは誕生する』

「じゃあこの宇宙って、」
君は言った。
「ただの……」

『卵だよ』
私は答えた。
『さあ、次の人生の時間だ』

そうして、私はきみを見送った。


◇ ◆ ◇


解説

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676字
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